青い防波堤を越えて

 夏子はエレベーターの方をチラッと見たが、マリアがヒッピーの変装をしている事を知らず、一階フロア全体を見回して、一際目立つヒッピーガールが近付いても気に留めてない。


『大丈夫。正面突破だ』


 カラフルなニット帽を深めに被り、頬を引き締めてツンと顎を突き出し、ベルボトムのジーンズを靡かせて大股で歩き、ブルーのロングスカートの防波堤を越える。


 マリアは夏子がカフェの裁判で『清楚感はあるけど、ファッションは地味でダサいわね』とケナしたのを思い返し、『センス悪くて、ごめんなさい』と、扉を開けて外の空気を吸う。


 その時、怜奈から三階フロアでの追いかけっこの動画が送信され、別の出口で待ち伏せする弓子と亜美、そして夏子も賢士がヒッピーのファッションで二階の連絡通路の方へ逃げたのを知る。


「ヒッピー?」


 夏子はタンポポ柄のシャツを着たヒッピーガールが通り過ぎたのを思い出し、「マリアだ」と頭をゲンコツで叩いて外へ出たが、マリアは横断歩道を横切り、駅前のタクシー乗り場へ駆けて行く。


「マリア、待ちなさい。ケンジにめぐり逢ったのは認めるけど、恋のルールは守りなさい」


 マリアは『恋のルール?』と振り返り、信号待ちで横断歩道を渡れない夏子に手を振ってタクシーに乗り込み、トンボメガネを外して窓越しに返答する。


「ごめんなさい。夏子さん。でも恋の翼が自由に飛びたいって言ってるのよ」


 ピースサインをしてタクシーで走り去るマリアを夏子は横断歩道の途中で睨み、「くそー、逃すものか」と吐き捨て、タクシー乗り場へ駆け寄って追跡した。


 その緊縛した光景を空気の壁を割って現れた金髪の天使が通りで眺め、車が体を素通りして走るのも気にせずに、背中に翼を装着して空へ飛び立つ。


『わかるよマリア。自由に飛ぶって、マジ楽しいからな』


 天使は異次元のゾーンに存在する天使専用の収納ボックスに四角い革鞄を預け、空を飛んでマリアと賢士が落ち合う藤が丘のイタリアンレストランへ向かう。

 空中で左腕のクラシックウォッチ・ブレゲを見ると11:15分を示し、時のポイントを監視するタイミングであった。

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