ラブ&ピースで行こう

 東急プラザ本館三階。レトロなファッションショップに賢士とマリアが駆け込み、マリアはタンポポ柄のカラーシャツにジーンズ、派手なニット帽とトンボメガネをチョイス。賢士はジョンレノンのプリントシャツにツギハギジーンズのジャケットとパンツ、バンダナに丸メガネを手に取り、試着室を出た時には二人とも1970年代のヒッピーになった。


 四階フロア東急ハンズのパーティグッズ売り場。賢士は海賊の付け髭、マリアは赤毛のカツラをして鏡の前に並び、「ラブ&ピース」の合図でピースサインのポーズをして笑い合う。


 エスカレーターにすました顔で乗り、五階フロアへ上がった二人は無印良品のカフェへ入り、窓側奥の席に向かい合って座った。


「ねっ、ケンジ。目立ち過ぎじゃないの?」

「これくらいじゃないとすぐにバレる。僕はクールな自然主義者だし、マリアは清楚なクリスチャンのイメージがある。まさかヒッピーに変装しているとは思わないさ」


 顔を寄せてこそこそと話す二人に店員が近寄り、片言の日本語でクリームソーダとオレンジジュースを注文し、店員が席から離れると再び至近距離で囁き合う。


「ケンジって超然的な雰囲気があるから、ジーケンと呼ばれてたんでしょ?」

「そうだね。お互いイメージが定着している」

「じゃー、これを機会に殻を破って、ラブ&ピースで行こうか?」

「OK」


 二人は自然と「ケンジ」「マリア」と呼び合い、周囲を気にせずに見つめ合って会話を楽しむ。時間からも解放され、気分は自由に駆け巡る。


「初めて逢った気がしない。不思議だけど、今朝、目覚めた時から、マリアへ導かれる予感がした」

「あっ、そうやって女性を口説いているんだ?春に恋をして、冬に別れるって、カフェに集まった女性たちにレクチャーされていますよ」

「ええ、七つの大罪。これでも悔い改めようと努力しているのですが……」


 賢士はマリアの言葉を素直に受け止め、軽く頷いて「予感がしたのは嘘ではない」と微笑み、マリアは首に下げた十字架のペンダントを指で摘んで手首のミサンガに願いを込める。


『私たちは復活祭の日に出逢い、教会が爆発された瞬間に過去へ飛ばされた。三日間の時間を天使に与えられたけど、悲劇の結末は変わってない』


 マリアは天使に『秘密』だと話す事を禁じられたが、『ケンジが自ら記憶を取り戻せば、未来で起きる悲惨な出来事を回避できるのでは?』と一縷の望みを抱く。


「その十字架のペンダント。素敵ですね?」

「祖母の形見なんです。父は藤が丘の教会の神父で、母を幼い頃に亡くしたから、わたしおばあちゃんっ子だったんですよ」


 マリアはオレンジジュースがテーブルに置かれると、唇を少し尖らせてストローを挟み、両手を広げて教会での十字架キッスを彷彿させる。


『私たち、十字架キッスもしたんだよ』と心の中で呟くが、賢士は丸メガネを少し下げて首を傾げた。

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