悪役令嬢ランナウェイ その18

 夜明かりはポッカリ空いた大穴から差し込む月明かりだけ。

 知っているものよりずっとずっと大きく近い、月。十五夜の夜に見るお月様よりもずっと大きいからジッと見ていると空に落ちてしまいそうになる。名前は違うみたいだけれど、芹にとっては形が違うだけだから、月でいい。

 月明かりに照らされながら玉座に腰を下ろし、待ち人が来るのをじっと待つ。

 完璧とは言い難いけれど、それなりの下準備は済ませた。後ろにはリーナを始めとした人質達がなず先輩が何処からか運んできてくれた椅子で眠っている。気絶しているのなら、とカトレアが睡眠魔法を掛けてくれて、なんとか途中で起き上がってくることもなく進められた。


「……ちゃんと気付いてくれるかな」


 カトレアの華奢な身体に対して、豪奢な玉座。背筋を伸ばし、ゆっくりと紅茶を啜る。個人的には珈琲派なのだが、都合良くは置いていない。

 そも、この国に珈琲という飲料が普及しているかどうかも不明なのだから、贅沢は言えない。何故か紅茶は当然のようにあるのが、イメージ通りと言えばイメージ通り

 ちなみに、この紅茶は適当に道具を調達してきて貰って自分で淹れた。火はカトレアの魔法任せ。得意じゃないけれどお湯を沸かすくらいなら出来るらしい。味については酷評された。ひどい。


『気付いて貰えるように宝物庫の鍵を破壊したり、わかりやすい位置に動かしたりはしたのでしょう? これ以上は露骨過ぎて、罠だと疑われますわよ』

『したのはしたけど、結局、向こう任せじゃない?』

『一通り、思いつくことを全て実行したのであれば、後は、そうなるように願って待てばよろしいのです。それで上手くいかなければ、次の手を打つだけ』

『……私みたいな小心者は何かしてないと落ち着かないの』

『あなたのどこが小心なのかしら』


 一見、一人静かに紅茶を嗜んでいるように見える。実際は、わちゃわちゃと余った時間を雑談に費やしていた。紅茶一杯で雑談が出来るのだから、この身体も悪いことばかりではない。


『そろそろ、ですわね』


 カトレアが呟く。同時、玉座の間の天井。空に向かってポッカリと空いた穴から、一つの影が降ってくる。月の真ん中にかかった影が少しずつ大きくなって、最後には芹の傍、音もなく着地。


「王子達が、来たわね。見た限りちゃんと三人だけ。王城の周りで待機している騎士団を引き連れている様子もなかったけど……流石に全員武装はしてたかな」


 降りてきたのは物見をしてくれていたなず先輩。相変わらずの全武装モード。艶消しされた黒の装備は夜の闇によく溶け込む。その上、ステルスまで発動するのだから目視は不可能。


「三人で正面から挑んでこられたりしたら、困りもの、ですよね」

「団長とやらを蹴っ飛ばしたことがちゃんと伝わってたら、流石にそれはしてこない……と、思いたいけど。一応、団長とやらがこの国でダントツに強いんでしょ?」

「そうなんですけど……ほら、リーナちゃんが奪われてるじゃないですか」

「感情が理性を上回らないとも言えないわけね。そもそもが、結構向こう任せな作戦だから、その時はその時」

「願うしかない、ですよね」


 この世界にそぐわない装備となず先輩パワーで、正攻法では敵わないというイメージは植え付けた。けれど恋心をダシにした作戦でもあるので、特攻をしかけられる可能性だって十分あり得る。


「ま、この作戦自体には多少予定外のことがあっても、どうにでもなるでしょ。私だって、フォローするから」

「あっ、ありがとうございます」


 言い方に少しの引っかかりを覚えながらも、それ以上に、なんとでもなると言い切るなず先輩が頼もしかった。


「それじゃ、これ。重たいから気をつけてね」


 ゆっくりと手渡される短機関散弾銃。通称、ミンチメーカーという物騒な名前の銃。正式名称は長すぎて忘れた。

 受け取ったと同時、ずしり。腕だけで無く身体毎地面へと持って行かれそうになる。なんとか、カトレアの魔法のサポートもあって耐えきる。


「おもたっ」


 軽々と片手でブンブン振り回していたとは思えないほどの重量。腰が抜けそうになる。物理的に。

 銃が重たいのか、カトレアが貧弱なのか。多分、両方。


「単発に切り替えてるけどちゃんと魔法で目一杯、固定すること。そうじゃないと腕どころか肩までもってかれるからね。ほんとに、折れるとかじゃ無くて千切れるから」

「ひっ」


 おっかな過ぎる警告に、背筋がビシり。石化。

 カトレアとなず先輩の思いつき。『なず先輩の装備を他国の最新鋭の兵器だと偽っちゃおう作戦』を実行するにあたって改めて銃の説明を聞いたのだけれど……聞けば聞くほど恐ろしいシロモノ。

 生身の人間が運用することは一部も考慮されて無い。重量がどれほど重くなろうと、反動がどれほどキツくなろうともスーツを着るから無問題、と性能を盛りまくっているのだとか。

 これに限らず、装備は全部が全部、強化スーツを着た上で運用する前提から作られるゲテモノの満漢全席らしい。汎用性を考えていないのだとか。


『か、カトレアッ』

『わ、わかっていますわよ!! わたくしの腕が吹っ飛んでなくなるなんてまっぴらごめんですわっ』


 二人で何度もキチンと押さえ込もうと確認し合う。精々が、縁日で手に入る弱々しくBB団をペチペチ飛ばすオモチャ銃しか握ったことのない人生。

 それがまさか、モデルガンや実銃をすっ飛ばして、公表すらされていないトンデモ兵器。異世界に飛ばされるのと、SFに触れるという体験を同時に浴びることになるなんて。


「と、とにかく、これで準備は完了、ですねっ」

「気負わず背筋を伸ばしなさい。それだけで遠くまでよく見えるようになるから……何かあっても、私がなんとかするしね」


 玉座の芹の横。控えるように立つなず先輩。夜空まで突き抜けた穴から差し込む月明かりが丁度、二人を照らす。

 なず先輩は、さっきと同じ。フォローのつもりで、芹にその言葉を投げかけてくれたのだろうけれど……少しだけ、ムッとする。


「上手くいきます。いかせてみせますもん」


 そりゃあ、芹はなず先輩とも、カトレアとも違う。出来ることは少ない。心構えも甘ければ、行き当たりばったり。それでも、作戦を遂行する仲間として信用して欲しいという気持ちだけは一人前。


「そう。じゃあ、任せたわよ」


 サラリ。芹の葛藤を知ってか知らずか。出てきた言葉は、芹を奮い立てせるのに十二分の力を持っていた。


「任されました」


 顔を見合わせて、笑う。幕は上がり、物語は佳境に差し掛かる。

 乗っ取られた王城。攫われたヒロイン。人質には王様も居る。後は、画竜点睛……ヒーローが現れさえすれば、物語として完成。

 ギィ、と歪み、割れた入り口の木扉が開かれる。静かに、ゆっくりと。


「約束通り、僕たちだけで来た。リーナを、父上達を解放しろっ!!」


 第一声から、よく通る声は、夜闇を照らす黄金色。


「てっきり、三人で来ると思っていましたが……逃げ出したのでしょうか」


 現れたのは、白金と黒曜。それぞれ、フルプレートメイルを身に纏った完全武装姿のクレィス王子とノールドア副団長。


「ふんっ。誰が来いとは指定しなかっただろう。貴様らには魔法が効かないからな」

「ただのお話し合い、ですのに。随分と好戦的ですこと」


 最後までやる気満々たっぷりで威圧してくるノールドアに対して肩を竦める。隠れて来ていたのだろうけれど、なず先輩の目は出し抜けない。見ようと思えば暗闇だろうが水中だろうが見通せるように細工されている、らしい。視力検査で三十以上のハイスコアを叩き出せると言っていたけれど、嘘か本当か分からないのだから恐ろしい。


「話し合いに人質を取るのが、君のやり方なのかい?」

「人質だなんて人聞きの悪い……話し合いに必要な方々をお招きしただけです」


 パチンッ、と指を鳴らしてなず先輩に目配せ。了解、と頷いたなず先輩は眠りこけている王様やリーナを起こしていく。指を鳴らしたのは大物っぽいからというバカな理由。特に意味はない。

 未だ頭がハッキリしてなさそうなリーナがパチパチと数度瞬き。周囲を見渡す。自身が何故か玉座近くの椅子に座っていることに動揺。なんでも表情に出るあたりが、貴族らしくなくて親近感。


「おはよう。可愛い子猫ちゃん」

「えっ?」


 疑問符5つが同時発生。リーナどころかクレィスやノールドアだけではなく、果てはなず先輩にまで怪訝な視線を浴びせられる。

 今のは違ったか、と反省。


『わたくしに変なキャラ付けをしないでくださる?』

『ごめんって……』


 割と寛大なカトレアからも流石にこれはないだろうとお叱りを受ける。咳払いを一つ。なかったことにする。


「……あの後、眠らされたのか」

「えぇ。逃げ出されてはたまりませんもの。勿論、約束通り傷は一つもつけていませんのでご心配なく」


 王様と公爵も目を覚まし、ある程度状況を把握。偉そうに玉座にふんぞり返る芹に対して、いい顔はしなかったものの、もはやそれくらいではなにも言ってこない。話も聞かず、逃走するような人間はこの場にいないハズだから、椅子に縛り付けてはいない。


「急ぎでしたので、少々手荒にはなりましたが、ようやく役者と場が整いましたわね」


 玉座に腰掛けたまま、膝の上に置いた短機関銃を指でなぞる。重たさに足が痛くならないのは、カトレアが展開する風鎧のおかげ。今から始まるのは、話し合いと言う名の、一人芝居。黒曜の鎧を着ているノールドアが強気に一歩踏み出す。


「今更何を話すと言うんだ? 国が気に入らないから王座を渡せ、とでも言うだけだろう」

「あら、よく分かりましたわね」


 ピシり、と空気がひび割れた。

 軽いジャブのつもりだったであろう売り言葉に、これ以上ないくらい小馬鹿にした買い言葉。非現実的な状況にフワフワと浮ついていた空気が一気に冷え込む。


「ふふっ、半分は冗談ですから、そこまで怖い顔しないでください」

「……時間の無駄だ。はぐらかしたり、曖昧なのはこの場では不要だと分かっているだろう。何がしたいのかハッキリしてくれ」


 話し合いの始まりに、と軽く温めるつもりの言葉はあまりお気に召さなかったらしい。クレィスに急かされ肩を竦める。


「そうですわね。わたくしとしては、伝えたいことは昨日伝えたのですが……もう少し、具体例をご覧に入れた方が早いかと思いまして」

「昨日の……?」


 王子達と一緒に来ていた、後衛魔法タイプのキーレル大司教が此処には居ない……と、いう事は、狙い通り。宝物庫に送還魔法の触媒を取りに行っていると見ていいかもしれない。というか、そうでないと困る。

 単純に芹たちを一網打尽する魔法の下準備をしている可能性もなくはないが、そのための人質。大規模攻撃魔法はおいそれとは放てない。もし、何かしらの攻撃をされたら……その時は、切り札を切ってくれる手筈になっている。素子とやらを使うのだとか。


「この国は遅れている。それはもう致命的なまでに、というのは憶えていまして?」

「あ、あぁ」


 王子は、小さく頷く。だけれど、腑には落ちていないという様子。この国が魔法偏重主義であり、他国よりも優れた魔法大国であるという自負がある。そして、裏付けとなる成功体験。結果、しわ寄せが魔法意外の技術の軽視。


「カトレア公爵令嬢の言うとおり、他国では小競り合いを繰り返しているのは儂も認識している。だが、兵器開発は兎も角、我が国の魔法技術が遅れているとは思わぬ」


 王様は椅子に座ったまま芹の方へと視線を向ける。我が物顔の芹。普通なら不敬罪で即死罪。残念ながらイニシアチブを握っているのは芹たち。


「えぇ。魔法技術だけでは、辛うじて負けては居ないでしょう。それすら、時間の問題でしょうが」

「どういう、ことだ?」

「必要は発明の母……戦争に敗北をすれば領土を取られる、民が血を流す、果てに国は滅ぶ。ぬるま湯でぬくぬくと研究しているだけの我が国とは熱量が違いますもの」


 凄く哀しい話だけれど戦争は技術を進歩させる。簡単な話、追い込まれると人間は凄く頑張るよ、という当たり前のこと。

 次のテストで赤点を取ったら留年。そんな状況になったら諦めていない人間なら頑張る。勿論、専門的に高度な技術開発というよりかは、如何に人を殺すか。どれだけ自国を守れるかと言った技術に偏重してはしまうけれど。

 話の意味は通じても、それが喉元を通って、納得にまで繋がってくれない。


「我が国は疲弊していない。万全の状態だろう」

「一理あります……では、ノールドア副団長に問いましょう。この国の騎士団を上回る数の賊が襲ってきたとして、勝利を収めることは可能でしょうか?」

「馬鹿にするな。魔法も使えぬ獣ごとき、数を揃えたところで」

「相手にならない、ですわよね。つまり、そういうこと……魔法しか使えぬ前時代の遺物は淘汰されるは自明」


 いくら今のこの国の現状……カトレアが抱え続けている悩みを打ち明けても、理解されない。それだけこの国の思想は根深い。そういう風に教育を受けて、誰も疑問を抱かない。抱いたとしても、平和という麻酔が忘れさせる。


「剣と魔法の時代はとっくに終わっています。今ここで、証明してみせましょう」


 ここまではボロを出さずに演技を行えている。けれど、本題はここから。


『カトレア、お願いっ』

『分かっていますっ』


 風の鎧がさらに強固に密度を高めていく。膝の上、握っていた短機関銃……ミンチメーカーという物騒極まりない名前の銃を片手で持ち上げて、真っ直ぐ、誰も射線に入らない場所へと狙いを定める。ターゲットは立派に飾られている鎧。中身は入っていない。

 バカみたいな重量の短機関銃も魔法で補助をすれば、カトレアの貧弱な身体でも持てる。

 ちらっ、となず先輩を見ると、こくり、と頷いてくれた。狙いも問題なし。二人分の精神力を使って銃を固定。念入り過ぎる気もするけれど、腕を持って行かれるよりは、何百倍もマシ。

 深呼吸を一つ。ゆっくり、ブレないように。引き金を、引いた。

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