第3話 アルパカ王子の勇敢なる試み

 王女には腹違いの弟がおった。この者は一つの噂を耳にした。東国では衣の下には何も付けぬと。


(これはやはり確かめねばなるまい)


 謁見室の方に向かうと、姉がそこから出て来るのに出くわした。想わず柱のかげに身を隠す。もし姉に『何をしに行こうとしておるのか?』と問われるならば、やっかいである。


 これは極秘任務。用心の上に、用心を重ねなければなるまい。


 ただおかげで、謁見室に入れてもらえる良い口実を想いつけた。この時までは、確かな案がある訳ではなかった。ただ確かめたい、その一心であったのだ。


 当然、謁見室の扉のところには、王の護衛が立っておる。王子とはいえ、王の許しがなければ、入れぬ。しかも客人をもてなしておる最中である。ただ王は姉に甘い。己に言わせれば、どちらが親か分からぬくらいだ。しかし、それが今は都合が良かった。


 姉は心、ここにあらずのようであり、ほうけた顔を見せて、こちらに気付かぬまま、通り過ぎた。


 相変わらずの爆乳振りだな。先日それをお触りしようとした遠国ダチョウのタマゴ王子に怒り、縁談をご破算にしたと聞く。どうせなら、もみもみしてもらえば良かろうに。更にはあんなことやこんなことも。まったく何を考えておるのやら。宝の持ち腐れである。


 ここで王子アルパカ、次の如く想う。まさにタマゴ王子よりのテレパシーであろうか。共に勇敢なる行いに身を捧げる同志ゆえの。


(転んでもただでは起きぬ)


 そして、


(いや、まだ転んでおらぬ)


 と自分で自分にすかさず突っ込みを入れる。引き継ぐべきはタマゴ王子の志。このアルパカ、タマゴ王子の死は無駄にはしませんぞ。そして次の如く独りごつ。


「もはや誰も我を止められぬ」


 勝手に死んだことにされたタマゴ王子の生き霊が、既に取り憑いたか?




 王子は護衛に告げる。


「忘れ物をしたので、取って来るよう、姉上から頼まれました」


 護衛は父に確認すると、扉の脇に身をどかし、我に道を開けた。


 対面する二人の中年の男。いずれにも用は無い。


 めざとく、その後ろに目的の人物を認める。

 ロック・オンである。

 少し顔をのぞいてみる。

 目を伏せておった。

 恥ずかしくて我の顔も見れぬのか。

 細面ほそおもてに切れ長の目。

 これが東国の美姫という奴か。

 己の股間が反応しそうになる。

 落ち着け。

 愚息よ。

 まだ目的は達しておらぬ。


 しかしことは急を要するようだな。反応してしまってからでは遅い。もはや我の言うことは聞かず、制御外に陥ることとなろう。そうなれば、気付かれる危険が生じてしまう。


「王女の忘れ物とのことだが、指輪か何かか?」


 父上から早速邪魔が入る。しかし、そこは我もさるもの。むしろ、それを好機に代える。あるは1チャン。それを逃すようでは、我ではない。


「そこに」


 そう言いつつ、その美姫の足下めがけ、身を投げ出す。


 美姫は立ち上がる。


 しかし、それすらねらい通り。

 

 我は体を半回転させ、あお向けになる。勢いを保ったまま、美姫の両足の間に頭をすべり込ますを得れば、目的のものを視認できるはずである。

 

 (見えた)

 

 直後、強烈に踏みつけられ、何も見えなくなった。素足なら、これを幸いとばかりなめ回すところだが、残念ながら靴底であった。


「王子よ。何をしておるのだ」


「父上。ただこの世の神秘を見るためです」


「そなたは廃されたいのか?」


 それは望んでおりませんと、アルパカ王子はまずそう答えようとした。しかし急に襲い来る寒気の中で、己の体が凍り始めておるのを知り、次の如くに答えた。


「あすこだけでなく、全身カチカチのようです」


「アルパカよ。お前は相手が誰か分かって、かようなことをしておるのか?」


「はい。東国の公主様とはお聞きしております」


「なら、フェンリルの娘とは、まだ知らぬのだな」


「それでは、姉上と同類・・・・・・」


 アルパカは独りごちた後、凍え始めた舌が言うことを聞かず、苦労しながら次の如くの言葉を絞り出した。


「父上。最期にお願いがあります」


「何だ」


「アルパカはもう間もなく死ぬでしょう。それゆえ、これ以上、何もする必要はないと、そう公主様にお伝え下さい」


 こうしてアルパカは、死んだふりをすることにより、その一命を取りとめたのである。後に、このことも以て、アルパカは人々に次の如くに語ったと伝わる。


『我は、知略を以て、我が命を死の淵から救ったのである』と。

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