第4話 戦慄の木曜日(前編)


 ポイラッテはすっかり母のお気に入りで、彼は毎日ユウが帰宅する頃には完全に疲弊している。ぐにぐにむにむにされ過ぎて揉みだしダイエットの状態になっているのか、明らかに出会った頃より痩せていた。

 喋る気力もない有様で、いつも死んだ目をしているのが若干可哀相に思えたが、夜に段ボールの中で大人しく寝るようになったのでユウは助け船を出さないでいる。それに対し多少良心が咎めたので枕カバーを与えたところ、ポイラッテは今日もユウの匂い越しに地球の酸素を吸っている状態だ。


 この日は烈人れつとと約束した木曜。放課後に会う約束があるのでポイラッテを連れて行くかを思案したが、ユウの登校時間になってもおっぴろげてグースカ寝ていたので結局置いて来た。


 ユウと烈人れつとがそれぞれ一匹の妖バグを倒して一週間。他の地域でも出没の報はなく束の間の平和が訪れている。

 虫の巨大化には時間がかかるらしいが、あの日は三匹存在していて残り一匹は今も健在であるから油断はできない。疲れ切ったポイラッテが、夕べ寝る直前に不吉な事も言っていた。


「結社は僕らを潰しに来ると思う。これまでは当てずっぽうに世界各地で出没させていたけど、今後の妖バグはすべてこの町にぶつけられる可能性がある」

「え、それやばくないか」

「他の地域に被害が出なくなるし、そのための魔法の勇士マジカルヒーローだ。何処にいるのかわからない結社の連中をおびき寄せやすくなったとも言える。それに……」

「それに?」


 何かを言いかけて、ポイラッテは睡魔に負けて寝てしまった。



 何を言いかけていたのだろうかと考えながら、ぼんやり待ち合わせ場所を目指して歩いていたユウの胸元に、何かがぶつかった衝撃があってハッと我に返る。

 歩道の角でどうやら反対側から走ってきた人物とぶつかってしまったようだ。その相手はユウの足元で尻餅をついてしまっていた。


「あっごめん! ぼーっとしてた、大丈夫かい君」


 慌てて右手を伸ばすと、相手の被っていたキャスケットがポトリと落ちて、肩までの長さの軽やかなサラサラの金色の髪が風になびく。衝撃は軽かったが、それもそのはず。ぶつかった人物は小柄で華奢。ヘーゼルナッツのような色の大きな瞳が見上げて来て、瞬きのたびに小さな星がキラキラと見える美少女。二人の背景が一瞬でシャボン玉のフワフワが舞う風景に変わった。


「え、えくすきゅーずみー?」


 必死に英語成績最下位の証明を披露してしまうユウ。相手はクスリと笑った。


「日本語わかりマス、怪我はありまセン」


 ユウの差し出した手を取って、金髪の少女は立ち上がると、ぱたぱたとだぶだぶジーンズのお尻についた埃を払いニコリと笑って帽子をかぶり直す。


「ワタシも急いでました、ソーリーね」


 そう言うと、足音も軽やかに立ち去ってしまった。ユウは先ほどまで彼女が触れていた右手をまじまじと見る。胸に少し、今まで感じた事のないときめきの鼓動の気配。作者も突然のラブコメ展開に早まったかな? 等とドキドキが止まらない。


 ややしてユウは、待ち合わせの時間が近い事を思い出し、彼も小走りに目的地に向かう事になった。



* * *



 烈人れつとの姿は待ち合わせ場所にない。

 風が微かに砂埃を舞い上がらせる程度で、動く者はなかった。


 空地とはいっても、土管が三本積み上がっている子供の遊び場レベルではない。数年前に妖バグが暴れ、半径一キロメートルの範囲が瓦礫の山になった際、せっかくだから区画整理をしようという事になったのだが、変形土地を点在して所有する地主がごねて計画がいろいろ頓挫してしまい、瓦礫撤去の終わっていない地区が残るという問題エリアである。

 その中で待ち合わせに使ったのは、宅地化の途中で放棄された元採石場の小さい山のふもと。山に残る緑が目印になるので待ち合わせには最適なのだが、周囲には瓦礫の他何もない。騒音を出しても迷惑にならないため、烈人れつとはいつもここでギターや歌の練習をしているらしいのだが、あちこち倒壊しはじめていて、それなりに危険な場所のような気がする。


『ユウ』

「ポイラッテ?」


 手首につけた腕輪の石から、イケボが聞こえる。


『気を付けて、何かおかしい。アルフォンスが反応しない』

「なんだって」

『アルフォンスを探して』

「わかった」


 雀サイズの小鳥を探すのは難しいと思ったが、灰色の瓦礫の山の中で赤い色はとても目立つ。


「アルフォンス!」


 真新しく倒壊したらしい瓦礫と瓦礫の隙間に丸い赤色が転がっているのが見えて、ユウは走り寄り、両手で小鳥をすくい上げた。


「しっかりしろアルフォンス」

「う、くっ……」


 キュートな赤いシマエナガから野太い男の苦悶の声が漏れる。


烈人れつとがさらわれた」

「えっ」

「結社のやつらだ、間違いない。あいつら……ゲフッ」

「無理して喋るな。ポイラッテ、直接の敵は妖バグだけじゃないのか」

『結社には戦闘員もいるんだ。その星の生物の能力を取り込んだ奴らが。僕も行くべきだったね』


 ポイラッテの声に珍しく焦りが混じっていて、ユウは生唾を呑み込んだ。とりあえず背負っていたリュックの中にタオルで柔らかく包んだアルフォンスを入れる。その時、底に自分が入れた記憶のない見慣れない物を見つけた。取り出すと海賊が使うような黒い眼帯が……。


『ユウ、その眼帯を左目に装着して欲しい』

「え? なんで」

『契約後の君は、「変身トランスフォーム! マジカルヒーロー」と叫ぶと戦闘装束に変身が出来るのだけど、感情が爆発した場合もリミッターが外れて自動で行われるんだ。でも君の変身は妖バグ用にとっておきたい。想定していないタイミングで変身してしまわないように制限する。顔を隠すのにも最適だ』

「わかった」


 素直にユウはポイラッテに従う。眼帯には以前から憧れがあったから、ちょっとワクワクしたのは秘密だ。

 そして変身する時に叫ばなければならない台詞のダサさに、頭も抱えてしまうのである。

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