第二十三章 十時の約束

「わかった、ありがとう・・・・。

今夜十時だね?

雪ちゃんは来ない方がいい、怪しまれるといけないからね。

万一の時は僕が全部責任をとる。

なあに、銀行の為にやるんだ。

大丈夫さ、じゃあね・・・」


相川がうれしそうな声で電話を切った。


この頃の雪子の態度に焦りを感じていたが、片山に説得させたのがきいたと思った。


片山からスパイの誘いをうけ、最初はとんでもないと断ったが、どこか伸男に面影の似ている男を見ていたらこの計画を思いつき協力する事にした。

 

相川はずっと雪子に思いを寄せていた。

一度愛を告白したが断られてしまった。


それならそれでいいと思っている。


だが、いつまでも伸男の想い出に引き摺られるように一人でいる雪子を見ていると、実の妹を見ているようで辛かったのだ。

片山を見た時、この男なら雪子を幸せにできるのではないかと思った。


スパイについては金も欲しかったが、自分が愛している銀行をトップの奴らがバブルの頃、好き勝手にボロボロにして涼しい顔でその償いもせず役員に居座っているのを見て、復讐に似た気持ちをいだいていた。


こいつらを叩きのめして俺がトップにたってやると思ったのだ。


その為には悪魔に魂を売り渡してもいい。

だが、愛する天使から嫌われるのだけはいやだ。

だから、この頃の雪子の冷たい態度に塞ぎ込んでいた相川であった。


片山はこの間の雪子の態度から一転して、パスワードとしかも頭取室を開けておくというありがたい話に少し疑いに心を持ったが、やはり自分の事を気にかけてくれたのかと、ホッとしていた。


悪い事をしているとは思っているが、別に広洋銀行を乗っ取るわけではない。

四菱銀行との提携を有利に導く為の手段にすぎない。


Mr・グラントと立場は変わらない。

ちょっと非公式なだけである。


この仕事が成功したあかつきには正式に雪子にプロポーズしようと考えていた。

自分も相川も四菱でそれなりの地位を約束されるであろう。


それが三人にとって一番幸せな事だと信じ込んでいる。


※※※※※※※※※※※※※※※


Mrグラントは屋上での話を雪子に聞かされ、腕を組んだまま暫く黙り込んでいた。

やがて後ろ手に窓の外を見ながら、独り言のようにつぶやいた。


「僕の事なら心配はいらない。

若い頃からこういう事には慣れているんだ・・・。

そんなに柔な身体じゃないさ。


伸男に言っておいてくれ、ちょくちょく身体を貸してあげてもいいってね・・・。 


その方がユキコが僕に優しくしてくれるってね」


男は振り向くと、悪戯っぽくウインクした。

顔を赤らめて男を見た雪子は言った。


「ジョークはやめて下さい。

危険です・・・。

それより、今夜はどうしますか?」


「僕らは隣の部屋に隠れていよう。

それと頭取室に盗聴器とテープを仕掛けておくんだ。それまで二人で食事で時間をつぶしていようか?」


男に誘われて、又雪子はうつむいてしまった。

顔が赤くなってしまったのを隠す為であった。


四人、いや五人の様々な想いをそれぞれの窓にうつして、広洋銀行のビルは夕闇に明かりを徐々に浮かび上がらせていった。

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