危険なランデブー

 マリアはタクシーの車内でヒッピーファッションから白いブラウスとデニムスカートに着替え、赤いリボンタイとブラウンのカチューシャをして、バックミラーでチラッと見て驚いている運転手に微笑みかけた。


「はしたなくて、ごめんなさい。追われているので、路地裏に止めてください」

「わかりました。まるでスパイ映画ですね」


 タクシーの運転手はハリウッド女優と重ね合わせたが、派手な帽子と赤毛のカツラを外したマリアを見て清楚な日本人女性だと安心し、バックミラーに映るタクシーを振り切って、路地を曲がった建物の陰に車を停めてマリアを降ろした。


「料金はいいから、早く逃げなさい」

「ありがとう。助かります」


 マリアは大胆な行動をする自分に『恋は非常識』と言い聞かせ、弾け飛びそうな心を手のひらで押さえてタクシーを降り、衣服の入った紙袋を持って通りを早足で歩き出す。


(この時、夏子はマリアが乗るタクシーを見失い、慌ててタクシーを降りてマリアと逆方向の教会へ向かう。)


 一軒家作りのリストランテ・ジェノヴァの外観は緑に覆われた隠れ家という感じで、煉瓦作りの外壁には蔦が絡み、庭のテラス席はカシの木の枝葉で影になっている。


 小道の門を抜けたマリアが木製の扉を開けて店内に入ると、先に庭へ舞い降りた天使がテーブル席に座り、ピースサインをしてマリアを迎えた。


『上手く逃げ切ったが、天使を撒くのは不可能だ』


 金髪の天使は背中の翼を取り外してテーブルの上に置き、マリアが店員に木漏れ日の揺れるテラス席に案内され、「後でもう一人来る予定です」と話すのを眺める。


『マリア。恋に浮かれているが、恋に狂った男がいる事を忘れてないか?』


 両頬に手を当てて両肘をテーブルに付き、マリアと賢士の恋は危険なランデブーである事を示唆し、マリアはカフェ「Maybe」のマスターの事が気になり始め、スマホを手にして謝罪の電話をした。


「ごめんなさい、マスター。実は青葉台駅のホームでケンジさんとめぐり逢い、貴子さんたちから逃げて藤が丘でランチする事になったの。このまま休んでもいいでしょうか?」


 この時、マリアの居ないカフェ「Maybe」に偵察しに来た藤倉がカウンター内の棚に仕掛けた破裂弾の起動時間が迫り、悠太はマリアからの連絡に笑顔で了承したが、危険を孕む歯車は着々と動き始めている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る