恋の逃避行

 オープン時間を過ぎてもカフェ「Maybe」のドアにはクローズの札が掛かり、女性メンバーがテーブル席を占拠して怜奈が賢士を連れて来るのを待ち、厨房ではマスターがモーニングセットの用意をしている。


「マリアがあんな提案をするとはね。最初は乗り気ではなかったのに、自分からゲームをするなんて不思議だわ」


 貴子がテーブルの上にスマホを置き、マリアの自信溢れた微笑みを思い出し、全員がソワソワして期待感と緊張感が漂っている。


「まさか、会ったことがあるとか?」

「それはないよ。ケンジが私たちに依頼する理由がなくなるからね」

「私は面白さが倍増して良かったと思う」

「うん、ケンジならめぐり逢いのゲームに気付くかも」

「確かに、侮れないわ」


 弓子、彩乃、亜美、夏子、京子、が今後の展開を想像して熱く語り、考え込んでいた貴子がマスターに声をかけて確認する。


「マスター、マリアとケンジは100パーセント初対面だと言い切れる?」

「はい。僕が保証します」


 貴子は厨房から顔を出して即座に答えたマスターを見て、女性メンバーたちに「変に疑うのはやめましょう」と微笑んだが、テーブルの上に置いたスマホが震えて全員がドキッとし、貴子が素早くスピーカーモードにして話し始めた。


「怜奈。駅に賢士が着いたのね?」

「ええ、そうなんですが…………」


 マスターもカウンター席に来て耳を澄まし、怜奈の慌てた声がカフェの室内に響き、全員が唖然として顔を見合わせ、貴子が声を裏返して聞き返す。


「れ、怜奈。もう一度、説明して。意味不明なんだけど」

「貴子さん。ですから、ケンジはマリアさんの前を通り過ぎて私に近付いて来たのですが、人の流れに隠れて見えなくなり、私が気が付いた時にはマリアさんと一緒に逆方向の出口へ走って行ったのです」

「つまり、二人で逃げた?」

「そのようです。今、そっちの出口の方へ向かいながら電話しています。不思議ですが、ケンジがマリアを認識した事は間違いない。貴子さん、そう考えていいんですよね?」


 貴子の表情が困惑から怒りに変わり、スマホを手にして怜奈に指示を出し、恋のリベンジサイトのリーダーとして立ち上がった。


「怜奈。マリアとケンジを追うのよ。私たちもそっちへ向かうから、居場所を連絡しないさい。恋の逃避行は絶対に許しません」

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