第4話 ルキウスと呪いの龍爪

 ひどい臭いのする場所だった。

 さっさと片付けて、さっさと帰りたい。

 シンプルすぎるモチベーションが、処刑人としてのコジロウの本能に火をつける。


「俺から食べちゃってもいいですかね。こいつら、拉致らちってきたの俺なんで。食いたくて食いたくて仕方なかったんすよ。どこから食べようかな〜。まずは生かしたまま柔らかそうな脚からバリバリっと……」


 鉄格子に手をかけていたヴァンパイアが接近者を察知して、だらしなく垂らしていた舌を引っ込めた。


「見張りが交代する時間には早いぞ。まだ一時間も経っていないだろう。て……お前、どこから入ってきやがった! 警察か⁉︎ 通りすがりか⁉︎ 答えろ、おい、そこの長髪!」


 質問に答える代わりに、シルバーレイのトリガーを引いておく。

 銃口が火を噴き、射線にいた二体の頭を貫いた。

 即死、これで残りは七体となる。


「こいつ、狩人イェーガーだ!」


 そう発したリーダー格ヴァンパイアの脳天に銀弾を叩き込むと、ワンテンポ遅れて巨体がダウンした。

 これで残りは六体。


 指揮官から潰すのは人間の戦争でもセオリーとされる。

 攻めるのか、逃げるのか、兵隊クラスでは判断できないからだ。


「嘘だろ⁉︎」

「なんで居場所がバレてんだよ⁉︎」

「誰かヘマしやがった!」


 優勢を確信したコジロウは、ネイビーブルーの瞳で睨みを利かせた。


「お前ら、観念しろ。西洋教会の狩人イェーガーがこの山を完全に包囲している。もうお前たちに明日はない。どこへ逃げようが、どこへ隠れようが、必ず殺される運命にある。紅月のヴァンパイアだって、お前らのような下っ端は死んでも惜しくないだろう」


 ダメ押しのハッタリである。

 外にも増援がいると思わせることで、思考停止に追い込むくらいの効果はある。


「右と……左か……」


 生き残ったヴァンパイアたちは散開している。

 三体が右にある小型トラックの陰に。

 三体が左にあるコンテナの陰に。


 六体が思い思いの方向へ逃げると面倒だったので、これは願ってもいない展開といえそうだ。


「……ん?」


 コジロウの爪先に鍵の束が当たった。

 リーダー格ヴァンパイアが持っていたやつだ。

 コジロウは視線を前方へ向けたまま拾い上げ、檻の中にいる女の足元へ投げておく。


「生き残りたかったら、お前が大切に持っておけ。どのみちヴァンパイアを一掃しないと出られない。流れ弾に当たりたくなかったら、勝手に出ようとか思うな。すべて片付いたら警察と消防を呼んでやる。それまで大人しく天に祈っておけ」

「……あ……はい!」

「すぐ手当しないと命にかかわる人質はいるか?」

「いえ、いません!」

「ならばいい」


 女子高生らしい虜囚、頭にアメジスト色のブローチをつけた女はぺこりと頭を下げた。


 ヴァンパイアが一体、コンテナの陰から顔を出してきた。

 コジロウが銃を向けると、ひえっ⁉︎ と情けない声を出して引っ込む。

 今度は小型トラックの陰にいるヴァンパイアが似たことをやってきた。


 モグラ叩きのゲームに似ている。

 無駄弾を撃たせようという魂胆だろう。

 生きようとする執念が、コジロウの隙を見つけようと必死にさせるのか。


 ハッタリの効果も長くは保たない。

 十五分とか、三十分とか、それでも増援が来なければ、コジロウが嘘をついたと見抜かれる。

 知能が劣化しているとはいえ、一週間くらい前まで人間として生活していたのだ。

 そこらへんの野生動物なんかよりずっと賢い。


 おい、ルキウス!

 さっさと来い!


 ルキウスがどちらか一方を仕留めたら、コジロウが残った方を仕留める!

 理想的な挟み撃ちが決まるというのに!


 失敗させる気か?

 まさか、あいつ、迷子になっているのか?


 工場の敷地内には、使われなくなった重機や廃材が山のようにあって、迷路のような形状となっている。

 だから迷わないよう地図まで書いてレクチャーしたというのに、到着しないということは、入り口が見つからずに苦労しているのか。


 ありえる……。

 ルキウスは抜けた男だから、


『すみません! コジロウ! 地図をメモしておいたのですが、肝心のメモを落としちゃって……』


 とか悪びれもせずに口にしそう。

 そうなったら信用は崩壊するし、手を組む件は破談だろう。


 命を預かり、命を預ける。

 パートナーとはそういうものだと信じたい。


 トラックの荷台から二つの赤い瞳がこっちを見ていた。

 コジロウが発砲し、それが無駄撃ちに終わると、キシシシシッ! という不快な笑いが返ってくる。


 無駄弾を一発撃ってしまった。

 百点差あったリードが九十九点差まで縮む。


 どうする……。

 金縛りの言霊を使ってもいいが、詠唱の最中に攻撃されたら無防備という致命的なデメリットがある。

 ヴァンパイアがそれに気づくとは思えないが、窮鼠きゅうそ猫を噛むということわざもあるくらいだから、この場で出したくないのが本音だ。


 仕方ない。

 正攻法でやるか。


 コジロウは足音を消しつつ小型トラックに近づいた。

 一、二、三で回り込もうとした時、小型トラックの裏から断末魔の悲鳴が響いたので、いったん銀銃を下げる。


 ルキウスだった。

 やあ、といって右手に持っている三つの生首を見せてくる。


「お前がやったのか?」

「私以外にないでしょう」


 ルキウスの左手にある鉤爪かぎづめのような武器が血まみれになっている。

 手首のところからはめるやつで、一本一本の爪が独立して動かせるタイプだ。


 刃は長い。

 といっても二十五センチくらい。

 ヴァンパイアの首の切断面はきれいだから、単に切れ味がいいというより、武器に巫術ふじゅつを施していると思われる。


「名前は特にないですが、龍爪りゅうそうと呼んでいます。純粋に龍の爪に似ているので」


 ルキウスは爪と爪をカシャカシャ鳴らした。


 エクソシストであるコジロウには、龍爪にまとわりついた禍々しいオーラが見えており、何百年何千年といった歴史の中で龍爪がいかに多くの血を吸ってきたのか、五本の爪は元々独立した名剣であり誰かが一個の武器に仕立て上げたこと、過去の使い手の中にはサイコパスじみた大量殺人鬼がいたことまで汲み取れる。


 控えめにいって呪われている。

 少なくとも駆け出しの陰陽師が所持していい代物じゃない。


 危険すぎるのだ。

 強力すぎる武器は持ち主を選び、不適格と判断した主人を殺しかねない。

 そうやって自分に見合う使い手を探す。


 龍爪がルキウスに与えられたということは、ルキウスの師匠は才覚を見込んだわけであって……。


 いやいやっ⁉︎

 感心している場合じゃない。

 まだ戦闘中だし、すごいのは龍爪だし、使い手のルキウスはバカだし……。


 ありったけの言い訳を並べたコジロウは、背後を見ないまま銀銃のトリガーを引いた。

 コンテナの陰から逃げようとしたヴァンパイアが一体、くるぶしを撃ち抜かれて冷たい地面を転がる。


「バカな……標的を見ずに……」

「バカはお前だ。ミラーにしっかり映っているぞ」


 これで実質、残りは二体。

 お前に譲ってやるよ、とコジロウは目でうながした。


「いいのですか? コジロウが四体仕留めて、私が五体仕留めちゃうと、私の戦果の方が上になっちゃいますよ」

「抜かせ。俺は見張りの二体を仕留めている。合わせて六体だ。どうがんばってもルキウスが逆転することはない」

「あ、なるほど、失念していました」


 舌をぺろりと出すルキウスに、さっさと行け、とコジロウは声をかける。


 決着はほんの数秒でついた。

 ルキウスはその場から大きく跳躍、コンテナを足場にして二段ジャンプを決める。

 空中で体を半回転させつつコンテナの裏側に着地すると、間を置かずして断末魔の叫びが二つこだました。


「派手にやりすぎちゃきました。久しぶりの実戦だったので」


 おどけたように笑うルキウスが血まみれなので、檻に閉じ込められた人々は悲鳴を上げて、コジロウはやれやれと首を振る。

 これじゃ、怖いのはヴァンパイアなのか、血染めになったルキウスなのか、判断に迷うというやつだ。


 これにて一件落着。

 さっそく西洋教会へ連絡すべく、コジロウがスマホを取り出そうとした時、空気の振動のようなものが耳をついた。


 風……ではない。

 足元の影が大きくなってハッとする。


 しまった⁉︎ 上か⁉︎

 振り向く間もなく肩に蹴りを食らい、コジロウの視界は地面を三回転する。


 もう一体ヴァンパイアが隠れていた。

 下で仲間が殺されるのを見つつ、コジロウの隙をうかがっていたらしい。


 すぐに銃口を向けようとしたが、手首を靴底で踏みつけられ、ものすごい圧に骨がきしむ。


「くそっ……」


 慢心していたわけじゃない。

 敵がどこかに隠れているかも、という想定も十分していた。


 ルキウスがいれば大丈夫だろう。

 仲間を信頼する気持ちが、コジロウの油断につながったといえる。

 そのチャンスをヴァンパイアは息を殺して待っていた。

 つまり、一杯食わされた。


「てめぇ、よくも俺の仲間を!」

「やってみろよ、ヴァンパイア。銃だけが俺の武器と思うなよ」


 コジロウの左手が銀ナイフの柄をつかむ。


 勝負はおそらく一瞬。

 こちらのナイフが速いか。

 向こうの牙と爪が速いか。


 失敗したら落命するというプレッシャーがコジロウの神経を限界まで研ぎ澄ましていき、世界の流れがスローモーションになっていく。


 コジロウは銀ナイフを一閃させた。

 接近してくるヴァンパイアの右手が血を吹き、斬り飛ばされた四本の指が落ちる。

 残った一本もコートの内側にある金属に引っかかり、ダメージを受けることはない。


 ならばとヴァンパイアが首筋に噛みつこうとしてくる。

 それをコジロウは銀ナイフで迎え撃とうとしたのだが……。


 いつまで待っても攻撃は届かず、苦しそうなうめき声が降ってくる。


「その人、私の友達なので。勝手に食べるとか、やめてくれませんかね。私は今、無性に腹が立ちましたよ」


 ゾッとするほど冷たい目をしたルキウスは、ヴァンパイアの頭部を後ろから五本の爪でつかむと、拷問するように圧を加えていった。


 ぐしゃり!

 柘榴ざくろが爆発するみたいに頭が吹き飛ぶ。


 たまらないのはコジロウの方だ。

 血と脳漿のうしょうの混ざったおぞましい雨を頭から浴びたのだから。


「おいっ! こらっ! ルキウス! 嫌がらせか! 俺の上半身がひどい有様になったではないか!」

「あ、すみません。コジロウのピンチかと思うと、つい熱が入りまして」

「大体、その爪は何だ⁉︎ 武器のくせに殺気が尋常じゃないぞ!」


 コジロウは口から泡を飛ばして、ルキウスの左手を指差した。


「あ〜、確かに、龍爪クラスの武器だと意志みたいなものが宿っていますね。久しぶりに厄災の血をすすれたから、張り切っちゃったのでしょう。それで最後、頭をぐちゃっと潰しちゃいました」

「本当に大丈夫なんだろうな? いつか龍爪がルキウスの体を乗っ取らないよな?」

「それは大丈夫でしょう。こいつには何回も命を救ってもらっていますから」

「ふ〜ん」


 愛おしそうに武器を撫でつけるルキウスを見ていると、コジロウの胸はムカムカした。


 この調子だと朝晩に『おはよう』と『おやすみ』を伝えていそう。

 あと、武器のメンテナンス中に『今日は嬉しいことがありまして……』とか報告していそう。


 これは、まさか、嫉妬なのか。

 ルキウスに、あるいは龍爪に。


 コジロウにとってシルバーレイは、単なる武器で、祖父から受け継いだ意志で、それ以上でもそれ以下でもない。

 当たり前だが、愛銃の気持ちなんて気にしたことがない。


「まあ、いい。それよりヴァンパイアを一体、殺さずに生かしてある。知っている情報を聞き出すぞ」


 くるぶしを砕かれて動けないヴァンパイアに近づき、コジロウは銃口を突きつける。


「テメ〜、よくもやってくれたな。こいつらの中には人間だった時のダチもいたんだ。それをお前は……それをお前は……」

「やめろ。死んだ生き物は蘇らない。まだ人間だった時の記憶が残っているみたいだが、いずれ消えるものだ。そうしたらお前たちは完全なバケモノになる。そこに友情なんて概念はない」

「くそ……なんで俺たちがこんな目に……それも全部……」

「そうだ。紅月のヴァンパイアのせいだ」


 傷口を押さえていたヴァンパイアの顔に動揺が走った。


「不運にも生き残ってしまったお前に問おうか。紅月のヴァンパイアはどこにいる?」

「知らねえよ。そんなの、知るわけねぇ」


 もう一方の脚を撃ち抜くと、おぞましい悲鳴が工場の天井にこだました。


「ちょっと! コジロウ! そのヴァンパイアは死ぬ運命です! 尋問だからって、痛めつけるのはどうかと思います!」

「甘いぞ、ルキウス」


 コジロウが底冷えする声でいうと、ルキウスも真っ正面から睨み返してきた。


「こいつは何人も人間を食っている。生きたまま血肉を貪ってきた。その被害者がどんなに辛くて苦しかったか。銃で撃たれる痛みの比じゃない。これでも生温なまぬるいくらいだ」

「ですが……しかし……」


 コジロウはルキウスを無視して尋問を続ける。


「紅月のヴァンパイアはどんな顔だ? 声は? 背丈は? 髪型は? 他の特徴は? 知っていることを全部教えろ」

「あのお方は……あのお方は……」


 ヴァンパイアの震える十本の指が顔に触れた。


「分からない……本当に分からないんだ……。記憶がそこだけ切り取られたみたいにもやがかかっていて、思い出そうとしたら失敗する。男だったような気もするし、女だったような気もする。羽とか角があったような気もするし、なかったような気もする。大人なのか、子供なのか、それすら思い出せない。でも、会ったことは事実なんだ。とても怖かった記憶がある」


 予想通りの答えだったので、コジロウはヴァンパイアの頭に銃口を押しつけた。


「もういい。楽になれ。今まで辛かっただろう」

「待ってくれ! 目だ! 目が違っていた! 俺たちとは根本的に違うんだ! 一つの目玉の中に瞳が何個かあったような気がする! とにかく、見れば分かるとしかいえない!」


 愛銃のトリガーを引いた。

 コンクリートの床に血が飛び散り、ヴァンパイアだった体が倒れた。


 兵隊を十二体ロストした。

 紅月のヴァンパイアにとって間違いなく痛手だろう。

 勝利の余韻よいんなどなく、ひたすら乾いた感情しか湧いてこない。


「さっさとシャワーを浴びたい……」


 誰にともなく口走った。


 ……。

 …………。


 コジロウは工場の壁にもたれて西洋教会からの返信メールに目を通していた。

『情報提供に感謝します。引き続き調査をお願いします。あなたに神のご加護があらんことを』というテンプレートみたいな内容だった。


 メールをスクロールして、ん? と声を出す。

『東京セクターと京都セクターから増援を送ります』という情報が記載されている。


 やっとか、というのが本音である。

 西洋教会はロンドン、ニューヨーク、ローマに重要拠点を置いているから、日本が手薄なのは知っているが、こんな有様だと怠慢とそしられても仕方ない。

 紅月のヴァンパイアの危険度をこの身で感じているコジロウとしては、悠長さにイラっとする。


「十五分以内には警察と消防が駆けつけるそうですよ」


 人質をすべて解放したルキウスが戻ってきた。


「紅月のヴァンパイアは目が違うという話、けっこう重要なヒントですね」

「どうかな。嘘の情報を刷り込まれていた可能性がある。それにS級の厄災ともなれば瞳が複数あるやつは珍しくない。瞳には妖力が宿るからな。エネルギーの根源が増えると、純粋に強さが増すだろう」

「へぇ〜、コジロウは物知りですね」

「陰陽師を名乗りながら、こんなことも知らんのか」


 むしろ気になるのは、ルキウスの実力の底みたいなやつだ。

 今日の戦闘を観察した感じだと、身体能力が優れているのと、破格の武器を所持していることしか分からなかった。


 陰陽師だから、隠し玉を何個か持っているだろう。

 それらを総動員したとき、ルキウスの戦闘力はコジロウを遥かに凌駕りょうがするはず。


「しかし、西洋教会のメンバーがこの山を包囲していたのですね! 少しも知りませんでした!」

「バカか! あれはヴァンパイアを動揺させるためのハッタリだ! お前が信じ込んでどうする⁉︎」

「あ、なるほど。敵をあざむくにはまず味方からってやつですね」

「今回の場合、ルキウスが勝手に騙された形だな」


 お調子者のルキウスと会話しているせいで、しかめっ面になったコジロウは、不承不承スマホを持ち上げる。


「ん?」

「ほら……」

「スマホがどうかしました?」

「じゃなくて、教えていないだろうが……」


 連絡先を。

 そういうコジロウの声は小さい。


「まさか⁉︎」

「そのまさかだ。いつ狙われるかお互い分からない。定期的に連絡して生存チェックするのは当たり前だろう。何のためにチームを組むと思っているんだ」

「おおっ⁉︎ コジロウから私の連絡先を訊いてくるとは⁉︎ 感激して涙が出そうです!」

「勘違いするな! 仕事上の付き合いということを忘れるな!」

「いや〜、コジロウは裏腹ですね〜」

「殴るぞ! このお調子者!」


 一瞬ヒヤリとする場面はあったものの、ヴァンパイアを一掃し生捕りにされた民間人を解放するという二人の初ミッションは無事に果たされた。

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