絶望のクリスマスイブ

【賢士の回想シーン】


 僕は小学校二年生にしては大人びた子供で、質問の答えが疑わしいと『なぜ?』を繰り返し、両親と親戚を始め学校の先生まで困らせて『お喋りな理論家』という称号を得たが、雪の降るクリスマスイブの夜を境にして無口でクールな子供になった。


 サンタクロースもイエスもファンタジーだと嘆き、二階の窓枠に両肘をついてクリスマスイブの夜空に舞う白い雪を眺め、絵本を閉じてベッドの中で眠りついたが、黒い翼を持つ者が僕の顔を覗き込むのを感じて目を覚ました。


 …………


 夢かと思ったが、ふわっと風のようにドアの隙間から出るのが見え、好奇心からベッドを起き出して黒い風を追う。


 …………


 薄暗い通路を歩いて階段を一段ずつ降りて隠れんぼみたいに探し、一階の収納庫やリビングを見回ると、通路の奥から微かな音が聴こえた。


『鈴虫が鳴いている?』


 僕は灯りの漏れる寝室のドアをそっと開け、母が若い男とSEXしているのを目撃した。淡い照明にマッチョな黒人が全裸で母の上に馬乗りになり、ベッドで揺れているのが幻影のように見える。


 …………


 ドアの前に佇む僕に気付いた母は驚愕の表情で口を手で覆い、上にいる男を振り払ってベッドから降ろし、男は怒って汚い言葉を発したが、母に何か言われて渋々床のパンツを拾って穿く。


 …………


 その男の背中と尻、胸と太腿の筋肉が黒く波打って瞳に焼き付き、僕は黒人だと決め付けたが幻惑による勘違いかもしれない。


 …………


 全裸の母は僕に背中を向けてガウンを羽織り、サイドテーブルのワインボトルに触れてグラスを倒し、サンタの赤い帽子とプレゼントの箱がみすぼらしく濡れてしまう。


 …………


 でも僕はそんな事よりも、天井で黒い翼を広げている者を見つけ、湧き上がった疑問を投げ付けた。


『誰なの?父に似ているけど、偽物でしょ?君は黒い翼のペテン師なの?』


 苦渋の笑みで母を見下ろす顔が父とダブって見え、幼い僕を大人の世界へ誘い込んだ答えがこの問いにあると思った。


 黒い翼を持つ者は表情を一変させて本来の彫りの深い西洋人の顔になり、僕を漆黒の瞳で睨んで凍り付かせた。


 しかしその後の記憶は無く、思い起こそうとするだけで僕は息苦しくなり、果てしない絶望感が押し寄せて、凍え死にそうになるパニック症候群に悩まされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る