第5話 変わりゆく御岳森

 クラスメイトの遺体が発見された。

 聖ガブリエル高校としては二人目の犠牲者であった。


 廃工場でコジロウとルキウスがヴァンパイアを駆逐くちくした翌朝。


 道端で倒れている自転車を散歩中の住人が発見したのである。

 近くの田んぼをのぞいてみたら制服の一部が見えて、伏せたまま亡くなっている女子高生だと判明した。


 首のところには二本の牙で噛まれたような跡が残っていた他、食い荒らされたような痕跡もあったらしい。

 典型的なヴァンパイアの被害者といえる。


 この情報はすぐ日本政府へ報告された。

 西洋教会および東洋協会のメンバーも交えた厄災対策有識者委員会にはかった上で、国としての方針を発表するのである。


 国民は今センシティブになっている。

 政府は重大な情報をつかんでいて、国民に伏せているのではないかと疑っている。


 政府の報道官がカメラの前に立った。


『御岳森において、厄災によるものと思われる被害が確認されました。過去にB級やC級の厄災が本国へ上陸した例はいくつか観測されておりますが、今回はその被害レベル、死者と行方不明者の数、有識者の意見を参考にして、政府として総合的に判断しました結果、S級ないしA級と評価するのが妥当であるとの結論に至りました。御岳森および周辺の自治体にお住まいの皆様におかれましては、夜間の外出を控える、一時的に県外へ避難するなど、身の安全には十分ご注意ください。新しい情報が入り次第、随時お知らせします』


 記者からの質問時間も設けられたが、のらりくらり誤魔化されて終わった。


 SNSには有象無象の情報が飛び交っており、

『御岳森、完全に終わったらしい』

『これ、Sランク厄災で間違いないだろう』

『本州と九州・四国・北海道との行き来、そのうち止まるんじゃないの?』

 といった情報がユーザーからの支持を集めていた。


 ヴァンパイアを撮影したと思われる画像も投稿されていたが、該当のSNSアカウントはすでに凍結されており、本物だったのか偽物だったのかネット上ではずっと議論されている。


 ……。

 …………。


「今日は皆さんに大切なお知らせがあります」


 教師が沈痛そうな表情でいう。


「政府からも発表がありました通り、この御岳森に厄災が上陸しています。大変痛ましいことに、我がクラスからも犠牲者が出てしまいました。聖ガブリエル高校の理事会は本日、二週間の休校を決定しました。二週間というのは暫定の期間であり、警戒令が解除されない限り延長されると思ってください。その間は自宅学習となります。本日の授業はすべて中止とし、生徒の皆さんは速やかに自宅へ帰ってください。グラウンドを駐車場として解放しますので、親御さんが迎えに来てくれる方は利用してください。なお、希望する生徒には学校からバスを出しますので……」


 ルキウスの様子が気になったのでチラ見した。

 机の上で手を組んで、神妙そうな顔になっている。


「せっかく聖ガブリエル高校へ転校してきたのに、まさか休校とは……。いえ、犠牲者が出たのですから当然の措置ですよね……。ということは、街の和菓子屋もシャッターを下ろすのでは? おのれ、許すまじ、厄災め……」


 怒る部分が若干ズレている気もするが、昨日よりも格段にモチベーションは上がっていそうだ。

 ねたようなルキウスを大勢の女子が取り囲む。


「ルキウスくんと会えないなんてヤダ〜!」

「せっかく仲良くなれたのに〜!」

「絶対連絡するからね!」


 おのれ、色男め。

 コジロウは強めに舌打ちしておく。


「なぜですか、皆さん」


 ルキウスが自分の机を叩いた。


「クラスメイトが一人、亡くなったというのに、なぜ笑っていられるのですか? 皆さんには人の心がないのですか? 厄災だって仲間が死ねば少しは悲しみますよ」


 教室が水を打ったようになった。

 ルキウスの意外な一面を見たような気がして、コジロウは、ふん、と鼻を鳴らす。


 にしても、暑苦しいやつだ。

 ルキウスのそういう部分、表裏がないという意味では嫌いじゃないのだが。


「ごめんなさい! ルキウスくんを怒らせちゃった⁉︎」

「だってしんみりしたら、余計に悲しくなるでしょう⁉︎」

「そうよ! そうよ!」


 なお食い下がってくる女子に向かって、ルキウスは猫でも追い払うように手を振る。

 気づけば教室はコジロウとルキウスだけになっていた。


「帰るぞ、モテ男。分かっていると思うが、無駄にしている時間はないぞ」

「分かっていますよ。自分たちがいかに無力で頼りない存在なのか、痛いほど分かっています。だって、私が無力なのは事実ですから」

「いや、そこまで言ってない。というか、卑屈すぎるだろう。ルキウスらしくないぞ」

「コジロウ! 強くなりましょう! 私たち!」


 ルキウスが拳を向けてくる。


「いや……無理……修行している時間とかないだろう。今ある戦力で何とかするしかない」

「…………ですよね。私がバカでした」


 民間人の死に胸を痛めているのだろうか。

 狩人イェーガーをやっている以上、避けられない犠牲というのは付き物だから、そのことで気落ちする人間も珍しい。


「だったら緊急ミーティングをしましょう。今夜にでも紅月のヴァンパイアを討ちましょう。これはもう一刻の猶予もないというやつです」

「落ち着け。ローラー作戦だろう。こっちが焦ってどうする。東洋協会だって重い腰を上げたんだ。連携しようとは思わんが、味方の戦力が多いに越したことはない」

「東洋協会はいつも判断が遅いんです! 信用なりませんよ! どうせ今回もしょぼい戦力を寄越して、日本政府が頭を下げてきたら、まとまった戦力を投入するのです!」

「東洋協会の狩人イェーガーがいうと説得力があるな」


 東洋協会はビジネスで動いている、はさすがに誇張だが、抱えている狩人イェーガーの数に限りがある以上、お金のある国とお金のない国で対応レベルに差がつくのは仕方のない不条理といえた。

 もっとも、西洋教会が批判できたことじゃないが……。


「目の前にある命を全部救いたい。そう思うのは私の我儘わがままでしょうか?」

「さあな。理想が高すぎるだろう。犯罪がなくならないのと一緒で、厄災がこの世から消えることはない。S級やA級を全部潰したとしても、生き残ったC級が時間をかけて成長していき、いつかS級に進化する。もしこの世から厄災が滅びるとしたら……」


 厄災は人類を餌にする。

 つまり人類が滅びると……。


 身もふたもない話をするほどコジロウも野暮じゃない。


「厄災を滅ぼす手段があるのですか?」

「ないよ、そんなもの。あったら俺が知りたい」

「でも、さっき何か考えたでしょう。私にも聞かせてください」

「ルキウスが望むような答えじゃない。そもそもお前は理想が高すぎるのだ」


 廃工場の一件もそう。

 コジロウがヴァンパイアを拷問していたら、ルキウスは横から文句をつけてきた。


『ちょっと! コジロウ! そのヴァンパイアは死ぬ運命です! 尋問だからって、痛めつけるのはどうかと思います!』


 優しすぎる。

 それ自体は人間の美徳といえるが、いつかルキウスを窮地に追いやらないとも限らない。


 だからこそ理解に苦しむのだ。

 なぜ龍爪のような狂気まみれの武器がルキウスを使い手として選んだのか。


 矛盾している。

 歪なほどに。


 コジロウが席を立とうとしたら、


「あの〜!」


 と入り口から声をかけられた。


「冴木くんと天利くんだよね! 私はクラスメイトの瀬奈せなシオンといいます! 顔と名前を覚えていないかもだけれども! この後、少しでいいのでお時間をいただけませんか⁉︎」


 黒髪ロングの大人しそうな女の子だ。

 頭についているアメジスト色のブローチを見つけた瞬間、コジロウは先日のワンシーンを思い出す。


「もしかして、廃工場でヴァンパイアに捕まっていた子か?」

「そうです! 二人に命を助けられたので!」

「お礼ならいいぞ。気にするな」

「そうじゃなくて……」


 瀬奈シオンと名乗った生徒はズカズカと教室に入ってきた。


「私も二人みたいに戦いたい。あのヴァンパイアとかいうバケモノに立ち向かえる手段があるのなら教えてほしい」


 直角になるまで頭を下げてきた。


 ……。

 …………。


 亡くなった女子生徒がヴァンパイアに襲われたという道路まで行ってみた。

 当然、遺体は片付けられているが、ガードレールの一部に血が残っていた。


 持ってきた花をたむける。

 近くに五十がらみの夫婦がおり、話してみると彼女の両親だった。


「お悔やみ申し上げます」


 そういうルキウスの手は震えていた。


「何回か一緒に遊んだことがあって、まだ亡くなったなんて信じられなくて……」


 シオンの話を両親は目尻に涙を浮かべながら聞いていた。


「皆さんも親戚の家へ避難するとか、くれぐれも命は大切にしてください。私たちも娘の葬式が終わり次第、いったん御岳森から離れます」


 ぺこりと頭を下げてからその場を後にする。


「亡くなった女の子、瀬奈さんのお友達だったのですね」

「うん、中学校が一緒だったから、それなりに親しいかな」

「ヴァンパイアは人を手当たり次第襲う場合もありますから」

「一歩間違えれば、私もああやって死んでいた?」

「その可能性はあります」


 ルキウスとシオンの会話にコジロウは黙って耳を傾ける。

 念のため気配を探っているが、近くにヴァンパイアがいそうな雰囲気はない。


「そうだ! この後、一緒にたこ焼きを食べに行きませんか! 近くにいいお店があるのです!」


 ルキウスが陽気に手を鳴らす。


「おい、ルキウス。今は非常時なんだぞ。瀬奈を家まで送り届けるのが優先だろうが」


 コジロウはすかさず注意する。


「行きたい! たこ焼き! 私も一緒していいかな⁉︎」


 シオンは乗り気になっている。


「好きにしろ」

「じゃあ、決まりですね」


 ルキウスの行きつけというお店は、オレンジ色の看板が目印で、たこ焼き以外にもコロッケ、メンチカツ、フライドポテト、たい焼きといった軽食を提供していた。

 近くに厄災が出たせいか、店内にお客さんの姿はなく、四人掛けのテーブルを利用させてもらうことにした。


「たこ焼きの十個入りを頼みましょう。あと私はメンチカツを注文します。コジロウは?」

「コーラが飲みたい。あとチュロスを一本」

「瀬奈さんは?」

「えっと……私は……」

「遠慮しなくていいぞ。今日はルキウスのおごりだから」

「そうですよ! 決起集会というやつです!」

「でも命を助けてもらった立場だし、むしろ私が奢るべきなんじゃ」

「いいから、いいから」


 強引なルキウスに負けたシオンは、


「じゃあ、チーズコロッケを。飲み物はお水でいい」


 と恥ずかしそうに言った。

 料理が出てくるまでの間、西洋教会と東洋協会、そして狩人イェーガーの役割について話しておいた。


「俺は西洋教会に所属している。家が代々西洋教会だからな。ルキウスは東洋協会に所属している。といっても、やっていることに大差はない。陰陽師とかエクソシストとか呼び方はマチマチだが、国や地域によって呼称が違うようなもので、厄災を倒すというミッションに変わりはないのと一緒だ」


 シオンはノートを開いて熱心にメモを取っている。


「立ち入った話をする前に……」


 コジロウは十字架とニンニクを取り出した。


「瀬奈シオン、お前がヴァンパイアじゃないことを調べさせてもらう」


 これに文句を言ったのはルキウスだ。


「何を言っているのです、コジロウ⁉︎ 瀬奈さんはどう考えてもヴァンパイアじゃないでしょう⁉︎ もしヴァンパイアならこんなに近距離にいて気づかないはずがありません! それに瀬奈さんは昔からこの土地に住んでいるのですよ! あと、ニンニク! どこから出しました⁉︎」

「うるさいな。儀式とか通過儀礼みたいなものだ。あいにく俺は他人を疑うタイプでね」

「コジロウは困った人ですね」


 シオンはクスリと笑い、両手を差し出してきた。


「いいよ。それを持てばいいんだよね。やってみる」

「もしヴァンパイアなら強い嫌悪を示す」


 シオンの右手に十字架を、シオンの左手にニンニクを載せてみた。

 コジロウは十秒数えてみたが、シオンはずっとニコニコしている。


「合格だ。瀬奈は間違いなく人間だ」

「よかった」


 ほっと安堵した時、たこ焼きが運ばれてきた。

 三人は竹串をつかみ、一個ずつ食べてみる。


「中々悪くないたこ焼きだな」

「でしょう」

「うん、美味しい」


 他の料理も三等分してみんなで食べた。

 コジロウの食事はいつも一人だから、話す相手がいると不思議な感じがする。


「えっ⁉︎ 冴木くんと天利くんって前から仲良しなわけじゃないんだ⁉︎」

「そうだぞ。つい最近だ。こうして外で飯を食うのも初めてだ。むしろ友達と思われていたことの方が意外だ」

「だって、天利くんがいつも教科書を借りているから……」

「こいつの忘れ物の多さには辟易へきえきしている」


 肝心のルキウスはというと、追加で頼んだソフトクリームを旨そうに舐めている。


「それで? 瀬奈からの話というのは?」

「信じてくれるか分からないけれども……」


 ヴァンパイアのアジトについて。

 先日の廃工場でヴァンパイア同士が会話していたのを、シオンは記憶しているらしい。


「この御岳森に何カ所かあるみたい。もちろん、警察にも話しておいた。でも、真剣に取り合ってくれたか自信がなくて……。二人にこんな話しても笑われるかな?」

「いや、詳しく聞かせてくれ。その中に相手の親玉がいるかもしれない」


 シオンはテーブルに地図を広げた。

 御岳森のマップで、何か所かマーキングしてあり、コジロウの把握しているヴァンパイアのアジトも何個か含まれていた。


「先日の廃工場がここ」


 シオンは地図の一点を指差す。


「人間を集めている場所が、あいつらの口から何個か出てきた。ここと、ここと、ここ。これは今朝、私が発見したのだけれども、五芒星の形になっているんじゃないかな。四か所判明しているから、この地図に五芒星を描くとして、最後に一か所残っているのが……」


 共同墓地。

 一番きな臭い場所と言える。


「私の推理、稚拙だったかな?」

「いや、大したものだと思うぞ。五芒星のアイディアは俺も気づかなかった」


 コジロウが賞賛を口にすると、シオンの表情が明るくなる。


「コジロウが素直に他人を褒めるなんて珍しいですね」

「おい、ルキウス! 俺を何だと思っている!」


 喧嘩しそうになる二人をシオンがまあまあとなだめる。


「でも、よかった。冴木くんに褒めてもらえて。何だか嬉しいな」

「俺だって、良いと思ったら良いと言う」


 コジロウは若干いじけつつ口元をぬぐう。


「これが一個目。私からの情報提供。そして二個目は私からのお願い。二人に同行させてくれないかな?」


 シオンは痛いくらい真剣な眼差しを向けてきた。

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