第十三章 新緑
迎えの車が来て父より一足先に家を出た。
「行ってまいります・・・」
昨日、遅く帰ってきて目を腫らした顔を見た母の文江は、心配そうに娘を見送った。
父の正秀は何も言わず、コーヒーを飲んでいる。
文江は何か言おうとしたが、思いつめるような夫の顔を見ると何も言えなかった。
東野家にも目に見えぬ嵐が吹き荒れているようであった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ホテルの前に車が着くと、深呼吸をして雪子はロビーのエレベーターに向かった。
ちょうどその時、Mrグラントがエレベーターから降りてきたところであった。
「おはよう、ミス・ユキコ」
昨夜の事などまったく覚えていないといった感じ、で明るく男が言った。
「おはようございます、Mrグラント」
事務的に雪子は挨拶を返した。
含み笑いをしながら男はスタスタとホテルを出ていく。
雪子が追いつく間もなく車に乗り込み一人待っている。
雪子が乗り込む時にはすでに鞄から資料を取り出して物凄いスピードで目を通していた。
雪子は隣に座り、車が動き出すのも忘れてじっと男を睨んでいる。
(絶対しっぽをつかんでやるわ。
みてらっしゃい・・・)
車はやがて皇居の前の並木道をゆっくり進んでいった。
今日はあいにくの空模様だったが桜の並木道はすっかり緑が色づき、遠くの方まで美しいグラデーションを続けている。
もうすぐ6月になる。
伸男もどこかで見ているのだろうかと、雪子は思った。
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