ケンジの約束

 賢士が玄関を出るとiPhoneに着信があり、朝早く輝に電話して妙な質問をした事で、妙子が探りを入れて落ち込んでないか気遣う。


「もしもし、ケンジ。少し話せる」

「妙子か?どうした。仕事中だろ?」

「そっちこそ、輝に電話するなんて何年振りだよ。輝、ずっと考え込んでたぞ。まさか、暗い部屋に閉じこもってないよね?」


 賢士はバイオリズムの低調期に窓のカーテンを閉め切って灯りを消し、部屋に閉じこもって瞑想する習性がある。


「いや、これから外の世界へ一歩踏み出し、冒険の旅へ……」と言って、階段の手前で立ち止まり、再度、既視感デジャブが押し寄せて伝えたい言葉が頭の中に浮かび、駅付近を見下ろして妙子の不安を払拭した。


「期待感でワクワクしている」

「本当に大丈夫なの?無理しなくてもいいんだよ」

「妙子。夕方、青葉台のKeel's Barで会おう。必ず行くから、輝と一緒に待っててくれ。それが僕の約束」


 視界の先には金髪の天使が駅前のレストランのテラス席に着く姿が視え、賢士は一度目頭を指で押さえてから階段を降りて行く。


「いいけどさ。いきなり、何なのよ?」

「そこで新しい恋人を紹介する。これからその女性に逢いに行くんだ。アキラにもそう伝えてくれ」


 賢士はそれだけ言って電話を切り、時間と内容は少し違うが、復活祭の日に輝と電話で話した一部とKeel's Barへ行く約束を再現し、賢士自身は気付いてないが、記憶喪失のタイムリープが生み出す時の混沌カオスに帆を張って走らせ始めた。


『漂流していたが、時の流れに乗った……』



 金髪の天使は南町田駅前の広場に降り立ち、異次元のゾーンに入り込んで天使専用の収納ボックスから四角い革鞄を取り出し、元の次元に戻ってグランベリーモールと隣接するレストランのテラス席に座り、背中の翼を外して鞄の中に仕舞い込んだ。


『つまんないけど、地上の行動に備えるか?』


 翼のない天使はごく普通の人間に見えるが、霊界の高レベルな存在として神に選ばれ、天使のアイテムを与えられて亡霊や人間を監視し、時空が歪んでないか見守っている。


 数分後に賢士が早足で通り過ぎ、金髪の天使は四角い革鞄を持って席を立ち、南町田駅へ向かう賢士を背後から追いかけた。

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