陰キャのデート計画

第23話「恋のキューピッドセンダーマン」

 僕は授業の空コマの時間、部室で一人、LINEと睨めっこをしていた。


 新歓合宿の帰りに仙田が言った話を咀嚼した結果、能動的になる重要性を痛感したのだ。


 そして、高確率で好意があるであろう天城さんになら、アクションを起こしてもいいのではいかと考えた。


 今、僕は天城さんとのトーク画面を開けている。


 何に誘うかはとても大事である。


 まず一番ハードルが低そうな食事に誘うことを考えた。しかし、食事に誘う口実がピンと来ないし、会話に困りそうだ。会話の主導権は天城さんが握ってくれるであろうが、僕から誘っておいてリードしないのは如何なものか、という理由からナシだ。


 ではショッピングはどうか。僕が買いたい類は小説とかゲーム中心になり、陽キャな天城さんとは相性が悪そうだ。天城さんが好きそうな服選びにしようかと考えたが、僕のお財布事情的にもアウトだし、そもそも僕は服に興味がないので露骨に顔に現れるかもしれない。


 それならどうするのか。そう、映画だ。僕は映画に誘うことにしたのだ。映画であれば、口実としても「観たい映画があるけど一人で観に行くのは抵抗があるから誰かと行きたい」と言える。会話も映画の話をすれば問題ない。観る前は原作などの事前知識を披露し、観た後は感想を述べれば良いのだ。そして自然な流れで食事まで誘導できる。仮に断られたとしても、「映画に興味がないから」など比較的ダメージが少ない断り文句で返ってくるだろう。相手の逃げ道まで配慮できる僕は紳士と言っても過言ではない。最悪の場合は、時間遡行初体験を辞さない。


 提案する映画は「ケチャップ大騒動」というコメディ映画である。ケチャップまみれで倒れている主人公が百十番され、大騒動に発展するという話だ。恋愛映画よりこういったB級の映画の方が案外盛り上がるのではないかと踏んだ。


 僕は先に述べた口実を文面化したが、肝心の送信ボタンを押すのに躊躇していた。どうしても一歩を踏み出せないのだ。


 天城さんとのLINEは基本的にはサークル活動などの業務的な内容しかやり取りしていなかったので、僕からプライぺートな誘いをするのに躊躇しているのだ。


 やっぱり明日送ろうか。別に今日送らなければいけない理由はない。


 僕はLINEの画面から離れようとしたとき、


「センダーマンッッッ登場ッ!!!!!!」


 その仙田による発声とともに部室のドアが勢いよく開けられた。


 驚いた僕は送信ボタンを押してしまった。


 その事実に気づき、早急に送信取消を試みようとするも、一瞬で既読がついてしまった。


 覚悟ができていなかった僕は、仙田に対し怒りの感情がこみあげてきた。


「仙田っ!!」


「えっ、えっ、何!?俺また何かやらかした!?」


「お前って奴はどうしていつも空気が読めないんだ!」


 突然怒りを向けられた仙田は当惑した。


 僕はLINEを見る。


 早速天城さんから返信が来ていた。


天城優奈 :え!行きたい行きたい!てか、あっきーに誘ってもらえたのめっちゃ嬉しい!


「よっしゃあああああああ」


 僕は「行きたい」という文字が並んでいたのを確認した瞬間、つい仙田を気にせず叫んでしまった。


「お、おい、どうした?情緒不安定だぞお前」


 仙田は心配そうに僕の様子を窺う。


「仙田、これまで君のことを疫病神だとばかり思っていたけど認識を改めます。あなたは救いの神様です」


「何だかよく分からないけど、良かったな!」


 僕たちは熱い抱擁を交わした。感極まって完全にテンションがおかしくなっている。


「ところで、何で怒ったり喜んだりしてるんだ?」


 抱擁を終えると、仙田は部室のソファに荷物を下ろして、僕に当然の疑問を投げかける。


 ここで仙田に「天城さんと映画デートに行くことになった」と告げれば、嫉妬の目を向けられて至る所で吹聴するだろう。仙田は天城さんに失恋しているので誓約書は破棄になっているが。


「お前には関係ないことだよ」


 僕は突き放すようにぶっきらぼうに言った。


「さっき俺が救いの神様だとか言ってたじゃないか。神様の俺に教えるのが筋ってもんだろ」


「それはそれ、これはこれっていうか」


「あー!さては愛子ちゃんにでもデート誘ってOK貰ったんだな!?」


「ち、違うって!蓬川さんは関係ない!」 


 蓬川さんの名前とデートという単語が出て動揺してしまう。


 仙田は訝しげにジロリと見てくる。


 言い訳を考えていると、部室のドアが開いた。


「おつかれさまです」


 助け舟の如くまた新たな部室の来訪者がやってきた。


 来訪者の顔を見ると、蓬川さんだった。


「あ、愛子ちゃん!?」


 仙田が蓬川さんの方に目を向けた途端、オドオドし始める。


「ぁ…仙田…」


 蓬川さんも仙田の顔を見るなり露骨に嫌悪を示す。


「ちょ、ちょっと!今愛子ちゃんには似合わず俺のこと呼び捨てにしなかった!?」


 仙田は自分の扱いが平民未満であることを嘆く。


「あなたのこと嫌いなんで」


 蓬川さんも八方美人なスタイルを取らず、歯に衣着せぬ物言いだ。


 仙田と蓬川さんの相性は絶望的だ。一周目ではこんなことなかったのだが。


 この原因は僕にあると考えると自己嫌悪に陥るので敢えて考えないようにした。


「新歓合宿のことは謝るよ!あれは羽目を外しちゃってさ…!じ、じゃあ俺帰るわ!」


 仙田は蓬川さんから逃げるように、ソファに置いたバッグを背負い、ドアの前で立っていた蓬川さんに頭を軽く下げて部室から出ていった。

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