第四章 ディーラー室

役員会議用の資料を各部署に配りに行った帰り、ディーラー室の前で雪子の足が止まった。


濃いグレーのスーツを着た黒ぶち眼鏡をかける痩せた男が、ディーラー室に入っていった。


雪子は目を大きく開けて男の姿を見ていた。

胸の動悸が激しく鳴った。


とっさに後を追うように入っていった。

パソコン画面がぎっしり並んで、ひっきりなしに電話がなっている。


喧騒の中、さっきの男がブースの中に消えていった。


「どうしたんだい、雪ちゃん。

珍しいな、ディーラー室に来るなんて・・・」


必死の表情で部屋の中を見回している雪子に、相川が言った。


「あ、あの人・・・

あのブースに入った人。

ど、どなたですか・・・?」


雪子は男が座ったブースを指差して言った。


「ああ・・・片山・・・の事かな?

彼は半年前、四菱銀行から派遣された

ディーラーさ・・・。


ほら、うちと四菱が提携する話があっただろう?


あのまま話は立ち消えになったけど

技術的な提携は続けようって事で

ディーラーの交換をしているのさ。


結構、優秀な奴だけど・・・

彼が何か・・・?」


不思議そうな顔で相川が聞いた。


「伸ちゃん・・・。

伸ちゃんに似てない・・相川さん?」


訴えるような眼差しで雪子が言った。


「又かい?困ったもんだな。

雪ちゃんの妄想も・・・。


そりゃあ気持ちは分からないでもないけど。


それにあいつはれっきとした両親も東京にいるし、

眼鏡もかけている・・・。

まあ無理すれば似てなくもないけど・・・」


呆れたように相川が言った。


「そうね・・・ごめんなさい。

私・・・どうかしてたわ。

今日久しぶりに伸ちゃんの夢をみたせいね・・・

バカね、私って・・・」


肩をおとして立ち去ろうとする雪子がかわいそうで、思わず相川が言った。


「そんなに気を落とすなよ。

悪かったよ、あんな言い方して・・・。


そうだ、今度の金曜日にあいつと三人で飲もうか。

変な意味じゃなくて、あいつ結構ハンサムだし・・・。


悔しいけど、

雪ちゃんと似合いかもしれないなぁ・・・」


相川の言葉に雪子の頬が赤く染まった。


今日の夢がなまめかしく記憶に残っていて、妙に身体が熱くなる。


「イヤだ・・変に気をまわさないで相川さん。

私、そんなつもりで

言ったんじゃないんですもの・・・」


「いいじゃないか・・・。

それぐらいの口実がなきゃ、社内一の美人と飲む機会なんか無いし。


じゃあ、金曜の5時になったら電話するよ。

いいね・・・?」


おどけてウィンクしながら相川は自分のブースに消えていった。


困った顔でため息をついた、雪子はディーラー室を後にした。

ただ、廊下を歩く雪子の顔には次第に微笑みが浮かんでいた。


そして、窓から眼下に広がる皇居の森を眺めた。

緑が鮮やかになった気がする。


長かった冬も終わり、もうすぐ桜並木も花をほころばせる季節になるのだろうか。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る