第8話 あれ? これもしかして……


 練習試合の翌日、俺はいつも通り朝早く起床して朝の日課を済ませてランニングや身支度に朝食を済ませてから学校に登校した。


 いつも同じくらいの時間に着くのだが、今日はいつもよりもかなり早く学校に到着していた。

 昨日の練習試合での活躍が噂話となってチヤホヤされることを期待していたら学校へと向かう歩行速度が無意識のうちに早足くらいになっていたみたいである。


 そしていつもより早くついた教室には、ぼっち系男女数名と水川優菜ちゃんが既に登校してきていた。


「あっ! おはよう凛くん!」

「おはよう水原さん、みんなもおはよう」


 心の中の喧しさは抑えて、俺はクールに振る舞う。一人一人の呼び方だって大人っぽさを演出する為苗字にさんづけだ。

 そして基本的に学校ではクラスメイト全員に挨拶するようにしている。最低限の会話は敵意をなるべく持たせないフレンドリーさを出せるからだ。もちろん表情は笑顔を意識しているが、いつも笑っていると言われるほどではない。常に笑顔でいることもできるにはできるが、疲れるだろうからやろうとも思わない。


「ねえねえ、昨日の練習試合凄かったんだって?」


 来た。早速楽しみにしていた展開だ。舞い上がらないように努めて冷静を意識して返事をする。


「え? 凄いって何が? てか、練習試合のことなんで知ってるの?」


 よくよく思い返してみれば、まだ昨日一緒に練習試合だった女バスのクラスメイトはいない。メールででも教えてもらったとか?


「えっとね、私の従姉妹が昨日うちの学校と練習試合したって聞いて、凛くんがどれだけすごかったかって熱弁されたんだー」


 まさか昨日あの場に水川優菜ちゃんの従姉妹がいたとは思いもしなかった。

 前世ではそもそも仲良くなかったので彼女の親戚がバスケをしているなんて当然知らなかった。そして今世の場合は、仲良くはなれているのだが、そうだからといって友達と親戚の話なんてしないので当然知らない。


「それ本当? なんて人?」


 名前と顔が一致する子であわよくば女子で尚且つ可愛い子であれと願って聞き返す。

 昨日いた女バスで名前を知っているのは数名、そこから顔が可愛い子に限定するとかなり限られてくるが、それでも俺は祈る。


「多分男子じゃなくて女子だからわからないだろうけど、宮原雪ちゃんって子だよ。わかる?」


 わかる! わかるぞ! 


 その子は前世で高校が一緒だった可愛い子だ。小、中学時代はバスケをやっていたことすら知らなかったが、高校で多少話す仲となり、バスケをやっていたことを知った。

 思い返してみれば、高校の彼女のおもかげが多少あるような子が昨日相手チームの女バスにいた気がする。

 高校時代は巨乳だったので、すっかりそちらの印象が強くてツルペタな彼女を見ても気づかなかったのは仕方ない。

 ただ、それを思い出したところで今は接点なんて皆無なので、例え特定できていたとしても、ここは知らんふりをする。そうしなければなんで知ってるのと聞かれて少々困る事態になる。


「あー、女子はさすがにわからないな」

「やっぱそうだよねー。その従姉妹も最初は凛くんのこと知らなかったみたいだけど、チームメイトから呼ばれてるのとか聞いて名前覚えたって言ってたし、接点もないんだろうなと思ったもん」


 若干棒読みっぽくなったが、彼女は特に気にした様子はないので一安心。

 てか、俺の名前を態々覚えて、尚且つ同じ小学校に通っているだろう従姉妹に俺の活躍話をするとか、もしや俺に気があるのでは?

 いや、待て待て俺。そんな小さいことで自分に気があると思うとかどこの童貞だよ。いや、今の俺は童貞だけども。

 ちょっと自分に興味があるのかなくらいの状態で俺のこと好きなんじゃね? と勘違いするのは恋愛において一番痛いことだと思う。故にここは勘違いしてはいけない。


「うーん、じゃあどんな特徴の子か教えてよ。髪型とか聞いたらわかるかもしれないし」


 とはいえ、一応ここで接点を持てるなら持っておいても損はないだろうと、特定できるように情報を出してもらってあたかも偶然を装う作戦に出る。


「うーん、ショートカットでちょっと茶髪ぽいくて、可愛い感じの子? かな」

「あーうんなんとなくわかったかも。多分あの子かな?」


 実際は女バスのほとんどがショートカットだったし、可愛い感じの子も茶髪っぽい子も何人かいたが、この質問は出来レースのようなものなので、これでわかったことにしておく。


「ほんとー? これでわかるってことは凛くん雪ちゃんのこと可愛いと思ってるってことだー! 今度あったら伝えといてあげるね」


「いや、別に伝えなくてもいいよ、それくらい。それに可愛いって言えば俺は水川さんのこともそう思ってるし!」


 とここで、少し舞い上がっていた俺は勢いのままに口説いてみた。ここからの反応によっては今の好感度も大体測れるし、悪くない一手だと思う。


「え、えー! そんなことないって、私より雪ちゃんのが可愛いよ?」


 これは満更でもないって感じか? みるからに照れているし、嬉しそうだ。これは頻繁に褒めて好感度を稼ぐのもありだな。

 小、中学校の男子なんて基本シャイだから女の子に面と向かって大衆のいる面前で可愛いなんて言わないだろうし、ポイント稼ぎには十分有効な一手になりうる。

 転生してからそれほど時を経たずに気づけたのは僥倖だ。これからも積極的に褒めて、彼女の好感度爆上げを目指そう。


「それよりもさ! 凛くんってすごくバスケットボール上手いんだね。体育とかで運動もできるのは知ってたけど、まさか地区でもトップクラスのバスケットボール選手だなんて思わなかった」


 あからさまに話題を引き戻してきた。


「え? 地区でトップクラス? そこまで上手いというわけではないと思うけどな」


 実際は今の俺レベルの選手なんて全国にだっていないはずだが、一応謙遜しておく。未来知や射精強化がなければ俺レベルなんて全国どころか地区にもうようよいるがな。



「えー、でも雪ちゃんがほとんど凛くん一人の活躍で勝ったみたいなものとか、あれだけ上手い選手は中学生でも見ないとか凄いベタ褒めしてたんだよ?」


 実際その通りで、昨日のチームの62得点中、52点が俺のシュートによるものだ。

 加えてリバウンド21、スティール18というプロでもそこまで一人が結果を出すことはないというくらいの活躍である。ただ、そんな自慢は鼻につくのでもちろんしない。


「そんなことないよ。みんなで勝とうと頑張ったおかけでの勝利だったからね。でも、バスケの上手さを褒められてたのは素直に嬉しいね」

「あっ、そうだ、言い忘れてたけど、練習試合お疲れ様。それに勝利おめでとう!」

「あはは、なんだか照れるね。うん、ありがとう水川さん」


 改めて狙っている可愛い女の子に勝利を祝われると途端に気恥ずかしさを感じてしまう。彼女に返礼をするのが精一杯であった。



「ふふっ、どういたしまして。ねえ、凛くんもそろそろ私のこと下の名前で呼ばない? 苗字のさん付けって最初は大人っぽくて素敵だなと思ってたけど、仲良くなってきたらなんだか友達なのに距離感ある感じがするし」


 ここでまさかの彼女の方から距離を一気に詰めてくる提案が出された。

 ここで俺のこと好きなんじゃね? はまだ早いが、今後によっては十分そんな未来も訪れるはず。ここは思い切った呼び方をこちらからする。


「うーん、そう? ならこれからは優菜って呼ぼうかな?」

「う、うん! これからはそうしてよ! 私も今度からは凛って呼ぶから! いいよね?」


 呼び捨て許可をもらった上で、まさかの相手からも呼び捨て。

 相手が小学生とはいえ、こちらだって今は小学生だ。

 呼び捨てするだけでなんだか嬉しそうにしている彼女を見て、少し早めの甘酸っぱい青春をしているみたいで、嬉し恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。


「じゃあ、これからはお互い呼び捨てでいこうか、優菜」

「うん! 凛!(えへへ、やったぁー)」


 努めて冷静に返事をしつつ、これだけのことで喜ぶ彼女を見て可愛いなと思った。


 ちなみに、俺はライトノベルやラブコメ漫画に出てくるような鈍感系難聴主人公ではないので、最後に顔を逸らして呟くように言った言葉も当然聞こえている。


 そして俺はそんな彼女の言葉や反応を見て強く思った。



(あれ? これ俺のこと好きなんじゃね?)


 これが勘違いでないことを切に願う、小五の春の出来事であった。

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