悪役令嬢ランナウェイ その15

「あっ、そこの建物を越えていただけないでしょうか?」

「了解」


 リーナ=レプスは困惑していた。不可視の少女に抱かれながら、建物の上を右へ左へ。肌に触れる風と、風に乗って届く少女の匂いが、今の状況を現実だと示す。

 記憶が途切れる直前まで教室に居たのは覚えている。『ごめんね』という小さい声が聞こえたかと思うと、見知らぬ寂れた部屋で目が覚めた。今なら、その謝罪が不可視の少女……ナズ先輩とカトレアさんに呼ばれていた少女の声だと理解できる。

 何よりも驚いたのは、目が覚めたときに真横でカトレアさんも寝転がっていたこと。驚きすぎて真っ白になっている頭、混乱の所為で『リーナちゃん』と親しい友人のように呼ばれたという空耳まで聞こえる始末。リーナのことを誰よりも嫌っている人が、そんな親しげに呼ぶわけがない。

 そこからの振る舞いもどこか普段のカトレアさんとは違った。見た目も振る舞いも、替えようがない綺麗なカトレアさんのまま。でも、どこか根っこの部分が別物。

 目が優しい、気がした。根拠はない。そんな気がするだけ。

 それだけでもいっぱいいっぱいなのに、今、漆黒に覆われて悪魔と呼ばれていた相手に抱きかかえられて、食事を買い出しに行くという状況。それも、落ちたら間違いなく死んでしまうような高さを平気で跳びながら。もう、ここでギブアップ。リーナの許容量を上回っている。

 そんな限界なんてお構いなしにとどめとしてぶつけられたのは、悪魔と呼ばれた者の正体は、同じ年頃のリーナと背丈も変わらないような女の子。一回バレてからは隠す気が無いのか普通に受け答えもしてもらえる。

 もう何が何だか。


「その通りの裏路地で降ろしてもらえませんか?」

「はいはいっと」


 地面へとゆっくり降ろされて、足を着こうとした……


「わっ……!!」


 ぐらり、大きく揺れて、崩れる。

 自覚する以上に空を跳び回っていたことで足腰が震え、狂った平衡感覚がリーナを地面へと叩きつけようとする。

 思わず、目を瞑る。


「よ、と」


 ぽすっ、と柔らかな音。覚悟していた鈍い音と、痛みはいつまで経ってもやってこない。

 恐る恐る瞼を上げると、見えない誰かに受け止められていた。見えないからこそ、確認する必要はなかった。そんなの、一人しか知らない。

 さらさら。何かの束がリーナの頬にかかる。くすぐったくて、滑らかで……ベルガモットとオレンジをブレンドしたみたいな柑橘類みたいな匂いがほんの少しだけ、膨らんだ。


「あ、ありがとうございます……」


 言葉の最後は尻すぼみになっている。触ってみたい。もう少しだけ嗅いでみたい……リーナ自身でも驚くような選択肢が頭の中に浮かんできて、慌てて振り払った。


 辿り着いたのは、貧民街の無許可露天通り。リーナが幼い頃によく訪れていた場所でもある。

 地面に簡素な敷物か板だけを敷いただけの露天が立ち並ぶ通り。どこから仕入れたのか分からない真贋見分けの付かない装飾品や、味付けも食材も謎の食べ物。貧しかった頃は本物偽物だとか食材のルーツなんて気にしている余裕はなかったけれど、落ち着いた今、改めて来てみると、雑多で荒れた場所。騎士ではないのに武器をこれ見よがしに腰や背中に帯びている人も少なくないあたりが、治安を物語っている。

 クレィス様たちに良くしてもらえばもらうほど、半分貧民街育ちの負い目が大きくなる。

 ここに来たのは、随分久しぶりのことだったので顔ぶれは殆ど変わっている。ただ、売っている食べ物はあの頃と変わらないのは、手に入る食材が限られているから。

 記憶を辿り、比較的美味しかった食べ物を見繕っていく。

 姿は見えないけれどナズ先輩と呼ばれた女の子も、近くに居るのだろうか。

 このまま駆け出せば逃げられるのでは、と考えすぐに却下。建物を縦横無尽に駆け回ったり、お城に穴を開けたりする相手から逃げられるとは思えない。

 幸い、この通りではお金さえ弾めば誰だって物を売って貰える。良くも悪くもお金が全てな場所。気付けば、手にはそれなりの量の食べ物を抱えていた。

 そろそろ、ナズ先輩さんを呼んで帰ろうと、人が少ない路地を進んでいる時のこと。

 道いっぱいに広がった男の人たち。短刀を腰に下げていて、背筋に冷たい物が走る。助けを求めようにも、周りには誰もいない。


「そーんな服着て一人でお散歩でちゅか、お嬢ちゃーん」

「暇そうなら丁度いいや。俺らも遊び相手が欲しいなーって話してたんだよ」


 幼い頃とは違い、今のリーナは貴族の学園へ通う一生徒。制服も上等な仕立て。昔と違って、視線を集めていた理由に、今になって気付く。それに、今のリーナは幼い頃よりも成長した……気付きたくはなかったけれど、男の人たちが〝そういう目的〟を今のリーナに向けているのも理解してしまう。

 リーナに自衛能力は皆無。ほんの少し足が速いくらいで、魔法は聖女の力のお零れである回復魔法が精々。

 魔物を相手にするのとは違う生々しい恐怖。でも、子供の頃だって危ない目には何度もあったという経験がリーナを支えてくれている。神経を逆撫でしないように、下手に出つつ足早に去らないと面倒なことになる。

 ごめんなさい、そう口を開こうとした。


「むぐぅ」


 言い始める前に、口が見えない手によって塞がれてしまった。


「謝る必要ないから。ほら、帰ろ」


 リーナの前、男の人たちとの間に壁となる場所に現れたナズ先輩さん。余裕があるのか、顔には黒い装甲? みたいなものをつけてすらいない。

 突然現れた不思議な格好の少女に、警戒度が跳ね上がる。


「てめぇ、何者だ」

「そういう面倒なのいいから。今すぐこの場を去るか、痛い目合うか。どっち?」


 女の子が相手だとしても、得体の知れない現れ方をしたからか尻込みする男達。


「ほら、行くよ。大丈夫、あなたには指一本触れさせないから」


 そのまま、手を引っ張られて進んでいく。男の人たちを突っ切って。


「おいっ、まだ話はッ」


 混乱の中、無視して歩き出したリーナたちを止めようとして伸びてくる腕。


「邪魔」


 腕が、持ち主ごと宙を舞った。固まる一同を無視して、変わらずリーナの手を引くナズ先輩さん。


「て、テメェ!!」


 仲間が吹き飛ばされたことで完全に逆上したのか武器を持って向かってくる……けれど。


「え、えぇー……あの、大丈夫なんですか……?」


 上へ左右へ吹き飛んだり、地面へ叩きつけられたり。

 ほんの数秒後には、一団は仲良く地面へと雑魚寝していた。大丈夫の向け先は一団に向けてのもの。


「殺すどころか、怪我もさせてないよ」


 手段は過激なのに、加減はしているみたい。


「殺しちゃったら夢見が悪いでしょ?」


 そう言って、口の端を少しだけ上げた少女。リーナにはどうしてもこの人が、悪魔だとは思えない。


「結果的に人の目もなくなったことだし……よいしょっと」

「きゃっ」


 焼き回しのような小さな声が、自分の喉から溢れる。ひょいと、軽く身体が持ち上がり、横抱きにされる。見上げると、目が合う。


「行くよ?」

「は、はい」


 今度は言われる前に、ナズ先輩さんに掴まる。すぐに、透明になって見えなくなった。

 一瞬だけかもしれないけれど、しっかりと見えたこの人の瞳。曇り一つない真っ直ぐに澄んでいた。


「ねっ? 少しだけ高めに飛んで、空の散歩とかどうかな」

「い、いいんですか……!!」


 さっきと違って今回は不思議と安心して身体を預けられる。高くても怖くない。むしろ、気持ちいいだろうな……なんて思っていたら、思わず、食い気味な返答。


「んじゃ、決定。折角だし、大量に買った菓子パンをつまんじゃっていいよ」

「で、でも、これ」

「一人で全部食べきらないし、一個くらいバレないから……ね?」


 そりゃ、カトレアさんは細身だから両手の指ほどあるパンを食べきれるとは思えないけど……公爵家の食べ物をつまみ食いなんて恐ろしくて恐ろしくて……と、その時。

 ぐぅ、とお腹が鳴った。ギブアップ。

 こんなにも綺麗な瞳をした人が言うのなら、甘えることにした。

 来るときとは違って恐怖は少しも無い。短い時間かもしれないけれど、空の旅を楽しみにしている自分がいる。そんなお気楽さに思わず笑みがこぼれた。






 部屋に戻ってくると、中の状況は部屋を出たときと全く同じ。カトレアさんがベッドで寝転がったまま。教室を吹き飛ばしたとは思えないくらい、静かな時間が流れていた。


(そう……そうよ。この人達、教室を襲ったんだから……)


 今更、カトレアさんとナズ先輩さんがとんでもないことをしたのを思い出す……思い出すが、緊張感が追いついてこない。

 今あるのは、空中散歩で街を見下ろした余韻と、つまみ食いの後味。


「おろすよ」

「あ、お願いします」


 ゆっくりと降ろされる。今度はリーナの腰に手を添えて、バランスを崩さないように支えてくれた。

 リーナをおろしたら、そのままカトレアさんの寝転がるベッドへ直行。ビックリするくらい優しい手つきで、カトレアさんを起こしてベッド縁へと座らせた。


「んぅ、お帰りなさい」

「買ってきたけど、食べれる?」


 どこかぽやぽやとしたカトレアさん。完璧という二文字を体現したかのように成績優秀。容姿端麗なのは言うまでも無く、政治にも明るい。リーナとは違って、抜けているような所なんて噂すら存在しない人が……寝惚けていた。

 本当に、あの人はカトレアさんなのかと思うほど。欠片も共通点がないと思っていた人に、いつの間にか親近感を抱くなんて。


「食べさせてください」

「リーナ、一個ちょーだい?」

「ど、どうぞ……」


 サラッとナズ先輩さんに食べさせようとするカトレアさん。

 自然にリーナを呼ぶナズ先輩さん。

 もしかして、リーナは今も夢の中に居るのでは無いだろうか。

 買ってきたパン……特に甘い物をご所望だったので貧民街では高級品に当たる砂糖をたっぷりまぶしたパンを買い占めてきた。ナズ先輩さんが一口サイズに千切って口元に寄せると、もぐもぐと口を開けて咀嚼。まるで親鳥とひな鳥。

 パン一個分を、そうやって完食すると目が覚めたのか……咳払いを一つ。今度は、自分の手で次のパンを手に取って食べ始めた。今更、砂糖に塗れたパンを手で掴むくらいでは驚かなくなっている。


「リーナさんも食べて構いませんわよ? ここから長いですので」

「じゃ、じゃあいただき、ます」


 さっき一つ食べたけれどリーナの胃袋は食い意地が張っていた。実は二個目だということに罪悪感を覚えてナズ先輩さんを見ると、小さくウィンク一つ。思わず、小さく笑ってしまった。

 言われるがままにパンを手に取って口をつける。


「あの、ここから長いって……?」


 何が長いのだろう。幼い頃は手が出なかった、高級砂糖パンにちょっとした感動を抱きながら質問。

 クレィス様と近くなるたびに嫌がらせを行ってきた……好きになれない人。なのに、今のカトレアさんは別人みたいだからか、苦手意識は鳴りを潜めていた。


「あなた、人質ですのよ。わたくしたちの目的を達成するまではお付き合い頂きますから」

「あっ、そうですよね……人質でしたよね」


 人目の届かない場所にまで攫われているということを忘れかけていて……犯人に教えられて思い出すという失態。

 逃げ出すことが出来ないなら、せめて情報収集を。と、今更過ぎるささやかな抵抗。


「やっぱり私を攫ったのはクレィス様たちに近づいたから、ですか……?」


 ナズ先輩さんほどの力があれば、それこそクレィス様を攫うことだって出来たるハズ。何故人質としての価値が低い、リーナだったのか。


「いえ、全然?」

「き、嫌っているから、じゃ……?」


 これまでの嫌がらせの遙か延長線上にある拉致。嫌がらせや注意に懲りずに、クレィス様に近寄るから……ついに痺れを切らした。という予想はスッパリ裏切られた。


「あー……この際だから訂正しておきますが、わたくし、カトレア=ド=ナファリウム=ディア=デイホワイトはリーナさんのことを嫌っていませんわ。むしろ、あなた単独で見れば育ちの差を覆す努力をしているので大変好ましいくらいです。顔立ちも合格点、とのことですし」


 予想を裏切るどころではなく、思いも寄らないカミングアウトに信じられない、と手からパンを落とす……が、ナズ先輩さんがキャッチ。元通り、リーナの手元にセットし直した。


「え、あっ、えぇ……!?」

「状況が違えば、傍に置きたいくらいでしたのよ?」

「じゃ、じゃあ、どうして……」


 嫌がらせをするのか。言葉には出来なかったけれど、伝わったみたいで。


「あなた単独で見れば、の話です。あなたに好意を寄せるクレィス様たちが問題なのですわ」

「こ、好意を寄せるって……!!」

「自覚は別として、親しんでいるのは事実でしょう」


 恐れ多い!! と、大きな声が出そうになったけれどすぐに追撃。反論の隙間がない。


「あなたは彼らの弱みとなる。自衛する力も無ければ、後ろ盾になる家も無い……クレィス様やキール様、ノールドア様という国の要人にとって、致命的と言ってもいい」

「私なんかが、弱みなんかに……」

「現に、今、なっているではありませんか。彼らは必ずあなたを助けに来ます」

「で、でもそんなときが来たら、わ、私だって自決するくらい……」


 人質となってクレィス様たちが危険な目に遭うのなら迷わず舌を噛み千切る。


「その自決に家族や民という自分以外の命が賭けられていても?」

「あ、ぅ」


 言葉に、詰まる。


「必要なのは自己犠牲ではありません。他者を損得というテーブルで犠牲にする覚悟です……あなたの優しさは好ましく、それが彼らを惹きつけたのでしょう。同時に、致命的な弱点になり得る。分かりますか?」

「……はい」


 何も、言い返せない。命の重さなんて計れない。


「リーナさんに言い寄っているのがクレィス様たちからであってもわたくしだって、たかが公爵令嬢。全員の行動を止められるはずもありません。できて、小言が精々……と、なるとその弱みを取り除く最適解は分かりますわね?」

「わ、私を遠ざける……」

「その通り。中途半端な嫌がらせは、彼らの義憤を掻き立てたみたいで逆効果でしたが……入学した時点であなたをデイホワイト家で囲い込み学園から引き剥がせば手っ取り早かったのでしょう。今更言っても詮無きこと、ですわね」

「か、囲い込む……」


 リーナの対する仕打ちは、結局の所、クレィス様達から引き剥がすため。弱点になってしまうから。


「とはいえ、あなた方の色恋を止めるという小事はもうどうでもいい……抜本的に方針を変えましたので」


 これまでの行動原理が分かったからこそ、これまでとは比べ物にならないほど無茶苦茶な行動に対しての理由が余計に分からなくなる。


「あの、方針を変えたって……」

「それは秘密です。楽しみにとっておいてくださいな」


 何故リーナを攫ったのか。何のために王城に穴を開けたのか。特に後者に至っては、紛うことなき国家への反逆。たとえ、カトレアさんであっても免れることのできない大罪。それも、国王やクレィス様といったこれ以上無い証人の目の前で、事を起こした。

 結局の所、何も分からないということだけが、分かっただけ。折角の砂糖パンも、心なしか萎んだ気がする。


「わたくしが答えたのですから、リーナさんにも答えて頂きたい質問がございます」


 どうしようもない無力さに小さくなっていると、今度はリーナが答える番だと返ってきた。


「こ、答えませんからっ……!!」


 リーナは別に大した情報なんて持っていない。王子や国王、有力貴族のような情報網なんて持ち合わせていない。けれど、聡明な……聡明すぎて誰もついていけないカトレアさんなら、些細な情報であっても活用してしまう。


「ただの興味本位で、別に大した質問じゃありませんわ。誰も不利益も被らず、知ったからと言ってわたくしはその情報をどうするつもりもありませんから」

「一体、何を、私に……?」


 命に価値をつけて天秤に掛ける……冷たすぎるほどの合理主義を持つカトレアさんが、損得を度外視した上で知りたい情報。心当たりは、全くない。

 ジッと、カトレアさんがリーナの目を見て……


「リーナさんは結局、誰が好きなのですか?」


 爆弾を投げ込んだ。


「へっ?」


 口元からこぼれる、間の抜けた声。こんなのだから、いつまで経っても貴族の学園に相応しくないと言われてしまうのだ。


「あ、あの、なんて……」

「ですから、リーナさんは迫られている三人で……いえ、三人に限らずとも誰に想いを寄せているのかと」


 どんな質問が来るのかと身構えていたのに、心の準備すら貫通するほどの想定外。


「リーナさんが好かれているのは明確ですが、その逆……リーナさんが誰に好意を抱いているのかは、イマイチ分かりませんでしたもの」

「な、なんで、そんなことを……!!」

「プレイヤー視点……いえ、わたくしの視点からだとあなた自身の感情は見えなかったもので」


 耳慣れない単語。それ以上の説明はしてくれそうもなかった。


「お、恐れ多すぎて考えたことすらありません……!!」

「ほんとに?」

「だ、だって考えても見てください……!! 貧民街育ちで家柄もない私ですよっ。差がありすぎて問題だってカトレアさんが言ったんじゃないですか……!!」

「それと感情は別でしょうに」


 ま、まさか攫われた上で、リーナの恋愛事情をさらけださなければいけないなんて……!!


「恐れ多いのもそうですけど。余裕、ないんです」

「と、いいますと……?」

「私って教育を受けてないんです。聖女としての資格を見出されて促成教育は受けても付け焼き刃。置いて行かれないようにするだけで必死なんです」

「恋愛ごとにうつつを抜かす余裕はなかった、と」

「は、はいっ。せめて、それくらいは出来ないと……何も、ありませんから」


 誰にも言ったことがないような、普段は吐けない悩みをこぼしていた。


「聞けば聞くほど……わたくしが好む性格ではありませんか」


 気付けば露店で買ってきていた大量のパンは、全てカトレアさんのお腹の中に吸い込まれていた。一体全体、薄くて細い、あの身体の中のどこにあれだけの量の食べ物が収まったのだろうか。


「王子達よりも先にわたくしが……カトレアが気付いていたら、全然違ったのでしょうね」


 呟くカトレアさんの言葉に、心の中、ほんの少しだけ頷く。もし、リーナがカトレアに見初められていたら、もっと勉強に打ち込めて、純粋に学業を楽しめたのだろうか。もし、カトレアさんを理解できていたら今のような行動を諫めることが出来たのだろうか。

 届く、カトレアさんの溜め息一つ。


「……暗くなりはじめましたわね」


 窓の外を見てみると、外は薄暗くなり始めていた。これから、どうするのだろうか。最後まで、カトレアさんの目的は見えないまま……


「なず先輩、リーナちゃんをお願いしてもいいですか?」

「えっ」


 思わず顔を上げる。今度は聞き間違いではないと、カトレアさんに顔を向けようとしたけれど……目の前に居たのは、ナズ先輩さん。

 やっぱり、真っ直ぐな目をしている、なんて。


「ごめんね」


 とんっ、と衝撃。声を出す間もない。


「じゃ、なず先輩、行きましょう。ほら、カトレアも起きて」


 最後に聞こえた言葉が頭に届くよりも先、自覚が追いつく前に。

 ぷっつり。意識は途切れた。

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