災いの兆候

 悠太はマリアに「素晴らしい展開じゃないですか」と温かい言葉を投げかけ、二人でゆっくり話し合うように伝えて電話を切り、マリアと賢士との出逢いが恋へと発展する事を期待し、二人のキスシーンを夢想してカウンター内に佇んでいると、突然、破裂音が轟き棚のグラスやカップが割れて床に破片が飛び散った。


「マスター、大丈夫ですか?」


 カウンターでコーヒーを飲んでいた年配の常連客が驚いて立ち上がり、腰を抜かして尻餅を突く悠太を心配してカウンター内を覗き込む。


「は、はい。僕は平気ですが……」


 悠太は床のガラス片にタイマーの破片が混ざっているのを見て首を傾げたが、数十分前に退席した若者がタイマー式破裂弾を仕掛けたとは気付いてない。


「古いキッチンタイマーが壊れたのでしょうか?こんな所に置いた覚えはないのですが……」

「とにかくサイフォンが無事で良かった」

「コーヒーの心配?」

「ええ、サイフォンで沸き立つ香りが好きなんですよ。もちろんマスターもご無事でなりよりです」

「お騒がせしました。すぐ片付けますね」


 しゃがみ込んでいた悠太が立ち上がって客に謝り、目眩がして『変だな』と目頭を押さえてふらつき……衝撃音と共にウインドーガラスが砕け落ちる幻影が見え、驚愕の表情で固まってしまう。


「どうしました?」

「いえ……立ち眩みです」


 二日後に起きる事故シーンが時の歪みでウインドーガラスに映り込み、悠太が顔に手を翳して見直す。


 その時、藤が丘のリストランテ・ジェノヴァのテーブル席に座る天使も時が乱れる兆候に気付き、一瞬、目を閉じて不安な表情を浮かべたが、時の乱れはすぐに正常に戻り、テラス席に座るマリアに視線を向けて『問題ない』と微笑む。


 悠太も『気のせいか?』と苦笑して、床の破片を掃除してゴミ箱に捨て、数日後に悲惨な事故が起きる兆候とは思いもしなかった。

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