第十四章 癖

「そうか、やっぱり・・あいつはスパイだったんだ。いや、そうじゃなく・・・

堂々と乗っ取りに来たんだ」


社員食堂でコーヒーを飲みながら、相川が言った。


雪子はじっと遠くを見つめながら、思いつめるように肩に力を入れている。


「わかった、雪ちゃん・・。

でも、これ以上相手を刺激するのは危険だよ。


今は冗談のつもりでもやがて牙を向けてくるだろう。それこそ君は頭取の娘なんだ。

気をつけた方がいい。


あとは僕にまかせて、たんたんと通訳の仕事をしていればいい。

それか、今の役目をおりた方がいいかもしれない」


心配する相川に無理に笑いをつくり雪子が言った。


「大丈夫・・・。

それに私、許せないの・・あの男が・・・。

絶対、私が証拠をつかんでみせるわ」 


強い眼差しに少したじろぐ相川であった。


「わかった。

でも無理するなよ、雪ちゃん・・・。

何かあったら、すぐ連絡してくれ。


あと、片山も心配してたぞ。

電話だけでも、してやってくれないかな?」


相川の言葉に雪子は曖昧に頷いた。

片山の事は忘れたわけではなかった。


この忙しい日々が終われば、きちんと会って自分の気持ちを伝えようと思っていた。


「じゃ、本当に無理するなよ・・・」

食堂を出ていく相川を見ながら、雪子はその背中が頼もしく思えた。


確かにMrグラントと対決すると決心したものの、女一人の身では心許ない。


父に相談するわけにもいかず、伸男が死んでから8年もの間、何かにつけて自分を見守ってくれている相川を本当の兄のように思うのであった。


(さて・・・と。

私もがんばらなくっちゃ・・・)


自分を奮いたたせるように勢いよく立つと背筋を伸ばし、食堂をあとにした。


※※※※※※※※※※※※


Mrグラントがせわしなくノートパソコンにデータを入力している。


何か腑に落ちない事があるのだろうか2、3分考えた後顔を上げると再び猛スピードでデータを打ち込んでいく。 

ひととおり打ち終わり数枚出力してながめ、満足そうに自分の鼻の頭をかいている。


人差し指で。


その仕草を見て雪子は思わず聞いてしまった。


「Mrグラント、あの・・・」

 

「何か・・・?


そういえば今日初めて口をきいてくれましたね。

昨日の事、まだ怒ってらっしゃるんですか?」


含むような笑みをうかべている男に又怒りが込上げてきたが、ぐっと押さえて言った。


「別に・・・。

それより・・その鼻の頭掻く癖・・・

昔からなんですか?」

 

男は訝しげな表情で、雪子の顔を見た。


「あぁ・・・そんな事していましたか?

別にそんな癖は・・きっと偶然でしょう・・・」 


「そうですか。

すみません、仕事の手を止めさせて・・・」


そう言うと雪子は資料のリストに目をおとした。

男は肩をすくめると、再びパソコンに向かっていった。


(おかしい・・あの癖を度々するわ・・・。 

もしかして・・・。


バカね、偶然よ・・・。

だって、そんなの癖でもなんでもないもの。

あれはあの人が私をからかったのよ・・・。

ポルターガイストだなんて・・・。


でも・・・もし、そうなら・・・


一度だけでもいい・・・。

伸ちゃんの・・声を聞きたい・・・)


雪子はペンを頬にあてながら目を虚ろにしてため息をついた。

その表情をちらりと見た男はその美しさに手を止めた。


雪子はそれに気づかず遠い目をしている。

男はフッと表情を緩めたが、再びパソコンに目をおとして猛スピードでデータを入力していく。


静かな部屋にキーボードの音だけが響き渡っていた。


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