過去で逢いましょう

 賢士は数十年振りに天使を間近に見て、幼い頃の衝撃的な出来事を回想したが、ポジティブに思考を巡らして席を立ち、最後尾のドアの前へ行き窓ガラスに映り込む不思議な光景を視界の端に捉えた。


 賢士の背後に並らんだ天使の体を車窓を眺めていた子供が通り抜け、席に座った子どもを見て天使が苦笑いして呟く。


『翼を付けてない時は人間のルールを守りたいが、変な感じなのは否めない』


 電車がスピードを緩めてホームに着き、賢士はドアが開くと同時にホームに降ち、立ち止まって付近を見渡すと、天使が軽い足取りで追い抜いて行った。


 青葉台駅改札口の時計は10時24分、怜奈は階段の上り口でサングラスをおでこに乗せ、電車がホームに到着する度に賢士が乗ってないか探し、マリアの動向を観察した。


『運命の人なら、初対面でも私を見つけます』とマリアは怜奈に告げ、最終はベンチ付近に佇んでいたが、既に二台の電車が到着して焦ったのか、ホームの中程まで進んで賢士との出逢いを待ち侘びている。


 怜奈はジェラシーの心理で『ムリだよ』と呟き、サングラスを掛け直してホームを歩く人々とマリアを観察した。


 賢士は階段付近に立つ怜奈の姿を見つけたが、ホームの中程に立つうさぎのエプロンをした女性を天使が横目で見て微笑み、怜奈に近寄って隣に立ったので不審に思う。


『どういう事だ?』


 天使の思惑が分からず、賢士はゆっくりとホームを歩き、うさぎのエプロンをした女性へ歩み寄りながら、怜奈と天使が見守る意味合いを思考する。


 マリアはすぐに賢士だと分かり、少しズルをしてうさぎのエプロンをひらひらさせ、視線を上に向けて自分に気付く事を願った。


『ケンジ、お願い。貴方と私は未来で出逢っているのよ。時を超えて、過去でも私を発見して……』


 しかし賢士はマリアの存在を感じ取る事なく、人々の流れに乗ってマリアの前を通り過ぎ、一度も振り返らずに階段付近に立つ怜奈に手を上げ、天使に未来の記憶を消されている事を証明した。

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