天使の疑惑

 南町田駅の改札口を通り抜けた賢士が反対ホームへの連絡通路の階段を上がり、iPhoneを手にして輝からの電話に出たが、青葉台駅行きの電車が到着したのですぐに切って階段を駆け下り、ホームを軽いステップで走って後方の車両に飛び乗った。


『マリアという女性だよ』と怜奈に言われ、曖昧なドキドキ感からリアルに胸が高鳴り、心の中の白い羽根がスポットライトを浴びて心拍数に合わせて踊っている。


 春に恋をするパターンの一つの現象だが、その感覚が数百倍にアップしている事に驚き、浮き上がりそうな気持ちを落ち着かせようと前屈みに席に座り、意識を研ぎ澄まして心の中で呟く……。


『乗り込んだか?』


 電車の扉が閉まる寸前に飛び乗った金髪の天使は中央付近の車両から最後尾の車両に移動し、目を閉じて席に着く賢士を見つけて立ち止まり、吊り革を掴んで様子を伺う。


 その時、賢士がチラッと顔を向けて視線を合わせ、一瞬だが首を傾げて微笑み『視えるのか?』とドキッとしたが、子供連れの家族が天使の前を通り過ぎ、最後尾の窓へ歩み寄って子供が背伸びをし、車窓の風景を眺めるのを賢士は見ている。


『気のせいか?』


 天使は霊視能力があると疑った事に苦笑し、賢士の前へ歩み寄って前の座席に腰掛け、四角い革鞄からタブレットを取り出して、先程の映像をアップにして再生し、賢士の視線と瞳の動きと頬の緊張感をスローモーションで調べたが違和感はない。


『所詮は愚かな人間』


 天使や霊魂は人間には視えず、賢士が幽霊のマリアと会話ができたのは天使のアイテム『ブルーの瞳』を貸し与えられたからだ。


 背中の翼を外した天使はごく普通の若者に見え、油断した霊能者や亡霊は正体を見破られ、能力を剥奪され安定した時間へ戻される。


『霊能者の中にはタイムリープを繰り返し、天使の監視から逃れる者もいる。もし君が優秀な霊能者ならば、即刻、復活はリセットされ教会の爆破時間へ戻します』


 正確にいえば、マリアは死者からの復活であるが、賢士はタイムリープして過去へ戻り、微かな未来への予感とマリアへの想いで気分が高揚しているに過ぎない。


『ジーケンと呼ばれ、雰囲気はジーザスですが見掛け倒しか?』


 この時点では、金髪の天使は賢士の能力を見誤り、賢士が幼い頃に恐ろしい体験をして霊能力を身に付け、天使を警戒している事に気付かなかった。賢士はマンションから追って来た天使の目的を探り、強烈な既視感デジャブに関係していると推測した。

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