時のアルゴリズム

 東急プラザから青葉台駅ビルへの連絡通路を走る賢士が窓外を見て立ち止まり、大通りから背中の翼を広げて空へ舞い上がる天使を呆然と眺めた。


『ランチタイムにも参加する気か?』


 金髪の天使は藤が丘方面へ飛び去り、賢士は駅ビルの階段を駆け下りて歩道に出ると、マリアがタクシーで走り去り、夏子が別のタクシーで追いかけた通りをジョギングし、今日天使に遭遇した時間を振り返って思考を巡らす。


『南町田のマンションに現れ、同じ電車に乗って青葉台駅で降り、ホームで僕とマリアがすれ違うのを怜奈と観て、貴子たちから逃げるのを揶揄うように邪魔し、マリアを追うように空へ消えた……』


 能力者である父・永悟が失踪する前に『天使を見る能力がある事は秘密にしろ』と言われ、まだ幼かった賢士はしつこく父に質問して、『天使は時を見守り、時を壊す危険人物を監視している』と教えられた。


『天使は時のアルゴリズムで人間の行動をピンポイントで把握し、運命さえもコントロール可能だ』


 川の水が海に流れ着くように、豊富なデータと緻密な分析で時の答えは算出され、人間のタイムスケジュールを天使は知っている。しかし正確な予測とはいえバグが発生すれば時は乱れ、緊急事態を回避する為に天使が修正を行う。


 賢士の憶測ではあるが、天使に目を付けられた父は異次元の世界へ消え、時の空間に幽閉されたと危惧している。


 賢士はマリアを守る事が最重要だと考え、郵便局の前を右に曲がって坂道を上り始め、早朝にも感じた既視感デジャブに襲われ、『この通りは前にも来た』と呟き、目の奥が熱くなって瞳がスパークし、視界がブルーに輝いて街並みが夕闇に変化した。


『なんだ、この感覚は?』



 駅ビルで賢士を見失った貴子たちは東急プラザ前で弓子と亜美と合流し、マリアにも逃げられた事を知り途方に暮れたが、夏子からの電話で鳥籠作戦を再開する。


「貴子さん。私はマリアを追って藤が丘へ来ています。この辺でタクシーを降りたと思われるのですが」

「わかった。私たちも至急そっちへ向かう。マリアを捕まえれば勝ったも同じよ」

「了解です。頑張りましょう」


 夏子は電話を切るとタクシーを降りて住宅街を見渡して歩き始めたが、マリアとは路地を一つ挟んで行き違いになり、マリアはレストラン「ジェノヴァ」へ、夏子は教会の方へ進んでカメラを持って歩く藤倉秀太に接近し、上空を飛ぶ天使が四人の動きを見下ろし、左腕のクラシックウォッチ・ブレゲが11:28分を示すのを確認して微笑む。


『時間通りですね』

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