悪役令嬢ランナウェイ その16

「て、敵襲ーーッ!! 繰り返す、敵襲ッ!! 大罪人カトレア及び黒の悪魔!! 正面扉中央に出現ッ!!」


 その一声が、夜の帳が下りた王城を駆け抜けた。

 一瞬、時が止まったかのように静まりかえり……なず先輩が一歩踏み出すと同時、蜂の巣を殴ったかのように怒号と兵士が溢れ出した。国の象徴に穴を開けた効果は絶大みたい。

 なず先輩の右手には鋸剣、左手には短機関銃。悠々と正面を真っ直ぐ、堂々進む。これまでの遁走がウソのように逃げも隠れもしないなず先輩の背中は世界で一番……いや、異世界で一番頼もしい。

 芹もまた、カトレアに頼んで最低限身を守るレベルの風鎧を発動中。その応用で、眠ったリーナを軽々抱えている。学園を襲撃したときよりは制御に慣れたようで、比較的に魔法の規模も大人しい。

 荒れ狂う暴風を身に纏い、ノーモーションで結構な規模の魔法を連発できる状態を維持……みたいな過剰演出をしなければ直ちに手折れるようなことはない。

 休息を挟み、大量のカロリーを摂取したが、精神力に余裕はない。あくまで、身を守るだけで手一杯。でも、それで十分。最強の矛なら既に居るから。

 カトレアの起こす風の余波が、前を行くツインテールがバタバタと靡く。隙間から見えた表情は笑っていた、気がした。


 一人の壮年兵士が年季の入った槍を構え、一分の隙も見せない。素人目に見ても熟練兵……きっと、信頼も厚く、部下を育てるような立派な立場なのだろう。だが、その表情は芳しくない……脂汗を浮かべ、眉間に皺を寄せ、呼吸は荒い。

 なず先輩が、無造作に、隙を晒しながら、首だけで振り返った。

 芹の方を見て、目線で『どうする?』と問いかけている。だから『お好きにどうぞ』と微笑んだ。

 隙を晒すなず先輩。なのに、誰も隙を突くことが出来ないでいる。多勢に無勢。数で見れば圧倒的に不利なのに、全然怖くない。少しも負ける気がしない。


「何が目的だッ!!」


 ようやく絞り出されたのはありきたりな言葉。なず先輩が鋸剣を数度、感触を確かめるかのように、振るう。

 尋常で無い速度で振るわれ、空気が裂かれる音はざわめきの中であっても一等、大きい。真っ二つに裂かれる自分をイヤでも連想。振るい終えた鋸剣をダランとぶら下げると……駆動音を上げ、刀身に青白い光のラインが目覚める。幾何学的な光を放ち、聞いたことの無い音を鳴らす未知の武器は……それだけで、周りの戦意を削ぎ落とす。

 歩みを止めないなず先輩。まるで、挨拶するかのような気軽さで欲しいものを告げる。


「玉座」


 衝撃。破砕が形となって、駆け抜けた。

 後を追うように吹き飛ばされた兵士と巻き込まれた兵士がぶつかりあい、衝突音と悲鳴。さながら人間ボウリング。


「血濡れた椅子は、その子に似合わない。黙って道を空けなさい」

「う、うぉぉおおおおおお!! 悪魔を、止めろォ!!」


 夜空の下、地鳴りのような鬨の声。

 向けられる穂先全てが脅威。たった二人の侵略者に屈するほど、弱腰じゃないことはカトレアにとってはありがたいことなのだろう。


「退くわけないよねぇ……」


 なず先輩を囲む兵士があらゆる角度から刺し貫くため、迫る。


「あなたたちじゃあッ」


 一息もあれば、突き殺される距離……それ即ち、なず先輩も同じ。手の届く距離。

 左手の短機関銃を思い切り上空へ放り投げる。ぶん投げた銃に一つの視線を送ることも無いまま腰を落とすなず先輩。芹の視線の先で結ばれていた像がブレ……姿がかき消えた。

 瞬き一つをしたと同時、全方位から鼓膜が破れるような衝撃。びっくりして縮こまりそうになるのを気合いで我慢。なず先輩へ迫る兵士のが味方を巻き込みながら後方へと吹き飛んでいた。


「時間稼ぎにも!!」


 あるものは武器ごと断ち切られ、またあるものは鎧に穴が開くほどの衝撃に血反吐を溢す。辛うじて、死んではいない。だけど、死んでは無いだけ、とも言えた。

 ボウリング、或いはドミノ倒しのように総崩れになる兵士達。それを無視して、姿を現したなず先輩。地面に鋸剣を突き立て、手放すと同時、思い切り、跳んだ。夜闇に紛れる姿を見失わないよう見上げると……中空で、空を舞っていた短機関銃と、ライフル銃を両手に構えたなず先輩が、月の光を背に逆さまになって、全て、見下ろしていた。

 数度。銃声が爆ぜた。どこかから金切り声。正確無比、知覚不能の銃撃は、脅威を的確に刈り取ったのだろう。


「ならないのよッ!!」


 重力に引かれ戻ってきたなず先輩は、両手に銃を持ったまま着陸。ライフルを背中へと戻し、地面に突き刺さっていた鋸剣を引き抜いた。

 僅か数秒足らず。たったそれだけの一方的な攻撃で、兵士達は即座には立て直し不能な打撃を受けた。


「さぁ、行くよッ」

「えぇ!!」


 なず先輩が振り返って声を上げたので、こくり、頷く。と、正面兵士が更に吹き飛ぶ。か細い、すぐに閉じてしまうような穴。だから早く駆け抜けなければならない。局所的な勝利を収めたに過ぎず……援軍に到着されるとそれこそ、消耗戦に縺れ込んでしまう。

 リーナを落としてしまわないように強く抱く。


『カトレア、お願いッ!!』


 そして、暴風の波に身を任せた。


『流石、カトレア』

『軽口を叩いている余裕があるのでしたら、もっと、精神力を持っていっても大丈夫そうですわね』


 前を行くなず先輩をカトレアの魔法の力を借りて追いかける。進路上に、何度も現れる兵士。


「邪魔邪魔邪魔ァ!! 尻尾巻いてッ、帰りなさいッ!!」


 向けられた槍ごと、兵士を殴り飛ばす。どういう勘をしているのか、魔法を扱う術士が現れると即座に銃撃。一糸乱れぬ槍衾には、地を嘗めるような程の低姿勢で突撃、薙ぎ払う。王城の中だというにもかかわらず飛んでくる矢を、打ち払うどころか掴み取り……投げ返す。

 芹たちの前を行く、暴走反骨ケルベロスこと鳥居菜沙。たかが、一兵卒が、どれほど徒党を組んだところで、障害にすらなりえなかった。文字通り、スペックが違う。何より恐ろしいのが、これで命を奪わないように手加減をしているということ。

 一直線、脇目も振らず、駆けて、駆けて、駆け抜けぬけた視線の先。一日ぶりに見えた、玉座の間……その大きく厚い扉が、見えた。


「くっ、ここは絶対に通さなガァッ!?」


 同時、ガォンッと、石造りに銃声が響く。

 音速を軽く超えた弾頭は発生と同時に、待ち構えていた最後の防衛線。その膝から下に複数の穴を空け、石床へと叩きつけた。扉の前を死守するように配置された、手練れだろう衛兵達。膝から下、鎧を障子紙のように貫通する銃弾に、石畳を赤に染める。

 辛うじて立てる程度の銃創で収まっている兵士も居たけれど、暴走列車の前にまとめてノックダウン。

 たった二人での吶喊だからこその疾風怒濤の攻勢。防衛の布陣が完全に追いついていなかった……追いつかれないように必死だったとも言う。

 分厚い木扉。昨日はただただ告発されるためだけにくぐった。

 今は違う。自分たちの手で切り拓く扉。


「お邪魔します、と」


 ガッチリと、内側から閉鎖されている扉を、なず先輩が蹴り開いた。

 一発、見事な前蹴りという名のマスターキーは頑強な閂ものの見事に粉砕。全開となった扉……昨日、大穴を空けたばかりであったが為、誰も居ないだろうと踏んでいた玉座の間。

 事実はこれ以上無く、都合が良い。

 抱いていたリーナをなず先輩に預けて、一歩前へ。


「皆様、ごきげんよう」


 礼節という枠からはみ出ないようなキッチリとした挨拶。相手が誰であろうとも、今の芹はプライド過剰摂取な公爵令嬢。相応の振る舞いが求められる……身体の持ち主から。

 王様や公爵と言った面子が揃い踏み。当然、腕利きの護衛付きだったけれど。


「国家転覆を狙う大罪人を即刻捕らえよッ!!」


 優雅な一礼が出来たのに、誰も挨拶の一つも返してくれなかった。

 よく通る声が玉座の間に居た精鋭である騎士達を突き動かす。全員の剣と盾、それから鎧は光……魔力を帯びていて、完全な戦闘態勢。


『ねぇ、カトレア。私達だったら勝てるかな?』

『怪しいですわね。時代遅れとは言っても、高度な魔法防御に一級品の装備。そして最精鋭の騎士……対し、こちらは戦闘の素人。生半可な風を放ったところで耐えられるか、切り裂かれるでしょうね。消耗を考えずに全力を出せば抵抗の余地なく屠れるでしょうが、ここで息切れを起こすのは論外』

『魔法で相撲を取るメリットはなし、だよね』

『スモウ……』

『あっ、そこ引っかかるんだ。ともかく、私達がやっても勝てないんだったら作戦通り、私達はこの身体をしっかり守るだけ』

『わたくしの身体なのですから、否が応でも、守っていただかないと困ります』


 前方には最精鋭の騎士達が立ちはだかり、後方では城を守っていた騎士達が押し寄せてきていた。全員を倒すことでは無く突破することに全力を注いでいたのだから、足を止めれば囲まれるのは自明。


「昨日から、囲まれてばっかりね」


 芹の後ろでなず先輩の声。声色だけで苦笑いが浮かんでいるのが想像できた。


「下手な動きはしないでくださいませ。わたくしの可愛い狼が、またこの城の形を変えてしまうかもしれませんわ」


 今すぐにでも斬りかかろうとする騎士と……それから、王様達が逃げないようにと釘を刺す。未だ塞がれていない玉座の間で何をやっていたのかは知らないけれど、執務室や私室を虱潰しにする必要がなくなったのでなんでもよかった。

 不意打ちだけに気を配りながら、一歩、二歩。風の鎧が静かに厚みを増す。


「一体何をしに戻ってきた。この穴を塞ぎに来たというわけではあるまいに」


 玉座に座ったまま余裕があるのか、取り繕っているだけなのか。表情が一切読めない国王。けれど、良く思われていないのは間違いない。威圧感のある視線は、生徒指導の先生なんかとは比べものにならないくらいに怖い。けれど、なにも出来ずに縮こまることしか出来ない状況よりはなんてことない。


「国王、それからデイホワイト公爵を除き、一人残らず、この城からご退席いただきたく」


 怖かろうが、なんだろうが、関係ない。やるしかないのだから。


「これはお願いでは無く、命令、ですので今すぐに実行して頂けると助かりますわ」

「従うと思うのか?」


 当然、国王という立場でテロリストに従うはずがない。

 穏便に事が済むとは思っていない。もっと手早く、もっと確実に……もっとワガママに。


「何も為さない割に頭が高いですわ。従わせるに決まっているでしょう」

「それ以上の狼藉はやめてもらおうか」


 立ち並ぶ騎士。ただでさえ、並の兵よりも数倍上等な鎧に武器を身につけている。声を上げた壮年の騎士は一人だけ他の騎士よりも更に、深みのある上質な蒼の鎧を身に纏い、磨き抜かれた剣と、蒼に金色のラインが施された盾を両手に。

 騎士団の中において、無敗伝説を持つ最強。そして、もっとも慕われている人物。

 白兵戦においてトップクラスの強さと性能を誇るノールドア副団長を上回る実力を持つ騎士団長。原作ではイベント戦にて、一瞬だけ操作できる、頭抜けた強さを誇るキャラ。

 ゆっくりと前へ出て盾と剣を構えて腰を落とす騎士団長。それに従うように騎士団は隊列を組み全員が攻撃態勢を整える。


「昨日、この大穴を空けたのと同じ術を使えば、もっと楽だった筈だが何故そうしない?」


 語りながらも団長には僅かの油断も、慢心も見えない。一片の驕りも存在ない構え。


「それとも、出来ないのか?」


 図星。ぎくり、と表に出そうになった瞬間、主導権を一瞬、奪われた。


「これから、わたくしの居所となるこの場所。そして、手となり足となる人たちを、どうして傷付けられましょうか」

『セリさん、背筋を伸ばしなさいっ。もう幕はとっくに上がっていますのよッ』


 表では語りながら、内心では叱りつけてくれる。その間も魔法は維持。器用な真似をするカトレアはすぐにハンドルを返してきた。後は、自分で何とかしなさい、と。


「わたくしこそ、この国の未来を見据える者。さぁ、今すぐ、道をあけなさい」

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