第3話 学校


 朝食に猫まんまを出されて困惑するポイラッテを置いて、ユウは学校に来ていた。連れて行って欲しいと縋るような目線を投げかけられたが、母が感触を気に入って抱きしめて離さなかったし、重いから連れて歩きたくはない。

 いつの間につけたのか、ポイラッテの胸元には赤色の丸い玉が飾られた首輪がついていて、それと同じ材質の石のついた腕輪を「これだけは持って行って欲しい」と渡された。それは彼とポイラッテを繋ぐ通信機とのこと。

 ペアルックのようであり、婚約指輪の代わりのような事を言い出さないかと冷や冷やしたが、むにむにぐにぐに母に揉みしだかれてそれどころじゃなかったようだ。


 ポイラッテは母の前で普通に喋ってしまったが、「すごいお利口さんでちゅねーー」と、余計に彼女を喜ばせてしまった。


* * *


 こうして、鞄を前に抱えて普段通りに教室に滑り込む。

 男子校でお気楽な生徒の多い学校という事もあって、目論見通りクラスメイトの大部分が、ユウの昨日の欠席に気付いていない。


――多田家は忍者の末裔。


 父が酒に酔って口にしたその言葉は、幼少期のユウに刺さった。高校生になった今では、あれは酔っ払いのすべりがちな受け狙いのホラだった気はしてきている。「大統領を警護していた」とか「今は秘密の研究所の職員である」、「ヘリが操縦できる」など、嘘か本当かわからない発言をまとめると本一冊になる。なお、本当の仕事は商社のサラリーマンのはずだが、小学生の時にホラを真に受けて書いた「ぼくのおとうさん」というタイトルの作文は、授業参観に来ていた母を赤面させた。

 だが忍者の末裔という設定は気に入っていたから、そういう事にしておこうと考えて今に至る。

 

 真偽はともかく。


 忍者の末裔は隠密が得意、という事で彼はクラスで目立つ事なく同化する事に長けていた。


「おう、おはよう多田」

「おはよう」


 隣の席の鈴木が、いつも通りに気楽な感じで話しかけて来た。


「今日のテスト、自信ある?」

「さすがに自信があるとまでは言えないかな」

「昨日、近くて妖バグが出たんだよな、おまえんちが近所だったんだろ、知ってる?」


 すっと声を小さくして囁くように言って来たので、一瞬心臓がドキリと脈打つが、少しだけ口角を上げる程度の顔を作って答える。


「知ってる」

「倒されたって話だぜ」

「すごいよな」

「あまりメディアが報道しないから、ネットでは陰謀論が」

「せっかちだな。昨日の今日だし報道するなら情報が出そろってからじゃないか? 今夜あたりからだろ」

「倒した奴、俺らと同じ年ごろだってよ、知り合いだったりして?」

「そんな都合よく身近にいないだろう」


 笑いながらそう答えると、鈴木も笑って「それもそっか」と納得の表情をして乗り出していた体を戻し椅子に深く腰を掛け直した。

 忍法さしすせその術!(ユウ命名)。

 日常会話のすべてを”さしすせそ”で返す事により、印象に残らずそつのないやり取りを可能とする。彼はこれを極め、クラスの中で浮かず目立たずの立場を手に入れているのだ。先ほどの会話を改めて見直してみて欲しい。完璧、である。

 さりげない会話のやり取りは担任の入室で途切れ、ユウはほっと息をついた。妖バグの話題はなるべく避けないと、どこかでボロが出そうだから気を付ける事にする。


 なお昨夜は全く勉強していなかった事もあってテストの結果は散々で、ヒーローと学業の両立は中々難易度が高く思われ、ユウに溜息をつかせた。


* * *

 

「多田君」


 艶めいた麗しい声に下校しようとしていたユウは振り返る。声の主は担任の大塚であったので、つい顔をほころばせて元気に「はい!」と返事してしまう。男子校に咲く一輪の薔薇、たわわなメロンが実る胸元は、年頃の男子高校生にとっては目の毒……学校に来る活力の一つである。

 ユウは遠目に鑑賞するばかりで、このように目の前で話す事は滅多にない事だったので僅かに緊張した。


「昨日欠席していたでしょう? 妖バグと遭遇したそうだけど、かなり近くだったのかしら」

「さ、さあ? 音と振動はありましたがどれくらい近かったかまでは」

「倒したとされる人物が高校生ぐらいの年頃という事で、教育委員会の方からも目撃者捜しの要請が来ているのよ。誰か見たりしなかった?」

「知り合いには会いませんでしたが……」

「何でもいいのよ、気になった事でも」

「すみません、お役に立てず……」

「ごめんなさいね、引き留めちゃって」

「先生も大変ですね」

「ふふ、生徒を守るための情報集めですもの、当然だわ」

「それでは失礼します」

「気を付けて、また明日」


 手を振る教師を背ににしつつも、目に焼き付いたままの胸元の谷間の映像。瞬きをするのももったいなく感じてユウはウキウキと帰途につく。無意識に、相手を煙に巻く忍法さしすせその術を使った事にも気づかず。


 帰宅する少年を見送り終えると大塚はペンダントに触れる。ペンダントトップの石は、ポイラッテの通信機に使われているものと色は違えど同系統の材質。


「昨日欠席していた生徒全員の聴取を終えました。はい、ええ、それも確認済みです。どの子も地味で大人しい子ばかりで、この学校の生徒ではなかったようです。次の指示をお願いします」


 声を潜め、歩きながら通信の相手から次の指令を受け取り終えると、彼女はおごそかに締めの言葉を口にして通信を切った。


「”屍の惑星”に永遠の忠誠を」


 と。


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