恋の化学反応

 貴子と女性メンバーはマリアの提案を了承し、怜奈が賢士に電話をしてカフェ「Maybe」に呼び出し、青葉台駅のホームでマリアと賢士とすれ違う時、恋の化学反応が起きるか実験する。


「ケンジ、すぐに着替えてカフェに向かうと言ってました。たぶん、30分もかからないと思います」


 怜奈はテーブル席で全員に注視された状態で電話を終え、緊張感から解放されて深呼吸をして水を飲み、貴子が肩を叩いて「ご苦労さま」と労う。(スピーカーで会話を聴きたいと数名のメンバーが希望したが、怜奈は声が震えそうだと丁重に断った。)


「怜奈、あなたは少し離れた位置で二人を見守り、奇跡が起きなくてもカフェに連れて来るのよ。正式にマリアさんをケンジに紹介して、二回戦を始めましょう」


「了解しました。マリアさん、行きましょう」


 マリアは「一人でいいのに」と溜息混じりに呟いたが、「私も見学したいと」数名の女性が愚痴を言い、慌ててバッグとエプロンを持って怜奈と一緒に玄関口へ向かう。


「マリアさん。絶対、成功しますよ」

「ありがとう。マスター」


 目を潤ませて駆け寄るマスターにハグされ、マリアは笑顔で送り出されたが、ドアの前で手を振るマスターが感極まって咽び泣き、振り返ったマリアが呆れている。


「イヤだ。マスターったら」

「マスター、ケンジのこと真剣マジに好きだったんだね。複雑な心境、分かりますよ」


 隣で怜奈が優しく微笑み、マリアはカフェで働いていた時の怜奈はマスターと険悪な雰囲気だったが、今回の再会ですっかり仲良くなったと顔を覗き込む。


「えっ?」

「ううん、なんでもない」



 南町田マンションの四階、リビングのデスクで怜奈から連絡を受けた賢士はクローゼットへ行き、グレーのスリムパンツとネイビーのテーラードジャケットを出し、シャツを選ぶ時に黒い喪服が気になって不吉な予感がした。


『まさか……誰か死ぬのか?』


 白いシャツを着て胸ポケットに地味なチェク柄のハンカチを入れ、目を閉じて心の中を探るが、曖昧なるドキドキ感は変わらず、眩い白い羽根のイメージが湧き上がる。


 賢士は幼い頃に不思議な体験をして、90パーセントの確率で予感が的中するようになった。高校の頃、ジーケンと揶揄されたのは雰囲気プラス神的能力。


『春だから不安はないが、これが冬なら恐怖で外出は中止だ。心に浮かぶ黒い羽根は死と絶望をイメージする』


 ネイビーのジャケットにグレーのスリムパンツを着て、洗面室の鏡の前でヘアワックスを手に付けて手櫛で髪をセットし、リビングのデスクへ歩み寄りノートパソコンの電源を落とす。


 その時、金髪の天使が外から窓ガラスに顔を近付けて室内を覗き込み、賢士が外出の用意をしている事を確認して駅付近へ下降して行く。


 賢士は表情を変えずに窓から視線を外して思考を巡らし、iPhoneを手にして玄関へ向う。喪服と地味なチェック柄のハンカチ、薔薇の棘の冠をした自分の顔、輝が告げる約束の言葉。それらの既視感がフラッシュバックになり脳裏に映し出された。


『パズルの答えは不明だが?危険なゲームに巻き込まれている……』

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