第10話 運動会(徒競走)



 運動会当日、最初の種目から俺にとってはクライマックスシリーズと同義の徒競走。


 一緒に走る人数は六人。一学年三クラスあって、各クラスから二人ずつの出場となる。

 チーム的には紅組白組の二つに分かれていて、俺達のクラスは五年生で唯一の白組。


 同じクラスから走る一人はぽっちゃり系の足が遅い加藤君。他のメンツも半数が足の遅いあまり運動が得意ではない子達。

 ただ、残り二人は運動ができる。

 一人は前世で二着だった野球をやっている丸刈り小僧、高瀬。もっとも前世ですらコイツとの差はほとんどなかったので、今世の俺の敵ではない。


 だが、最後の一人だけは違う、別格といっていいほどの俊足を持つ男。前世では三着の俺どころか二着の高瀬にも大差をつけて俺達を圧倒したイケメンサッカー少年綾瀬川冬樹。

 俺は運動会で彼に勝つことを目標に頑張ってきた。

 これまでの成果を出す為六月に入ってから更なる追い込みをかけ出来る限りの努力を行ってきた。休みをとって身体のケアも万全。これで負けるなら仕方ない。

 いや、こんなことを思ってはいけない。負けた時の言い訳、免罪符として己を守るような軟弱者が勝負に勝てるわけがないだろう。


 そう思い至ると、一度深呼吸して心を落ち着かせて、一気に気を引き締める。


 既に俺の順番までは後二組しか残っていなかったが、なんとかメンタル面でも万全の状態にすることが出来た。これで心身共に完璧のコンディションで勝負ができる。


 そうしてついに俺達の順番がやってきた。


 我が小学校の運動会での徒競走は基本的にスタンディングスタート。

 この日のために五月に新調し足に慣らしてきた運動靴越しに大地を掴むように踏みしめる。


「位置について……」


 男性教師の大きな掛け声を合図に、六人が一斉に準備体制に入った。


「よーい……」


 ここから先は何も考えない。

 ただ、次に発される声とほぼ同時にスタートするだけだ。


「ドンっ!」


 声が出されるのとほぼ同時、フライングにならないギリギリのタイミングでのスタートに成功。他のメンツは俺ほど気合も入っていなかったのか、若干俺よりもスタートが遅く、現時点では俺がトップ。このまま一気に駆け抜ける!


 大地を強く蹴り上げ、加速する。

 腕を強く振り、加速する。

 足の回転速度を限界まで引き上げ、加速する。

 もう周りなんて気にしていない。ここまでくれば後は自分の限界をどこまで引き出せるか、つまりは自分との勝負だ。

 これまでのトレーニングの日々を思い返し、自分の肉体を信じてひたすら全力疾走。

 風を切る感触が心地よい。

 周りの大きな歓声が透き通って聴こえてくる。

 他人を応援する声も自分を応援する声も、全てを自分への声援だと思い込んで、ゴール目掛けてさらに加速する。


 視界には自分以外まだ誰もいない。

 目の前には誰もいない。


 それでも走る速度を緩めることはない。


 今自分の出せる限界ギリギリ、いや、ほんの少し限界を超えた速度でコースを駆け抜ける。



 負けてたまるものか。

 これまでの努力の成果を出すのだ。


 俺が! 一番を取る!


「一着……」


 気づけばいつのまにかゴールを駆け抜けていた。

 自分の身体にゴールテープが絡まっているのを感じて、ようやく終わったのだと認識する。


 目の前には誰もいない。

 ゴールテープを切ったのは俺自身。

 後ろを振り向けば、少し遅れてようやく綾瀬川冬樹がゴールしているのが見えた。


「俺が勝ったんだな」


 ボソリと独り言を呟いて、ようやく目標の第一歩が達成されたのだと察せた。


「凛ってめちゃくちゃ足速かったんだな! 油断したぜ」


 一緒に走った綾瀬川に声をかけられる。その表情からは悔しいというよりは、自分よりも早い人間を見て凄いという感情があるように見えた。自分を負かした相手を素直に賞賛するとは、やはりこいつは何もかもイケメンである。

 だが、そんか完全無欠のイケメン野郎を負かした俺の方がもっと完全無欠だろ? いや、こんなことを言ってしまえば器の小さいやつになってしまうな。


「毎日走ってるからな。これくらいは当たり前だ」


 つい見栄を張ってクールに対応する。

 少しでも器が大きく見えるように。そんな行動自体が小さい奴のすることだというツッコミはノーセンキュー。


「へー! リレーは負けねえかんな!」


 当然学年でもトップクラスに足の速い彼は、赤白別れた選抜対抗リレーの選手だ。

 そして奇しくもリレーでも俺と同じ順番で走ることになっている選手でもある。


「こっちだって次も負けないよ」


 挑発するように言うと、彼は笑った。

 自分のライバルキャラができて嬉しいとかそんなところだろうか?

 どこまでも主人公みたいな奴だなと思いつつ、前世では足の速さでまったく敵わなかった彼に認められたことが嬉しく、つい俺も笑顔を浮かべてしまうのだった。



「凛君足速かったんだね! 凄いカッコよかったよ!」


 待機場所に戻ると先に走り終えていた優菜が近くに来て、そんな褒め言葉を言って走り去っていく。その横顔から見えた顔は若干赤くなっていたのは、外の気温が暑い中走った後だからだろうか? その真相はわからない。


 わからないが、一つ言えることがある。


(頑張ってよかった!)


 まだ運動会序盤、達成するべき目標もまだ残っているのだが、俺の気分は既にやり切った感で満ち溢れていた。

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