第2話 極寒の公主との出会い2

 私は目の前の男を見た。違う。こいつはにやけておる。十分に私の素肌を堪能したゆえであろう。

 

 それではと、父を見る。おろおろしておる父がそこにおった。ただただ私が炎を出さぬか心配しておるは明らかだった。


(私を呼ぶからだ)


 心中にそう吐き捨てると、私はその怒気のあるじを捜すため、謁見室を見回した。

 

 王の後ろに立って控える者が数人。皆、私と目を合わそうとせぬ。

 

 (いないのか)


 そこで、恰幅かっぷくの良い大柄なイトの王の体に隠れる如く、その後ろに一人の者が座っておるのに気付いた。

 大玉おおだまの真珠をおごった見慣れぬ髪飾りと、その下の黒髪くろかみが見えるのみであった。


 私は少し立ち位置を変えた。無論、その者の顔を確かめるためであった。そうして


(こいつか)


 まさに私の視線をしかと受け止め、更にはにらみ返す少女がおった。


(何だ)


 私もその黒目をはたとにらみ付ける。そして、こちらから目をそらす気は毛頭無かった。


 すると、そいつは目をそらした。そして私の胸をしっかり見ると、更に怒気をたぎらせて私をにらむ。


(何だ。こいつは)


 そいつの胸を見てみる。

 私が身にまとうドレスとは随分異なり、首元くびもとまで布でおおわれた衣服を身につける。それでも、その胸がぺったんこであり、無いに等しいことは分かった。


(私の胸に嫉妬しておるのか)

 

 最初はそう想った。しかし恐らくそうではない。同性から嫉妬の視線を向けられることは珍しくなかったが、他方で、そうした者は必ずと言って良いほど、あざけりの笑みもたたえておったゆえに。


 聞こえよがしの言葉を聞いたこともあった。『なに。あの乳牛』そう言ったのは、私の父方のイトコだった。


 しかしこいつは違うと分かる。まるで親のかたきがそこにおると言う如くに、にらみ付けておった。変な言い方であるが、そこに邪念は無かった。

 

 ここで父王は私たちの異様な状況に気付いたとみえて、


「うむ。ソフィア王妃よ。下がって良い。イト王も満足されたようだ」


 そう言われ、再び目の前の中年男を見ると、やはりにやけたスケベづらをさらしており、後ろの少女の殺気には気付いておらぬらしい。


 私は公式の礼には沿わず――もう一度この男に私の素手にブチュウとさせる気はなかった――軽くヒザを曲げるだけの礼で済ませた。


 目の前の男は明らかに残念そうな顔を浮かべておった。


 私は当然それから怒気の主を見た。最期の一瞥いちべつとばかりに、にらみつけてやるためであった。ただ拍子抜けなことに、その者は目を伏せ、にらみ返すことは無かった。


 やわらかな笑み――あざけりの引き歪んだそれとは明らかに異なる――王女などというものをしておると、相手の笑みからその本心を読み取ることにけて来る――それは明らかに満足の笑みであった。


 そして、そうしてみると、改めて、この者の美しさに気付く。その伏し目がちなかんばせは、まろやかな優しい美をただよわせており、私は東国とうごくで信仰されておると聞く像の中に、それを見た記憶があった


(何だ。こいつ。そんなに私の退出がうれしいのか)


「おお。ソフィア王妃よ。我が娘のヒロミです。ほれ。ヒロミよ。王女にアイサツしなさい」


(こいつが私にアイサツするものか)


 ただ、またまた意外なことに、こいつは立ち上がり、先ほど私が王にした、軽くヒザを曲げるアイサツをする。これは礼儀にかなったものであった。この者がイト王の娘なら、私とは対等である。


 先ほどの私の非礼に、相手の王が怒りを見せなかったのは、少なくとも一度は私の素肌に接吻するを得たからだろう。父王が怒らぬのは、ただただ私が炎を出すのを恐れるからに他ならぬ。


 その小娘はしかも満面の笑みを浮かべて、


「わたくしは、カゼノミヤのヒメミコをしておりますヒロミと申します。どうぞお見知り置きのほどをお願いいたします」


 ただその笑みは私に向けられたものではなかった。振り返ったイトの王に向けられたものであった。私もやはり同じ挨拶と似たような言葉を返し、足早にそこを去る。


 私の足音を無遠慮に響かせる大理石の廊下を歩きながら、


(そういうことか)


 私も一応、女である。女がどういう時にそうした笑みを浮かべるかは知っておった。無論、一つには、喜びがあふれてである。


 ただもう一つある。恋する男をとろかすためであった。それは意識して、というより、女の本能ともいうべきものが出させる笑みであった。ヒロミとかいう少女の笑みは明らかにそれであった。


 あの者は、私を最初、恋敵こいがたきと誤解したのだった。私が手袋をするの忘れたのを、だとみなしたのだ。そして私の胸の谷間をさらすドレスを見て――残念ながら、これがこの国の正装である――誘惑しておると想い込んだ。


 しかし私が公式の礼儀に反してまで、あの王のブチュウを避けたために、自らの誤解に気付いたのだろう。


(ファザコンか。何がお見知り置きをだ)


 まあ二度と会うこともないだろう。しかし美しい顔だったな。この地ではあまり見かけぬ。東国ゆえの顔立ちか。


 もしあの笑みが私に向けられたならば・・・・・・。


 もしあの者が私の素手に接吻したならば・・・・・・。


 もしあの者の手が私の胸にやわらかく触れ、その先のつぼみを軽く口に・・・・・・くれたならば・・・・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る