第十七章 ハッカー

「雪ちゃん・・・やったよ成功だ、完璧だよ。

証拠は残らないようにしておくし、あとでゆっくりデータを分析したら又連絡するよ。

じゃあね・・・」


雪子は携帯電話を耳に当てながら虚ろな目で窓の外を見ていた。

これでMrグラントがスパイである証拠が揃うかもしれない。


だが、少しも嬉しくなかった。

あれほど憎んでいた筈なのに。


会社のためと硬く誓ったのに。

燃えていた野心が何故か火が消えたように虚しくなっていた。


携帯をバッグにしまい、ため息をついて椅子に座った。

額に組んだ手をおし当て、じっとしている。

なにか泣き出してしまいたいような気分であった。


色々腹のたつ事は多かったが、仕事に関しては今まで会ったどの人間よりも誠実で有能であった。

そんな彼に対して、自分は卑怯な手段を用いてデータを盗む手助けをした。


雪子は自分が許せなかった。

伸男が見ていたら何て言うだろう。


たぶん今日の夢はうなされるに違いない。

もしかしたら呆れて、伸男の霊もどこかに行ってしまうのではないかと思うほどであった。


扉の開く音がして雪子が顔を上げると、Mrグラントが入ってきた。


「すみません、ミス・ユキコ。

遅くなってしまって、今日はもう帰っていいですよ。僕は少し調べ物をしてタクシーで帰るから・・・」


そう言うと慌ただしくノートパソコンを開いている。

潤んだ瞳で自分を見つめる雪子に気がつくと、優しい口調で言った。


「どうか・・・した?

ミス・ユキコ・・・」

 

涙が溢れそうになるのをこらえると、雪子は下を向きながらゆっくりと立ち上がり、部屋を出る際に言った。


「お先に失礼します、Mrグラント」

「ああ、さようなら、ミス・ユキコ」


扉が閉まり、静寂が部屋を支配していった。

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