第19話「蓬川愛子VS仙田福太」

「私も、仙田くんはあまりオススメしません。この人、優奈先輩に卑猥な発言したらしいじゃないですか」


 一周目では宴会で一貫して言葉を発しなかった蓬川さんが足立さんに同調して仙田アンチに加わる。


「おっと愛子ちゃんまで、俺の扱い酷くない!?」


 仙田も意外な人物から否定されて驚いていた。


「本当のことを言ったまでです。あきらくんを利用して優奈先輩を落とそうとしたらしいじゃないですか」


 蓬川さんはグラスに入った梅酒を飲みながら平然と答える。


「ごめん、あたしがお風呂のときに言っちゃった」


 天城さんが頭の後ろに手をやって、ごまかし笑いをした。


 仙田の中で何かがはじけたらしく、新しい瓶をいくらか飲んで蓬川さんに物申した。


「なんだよなんだよ! ってかさ、愛子ちゃん。俺の情報網によると入学早々数多の男をたぶらかしたらしいじゃないか」


「え?」


 蓬川さんはキョトンとした顔を見せた。


「兼サー先の男から聞いたよ。『私、○○くんがいなかったら大学で独りぼっちだったかも』だとか思わせぶりなこと言っちゃってさ。そうやって色んな男に色目使ってきたんだろ」


 仙田は立ち上がって彼女に指をさし、とんでもない発言を繰り出した。


「…私、そんなつもりじゃ…」


 蓬川さんは顔を下に向けて泣き声で応えた。


 僕は口をはさんで制したかったが、入る隙がない。


「ちょっと、仙田くん酔ってるの? もう暴れまわらない約束だったじゃん」


 天城さんは蓬川さんの肩に手をやって彼女を庇った。


「知らん! ほら出たよ、そうやって悲劇のヒロインぶって同情を得ようとする作戦だろ?俺は引っ掛からないぞ!」


「おーおー仙ちゃん荒れてるねぇ」


「まり姉も仙田くんを止めてくださいよ!」


 煽り立てる仙田を見て明神池さんはゲラゲラ笑う。完全に他人事だ。


「仙田くん…ひどい…」


 蓬川さんは今にも泣きそうだ。


 しかし、仙田は女でも全く容赦しない。


「お、今度は泣き落としか? 今の俺は優奈先輩にフラれたことで強くなったスーパー仙田だから効かねぇぞ!」


「…」


 蓬川さんは押し黙っている。


 宴会場では沈黙の時間が流れる。


「ほらほら、言い返してきたらどうだ?」


 反応しない彼女を仙田は依然として執拗に煽る。


「おい仙田、いい加減に…」


 やっとの思いで僕が割り込んで話そうとすると蓬川さんの方から何かが聞こえた。


「…っるせぇ」


「ん? 聞こえんなぁ?」


 仙田は耳に手をやって例の獄長の真似をする。


「っるせぇええええんだよ!!このドちくしょうがああああああ!!」


「ひ、ひぃ!?」


 蓬川さんが立ち上がり、普段の彼女からは想像できない声量と声色で場を圧倒した。


 これ以上ない怒りが彼女の眉間に現れる。


 予想外の出来事に場が完全に凍る。


 仙田にいたっては腰を抜かしている。


「さっきから好き勝手に御託を並べやがって! てめぇにとやかく言われる筋合いはねぇんだよ」


「ちょ、ちょっと愛子ちゃんだよね?」


 彼女とは無縁であろう言葉がポロポロ出てくる。


 横に座っていた天城さんもあっけに取られている。


「なに?私が男をたぶらかした?相手がそう受け取っただけだから。勝手に妄想膨らませてヘイトスピーチするんじゃねぇよこのソーセージ野郎!」


「ソ、ソーセージ野郎!?」


「お前もどうせ優奈先輩を性消費したかっただけだろ!セクハラ発言して性欲満たしやがって」


「す、すみません」


「ああ?喧嘩吹っ掛けてきたのはお前の方じゃねぇか。反論しろよ」


「も、もう勘弁してください」


「ふざけんじゃねぇよ!このチンパンジーが!」


「愛子ちゃん落ち着いて!」


 荒れ狂う蓬川さんは天城さんに後ろから肩を掴まれた。


 そして、我に返ったかのように怒りの表情がいつもの小動物を思わせる顔へと戻っていく。


「あ…私…。申し訳ございません、少々過度な発言をしてしまいました…」


 蓬川さんは自分の席に座り、頬を赤らめた。


「仙ちゃんのライフはもう0よ! この勝負、愛ちゃんの勝ち!!」


 明神池さんは空気を読まず、一人だけ盛大な拍手を彼女に送った。


「…お、俺、もう酒飲むもん!!」


 完全に縮こまった仙田は、半泣きになって瓶に入ったビールの残りを飲み干す。


「まあ、俺が話聞いてやるよ。男っていうのはな、こうやって成長していくんだ」


「伊那谷パイセン…」


 伊那谷さんは哀愁漂う仙田の肩を優しく叩いた。


 仙田は大先輩に同情され、目を潤わせるのであった。


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