第6話 三人のミッションスタート

 しばらく考えるなり、コジロウは開口一番、


「無理だ。戦いの場に瀬奈は連れて行けない」


 と冷たく言い放った。

 その答えを覚悟していたのか、


「知ってる。でも、着いて行きたい」


 とシオンは子供みたいに食い下がる。


「アホいうな。遊びじゃないんだぞ。女子高生くらいの年代が厄災からしたら一番美味いんだ。猛獣の檻に生肉が歩いて行くような愚行だろうが」

「私が役に立てないと思うから? 冴木くんは反対するってこと?」

「そうだ。瀬奈は役に立てない。足を引っ張るのがオチだ」


 ルキウスが身を乗り出して睨みつけてくる。


「ちょっと、コジロウ! 酷くないですか! 瀬奈さんはやる気なのです! その覚悟は本物でしょう! そりゃ、私も危険な場所に同行させるのは反対ですが、足を引っ張るのがオチ、は言い方に問題があると思います!」

「お前はいちいち俺に反対してくるよな。しかも、ルキウスも瀬奈の同行に反対ではないか。連れて行ったら守り切れる自信がないのだろう」

「いいえ! 守ります! というか、守ってあげる前提みたいな発想、相手に失礼だと思います!」

「事実だろうが。むしろ、日本の女子高生に倒されるヴァンパイアがいたら教えてほしいくらいだ。瀬奈は実戦の経験がないのだぞ」


 だよな、瀬奈。

 そういって横を向いた時、ビュン! と音がしてコジロウの顔面ギリギリで拳が止まった。


「大丈夫。護身術の経験ならある。そこらへんの大人より私の方がずっと強いと思う。武器無しでヴァンパイアに勝てるか分からないけれども……」

「ほ……ほう……」


 コジロウは適当に咳して動揺した気持ちを隠しておく。


「しかしだなぁ……。これは瀬奈一人の問題じゃない。家族をどう説得する? 俺たちは親の許しを得てエクソシストや陰陽師をやっているのだ。ヴァンパイアを倒しに行くなんて、瀬奈の親が絶対に許さないだろう」

「親はいない。私が死んで悲しむ人はいないから」


 グラスの氷が鳴った。

 コジロウはワンテンポ遅れて、


「そうか」


 とだけ口にする。


「そんなことありません!」


 まとまりそうな話をひっくり返すのがルキウスという男だ。


「もし瀬奈さんが死んだら私が悲しみます。だって、もう仲間ですから。平気そうな顔して前に進むなんて無理です」

「お前がいう仲間って言葉は軽いんだよな」

「コジロウは黙っていてください!」

「はぁ⁉︎ 何だと⁉︎ いちいち俺のセリフを否定するよな、ルキウスは⁉︎」

「あなたが私にケチをつけるからでしょう⁉︎」


 犬のように喉をグルグル鳴らしていたら、シオンが吹き出した。


「二人って本当に仲が良いんだね。羨ましいな」


 そんなことはない! と否定するのも面倒なので、あいまいに頷いておく。

 ルキウスも困ったように苦笑いしている。


 失敗した。

 厄災退治の厳しさをシオンに伝えるべき場面なのに……。


 まあ、いい。

 シオンは先日、ヴァンパイアの恐怖というやつを目の当たりにした上で、一緒に戦いたいと申し出てきたのだ。

 その勇気には敬意を表するべきだろう。


「分かったよ。瀬奈の同行は認める。でも瀬奈がすぐにヴァンパイアと互角に戦うのは難しい。エクソシストや陰陽師は幼少期から対厄災の訓練を積んでいる。銃が使えたら厄災を倒せるとか、そういう単純な話でもない。傭兵や国の軍隊じゃ厄災に歯が立たないのがその証拠だ。こればかりは専門的な技術がいるし、一朝一夕に仕込めるものじゃない」


 いったん言葉を切り、今後の話にも触れておく。


狩人イェーガーになるだけが西洋教会や東洋協会に加わる道じゃない。たくさんルートがある。一番分かりやすいのがお金だけを出すパトロン。巨大企業や産油国の王族なんかも名を連ねている。あと、ドクター。医師なら誰でも歓迎される。一番ハードルが低いのはサポーターだな。それぞれの街で情報収集する非戦闘要員のことだ。半分ボランティアみたいなものだから、大体が普通の仕事に就いている。だからといって命の危険がないわけじゃない。西洋教会や東洋協会というのは大きなネットワークみたいなもので、狩人イェーガーというのは駒の一つに過ぎない」


 シオンはその場で熱心にメモを取っている。


「瀬奈は俺たちのように直接厄災を倒してみたいのか?」

「逆に訊くけれども、私でも倒せるようになる可能性はあるのかな?」

「なくはない。最低限、銃の扱いは必要だろうな。活躍している狩人イェーガーの中に爆薬のプロフェッショナルがいたりする。元軍人なんかは前職の知識を活かしている。あとチームで動くのが基本だから、バックアップに特化した狩人イェーガーもいる」


 シオンに向けた説明なのに、ルキウスまで『初めて知りました!』みたいな顔をしているのは、どういう理屈だろうか。


「この戦いが終わったら、瀬奈さんに西洋教会か東洋協会か選んでもらいましょうよ」


 ルキウスが楽しそうに提案する。


「さりげなく勧誘するな! 初心者の瀬奈が決められるわけないだろう!」

「あくまで仮決定ですよ。それに『対ヴァンパイア戦の経験があります』と履歴書に書けば、加入のためのハードルがぐっと下がります。瀬奈さんは私たちと違って、普通の家系に生まれたわけですから、箔が付くのって大切だと思います」

「確かにな。俺も考えていなかったな」


 ルキウスは時折鋭いことをいう。


「まあ、体験してみることだな。誰だって最初は初心者だしな。それで瀬奈の気が変わるかもしれないし、変わらないかもしれない」


 コジロウはコートの内側に手を突っ込んで、二体の人形を取り出した。

 わらで作られたやつで、携帯しやすいようストラップの紐を付けてある。


「本当は瀬奈だけにやろうと思ったが、ルキウスにもやる。魔除けの藁人形だ。これを身につけていると、厄災から発見されにくくなる。少しだけな。無いよりマシだから、絶対に失くすな。特にルキウス。お前、トイレにスマホとか忘れてきそうなタイプだし」

「本当にもらっていいのですか⁉︎ わぁ、嬉しいな! コジロウ自作の藁人形って、かなり本格的じゃないですか! 大切にします!」

「ありがとう、冴木くん。私も大切にするね」


 ルキウスの感謝はともかく、シオンの感謝は少し嬉しかったりする。


 これを持ってヴァンパイアのアジトを潰しにいく。

 兵隊の殲滅と人質の救出……新しいミッションを確認した三人は互いの拳を合わせておいた。


 ……。

 …………。


 瀬奈シオンは強い女だった。


 廃病院、廃校舎、廃アパート。

 こうして並べてみると、ヴァンパイアのアジトは廃と名の付く場所が多い。

 雨風を凌げるから重宝するのだろう。


 御岳森という街は開発が進んでおり、新しいエリアと古いエリアが街を二分している。


 お金に余裕のある人は真新しい住宅地へ引っ越す。

 お金に余裕のない人は田畑が残っているエリアに留まる。


 人が住まなくなった場所に厄災が寄り付き、そこの住人を食い物にするのは、人間社会の皮肉と言えるかもしれない。


 結論からいうとコジロウたちの新ミッションは順調に進んだ。

 三つのアジトを攻略し、囚われていた人質を無事に解放したのである。


 その最中に犠牲を目にしなかったわけじゃない。

 三か所目の廃アパートを捜索している時だった。


「この人たちって……」


 地面に伏している警察官を二名、シオンが発見したのである。

 頭部が血まみれになっており、息がないのは一目で分かった。


「私のせいだ」


 シオンが青い顔でいう。


「私がこの場所を警察に話したから。この人たちは捜索に来たんだ。そこをヴァンパイアに襲われて……殺された……」


 ルキウスもやるせなさそうに唇を噛んでいる。


「自分を責めるな、瀬奈」


 コジロウは開いていた警察官の目蓋まぶたを下ろしておく。


「この人たちを殺したのは厄災だ。瀬奈じゃない。いくら悔やんでも死んでしまった人間は生き返らない。俺たちにできるのは前に進むことだけだ。紅月のヴァンパイアを倒さない限り、同じような悲劇がいつまでも繰り返される」

「でも私が話さなかったら、この人たちは生きていた!」

「やめろ」


 ネイビーブルーの目でシオンを睨みつける。


「瀬奈が話してくれたから、俺たちはスムーズに民間人を救出できた」


 それに……。


「地球の裏側では、毎日何万何十万という人間が厄災に食われている。いちいち心を痛めていたらキリがない。別に人の心を捨てろというわけじゃない。むしろ人の心を捨てたら厄災と変わらない。ただし、泣くのは家に帰ってシャワーを浴びながらにしろ。いずれ痛みにも慣れるから。瀬奈に必要なのは、そういう割り切りかもしれない」

「実際に体験したようなことを言うんだね、冴木くんは」


 泣き笑いになったシオンは何度も目を擦った。


 これまでの短時間で分かったことがある。

 きっとシオンには狩人イェーガーとしての適性がある。


 ヴァンパイアと遭遇した時、シオンは怯む素振りを一切見せなかった。

 コジロウから借りたナイフを構えて、果敢に反撃していた。


 ヴァンパイアに追いかけられた時もコジロウやルキウスが仕留めやすいよう広い場所まで誘導していた。

 一歩間違えたら死ぬという状況において、シオンは最善手を連発していた。


 そういう人間が百人中一人くらい存在する。

 ゆえにシオンは強い女だ。


『うっかり噛まれちゃっても、冴木くんのオリジナル血清? があれば助かる可能性があるんだよね』


 コジロウが血清のことを話したのも、シオンの人格を見込んでのことである。


 優秀な狩人イェーガーになるかもしれない。

 そう思わせるだけの逞しさを内包している。


「瀬奈さん、痛いところはないですか?」

「元気ピンピンです。二人がとても強いから。私は私にできる役割を探さないと」

「とても筋が良いと思いますよ。お腹を空かせたヴァンパイアというのは弱そうな相手から狙うのです。そこらへんは野生の動物と変わりませんね。ですが、無理におとりを演じるのは禁物ですよ」

「はい」


 楽しそうに話す二人の口から、この勢いなら紅月のヴァンパイアに勝てそうです、なんて感想が出てくるものだから、コジロウは淡いため息をつく。


「見くびるなよ。相手はS級だ。知能だって人間に匹敵する。わざと俺たちを油断させるくらいのこと、思いついたとしても不思議はない」

「コジロウは慎重ですね、いつも」

「抜かせ。この慎重さが今日まで俺を生かしてきた」

「ええ、ですから大変頼りになります。コジロウがいるから私も思いっきり暴れられます」

「……ふん」


 ルキウスから褒められると、どうもペースが狂う。

 いちいち反応に困るのだ。


 でも、ヴァンパイアの首級を上げた数でいうと、コジロウよりルキウスの方が上であり、二人の組み合わせがハマっているのも事実である。


「これでヴァンパイアのアジトを三つ潰した。行方不明とされていた住人も解放した。紅月のヴァンパイアにとっては大打撃だろう」

「三人の初陣としては上出来ですね」

「ああ……」


 コジロウは真っ赤な夕日に向かって目を細める。


「次に攻略するのは共同墓地か」


 夜の足音がそこまで迫っていた。


 ……。

 …………。


 休憩のため自販機のジュースを買った。


 コジロウはアイスココア。

 シオンはいちごミルクを選ぶ。


 ルキウスが何を選ぶのかと思いきや、案の定というべきか、熱々のお汁粉しるこだった。

 夏場というのに旨そうに飲んでいる。


「そろそろヴァンパイアが一番活発になる時間帯だ。悪いことは言わん。やっぱり瀬奈は帰れ。俺がくれてやった藁人形があれば、下位のヴァンパイアに見つかることはないだろう」

「嫌だ。最後まで二人に着いて行きたい」

「だよな……」


 コジロウが声に出して笑うと、シオンはキョトン顔になった。


「瀬奈ならそう言うと思っていた。置いていっても勝手についてくる気だろう」

「そうですよ、コジロウ。瀬奈さんは強い意思を持った人間です。それを試すために、これまで試験したのでしょう。私は合格だと思います」

「何度も言わせるなよ。本心では置いていきたい。優先的にヴァンパイアに狙われるのは瀬奈だしな。しかし、俺たちの総合力を考えたとき、二人よりも三人の方が強力だ」


 ルキウスも賛同して頷く。


「なあ、瀬奈。もう一度地図を見せてくれないか?」


 街灯の下で広げてみた。

 廃工場、廃病院、廃校舎、廃アパート……そして共同墓地。

 この五点をつなぐと完璧な五芒星が浮かび上がる。


 五芒星の意味は多岐に渡る。

 占いとか召喚に使われることもあるし、魔除けとして活用されることもある。

 単にシルエットが美しい、という理由で五芒星が採用されることもザラにある。


「考えるだけムダか」


 シオンに地図を返したコジロウはアイスココアの残りを飲み切った。


「共同墓地へ向かう前に、俺は西洋教会の本部へ一報を入れておく。ルキウスも東洋協会へ連絡しておけ。運が良ければピンチの時に駆けつけてくれるかもしれないし……」

「万が一の場合も、遺体の回収くらいは期待できると?」

「こんなところで死ねるかよ」


 コジロウはマガジンに弾を装填して、銀銃にセットした。


「世界にはまだまだ手強い厄災がいるんだ。これからは人間が盛り返す番だ」


 青い月に向かって銃を構える。

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