悪役令嬢ランナウェイ その17

「わたくしこそ、この国の未来を見据える者。さぁ、今すぐ、道を空けなさい」


 一歩、前へ歩み出る。けれども、誰も退いてはくれない。


「そう、ですか……ですが、安心してください。わたくしは、一度刃を向けられたとて、それが国を思う為であるならば罰は下しませんわ」


 傍で控えてくれていたなず先輩からリーナを受け取り、一歩下がる。たとえ、芹とカトレアが二乗の精神力と魔法を行使できるというズルが出来たところで、この厚い壁の突破は容易ではない。


「ですが、相応の痛みは覚悟してもらいますわよ」

「シィッ!!」


 黒の砲弾となった、なず先輩。一瞬で、団長を蹴り抜いた。大気がひび割れるような衝撃が、全身の肌を叩き、城を揺らす。

 固く、傷一つついていない盾が、ただの一蹴りで、ひしゃげ、くず鉄に。それどころか、団長の腕まで、あらぬ方向へと向いている。

 一番強い騎士の最優の装備を破壊され、片腕が瞬く間に破壊。だが、たしかに、それだけの対価を支払うことで、団長は攻撃を耐え凌いでいた。王国最優の盾と左腕を犠牲にすることで、蹴りを放ったなず先輩には僅かの隙が生まれていた。


「貰ったッ」


 一閃。目にも留まらない不可避の一撃。 袈裟に振り下ろされる神速の一閃。

 瞬間、ギュルリ。蹴り抜いた状態から、大凡、人間とは思えない、軌道と急加速。


「邪魔」


 胴回し逆回転蹴り。弧を描いたサマーソルトが、剣を持つ手を粉砕。鈍く重い音が玉座の間に木霊した。

 僅か一瞬の攻防に誰もが置いてけぼりにされている。辛うじて、芹と、カトレアだけが、起こっていることを冷静に見ることが出来ていた。

 数秒の間。団長の手から飛ばされた刃が石床にぶつかり金属音を響かせる。


「こんなの、理不尽のうちにも入らないわ」


 綺麗に着地。芹の傍に収まるなず先輩の呟きに、内心で苦笑い。一体、普段襲ってくる理不尽とは何事なのか。


「格の違いが分かりましたでしょう? もう一度、言いますわ……道を開きなさい」


 両腕をだらんと揺らしながら脂汗を浮かべ、顔を青くしている団長は……それでも、尚、覇気を失っていない。騎士達は武器を構えたままの体勢。切っ先に震えはない。


「……逸るな。この悪魔は手加減をした上で私の両腕を打ち砕いた。奇っ怪な剣も術も使うこと無く、だ」


 SF世界から迷い込んだオーバーテクノロジー全部のせのなず先輩キックを耐えたのは、流石、騎士団長。武器も握れない状態では脅威にはならない。

 王様ですら、固唾を呑んで、ジッと見つめていた。


「……王に、刃を突き立てるのか?」


 低く、静かな声。一番の実力者をただの一度の交錯で戦闘不能にしたという事実。それも、手加減した上で。

 この場におけるイニシアチブは、今この手にある。


「おかしな質問をしますのね」


 やれやれ、と首を横に振るう。悪魔を引き連れ王城に吶喊。そして玉座を狙う者……となれば、クーデターか、侵略者。そう思われても仕方は無い。


「それが国を思う為であるならば罰は下さない。そういった筈ですが? 王であろうと、この国に生きる人間であるならば例外はありませんわ」


 カトレアの目的は、玉座に座ることでは無い。緩やかに衰退していく現状を打破すること。断罪では無い。


「傷をつけることは無いと?」

「払うべき火の粉がないのであれば、鉄火が舞うこともないでしょう」


 あくまで、自衛である。乗り込んでおきながら、今更、正当であることを主張するのは無理筋。

 なず先輩が暴虐邪知の災害では無く、理性を伴った暴力装置であるということさえ伝われば、それでいい。

 当然、それで納得する人なんて居ない。

 一歩、歩み出る。今度は、誰かが後ずさった。


「そして、王と公爵を残すように言ったのは……今夜訪れる王子達を含めて、大事なお話をさせていただくためです」

「信用しろと?」

「いいえ? 信用の有無は必要ありません」


 押し通るだけの力は証明した。後は、どうするか、だ。

 騎士団長と騎士団は尚も、戦意衰えず。こちらへ向けて刃を振り上げようとした時……。


「もうよい。言うとおり、私達を置いて城を出よ」


 悟った一声が、全てを諫めた。


「ですがッ!!」

「これ以上、血を流す必要もない。公爵令嬢……いいやカトレア嬢の言葉が嘘だったとて、二人分の血が流れるに過ぎん」


 食い下がる騎士達を宥める王様。肝の据わり方は正に国を背負う者として、見本のようだった。

 リーナを再びなず先輩へと預け、自分の命すら惜しまない判断には感心するが……気に入らない。信用しろとは言わないけれど、嘘吐き呼ばわりは気に食わない。

 リーナを再びなず先輩へと預け、玉座の間のど真ん中へ。


「嘘とは聞き捨てなりませんわね。このわたくしが、嘘吐きとは。えぇ、いいでしょう。でしたら、改めて宣言します」


 仁王立ち。腕を組む。


「わたくしこそ、この国を真に憂う者、カトレア=ド=ナファリウム=ディア=デイホワイト。たとえ、生意気盛りの平民の子供だろうと、国王だろうと関係ありません。須く、背負うべき者です。わたくしの元へくだるのであれば、一片の傷とてつけぬと確約致しましょう」


 それを、裏付ける者はなにもない。でも、言ってやらないと、気が済まなかった。


『セリさん? 悪役に徹するのではありませんの?』

『そうだけど、さ。誰よりも、色々考えてたカトレアが、小悪党扱いなのはイヤなんだもん』


 元の世界では、ただの作品の中の一敵役。偶然か、誰かの意図であったとしてもカトレアの中に居候することで考えが……そして、考えに至るまでの想いが分かる。本当に、自分の事のように。


『……好きにしろと言ったのはわたくしですものね。どんな粗相をしようが文句は言えませんわ』

『粗相、って失礼な。カトレアを、カリスマ系ラスボスにする為に頑張ってるのにっ』

『はいはい。引き続き頑張ってくださいまし』


 言いたいことだけ好き勝手に言って引っ込んでいったカトレアに、文句の一つも言い返してやりたいけれど、それは後。


「さぁ。お引き取りくださいな」


 なず先輩が短機関銃を上に向け……発砲。銃声が、棒立ちだった家臣、騎士一同の尻を叩く。


「儂のことは気にするでない……行くがよい」


 芹の言葉では身動ぎ一つしなかったけれど、王様の一声が引き金。悔しさを滲ませながらも撤退していく。跳ねっ返りや忠臣の一人や二人が特攻を仕掛けてくるかと思ったけれど……王様、よっぽど信頼されているのか、或いはその逆か。

 殆どの人間が、この場から去った。城内から全員が消えた……とは思えないけれど、この玉座の間さえ奪取できたのであれば、問題ない。


「話、とは昨日の続きか?」

「えぇ、そうです。そうですけれど……少々、お待ちになってくださいまし」


 ここまですんなりと事が運ぶと思っていなかった。決死の反抗だとかで城を制圧するのに、もっと時間が掛かると踏んでいた。実際、蓋を開けてみれば王様がすんなりと人質紛いになることを受け入れたものだから、若干の焦燥。時間が余った。

 ちょいちょい、となず先輩を手招き。


「な、なず先輩っ。あの、傷付けずに二人をうまーい感じに眠らせたりって出来ませんか?」

『……なっさけないですわね』

『わ、わかってるよっ。でも、戦いの中に飛び込む心構えは兎も角、王子達が来るまで王様とお話しする話のネタなんか準備してないもん』


 情けない必死のヘルプ。正直、場を持たせる自信が無い。意識を保ったまま五体満足で下ってくれるとは思っていなかった。


「できるよ」

「さっっっすが、なず先輩っ」


 限界まで落とした声ではしゃぐ。困った時のなず先輩。大体、なんでも叶えてくれる。但し、手段は力技かパワームーブかごり押し。


「よっと、落とさないように気をつけて」

「あっ、はい」


 荷物のようにポンと手渡されたリーナを受け取る。魔法は兎も角、フィジカルはハムスターレベルのカトレアの細腕。落っことさないで済んでいるのは風のサポートのお陰。魔法様々である。

 スンッ、とその場からなず先輩が消えた。同時、ドサリ、と後ろから聞こえてくる。


「できたよー」

「はっやぁ……」


 玉座で力なく、眠ったように静かになった王様。そして、床に崩れる公爵。一応、頭から倒れないように受け止めてくれているあたり、配慮が行き届いている。

 とりあえず、目を覚まさないうちに、王子達が来るまでの準備を整えなければ。


「もう一踏ん張り、頑張るわよ」

「はいっ」

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