第18話「初めて参加した飲み会に勝るものはない」

 仙田が見事天城さんにフラれたという話を聞いて、入浴中に傷心した彼のメンタルケアを行い、僕は旅館に用意された浴衣に着替えて大客間へと向かった。


 子ども食堂のときに使った大客間だが、僕たちのサークルの部員数が少ないということもあり、パーテーションで仕切られて元々の広さから四分の一程度の部屋へと化していた。


 真ん中には座卓が用意され、各席には料理が並べられている。既に浴衣姿の足立さんと明神池さんが席に座っていた。相変わらず隣の席に座ってイチャイチャしている。


 部屋の隅にビール瓶が一ダース用意されている。これは荒れた飲み会になりそうだ。


「お、阿合くん。風呂入ってきた? じゃあ、この中からくじ引いてね」


 僕は足立さんから渡されたビニール袋から番号が書かれた紙を引く。


 席決めのくじらしい。足立さんの隣だ。


「あー、あきらくんね! 良かった!入部してくれたんだ。花見のときで愛想つかされたかと思ったわ」


 明神池さんは足立さんにもたれかかりながら僕の方を見る。


「明神池さんたちはいつ来たんですか?」


「ついさっきよ。今日も面接が二個入ってたからもう体クッタクタよー」


「二人はもうお風呂済ませたんですか?」


「いや、実はまだなんだけど、朝風呂でいいかなって」


「私たちワンチャン混浴するから!」


 明神池さんはふざけて答えると、足立さんは「こらっ!先輩!」と言って彼女の頭をワシャワシャ撫でまくった。


 この人たちが言うと本当のように聞こえる。


「あー!もういるじゃん! あたしたちが一番乗りだと思ったのにな」


 後ろから声がしたので振り返ると、浴衣姿の天城さんと蓬川さんが立っていた。


 彼女たちは入浴を終えた後らしく化粧が施されていなかったが、二人とも元の顔立ちが整っていることもありそこら辺の男どもを魅了するのに十分であろう。


 浴衣を着ることで妖艶さを放たれるのは言うまでもないが、僕みたいな陰キャでも望むことが許されるのであれば濡れたままの髪で現れて欲しかった。


 そうすれば一層妄想を掻き立てることができ、一人の夜を有意義に過ごせたことだろう。


「あっきー、なに見惚れてるの?」


 天城さんは意地悪にからかってくる。


 一周目でも何度か拝観してきたはずなのに思わず彼女たちを凝視してしまっていたのだ。


「え、いえ。天城さんが死に装束になっていないか確認しただけです」


 咄嗟に適当な言い訳を披露する。


「!!!あっきーの中であたしお馬鹿キャラになってない!? …ちなみに大丈夫だった?」


「まだ天城さんは死んでないようですね」


「あー良かったぁー」


 幼稚な茶番を繰り広げていると、蓬川さんはクスっと笑い自分の浴衣を広げてみせて僕に問いかける。


「あきらくん、私も…その、どうでしょうか?」


 もちろん戸惑わないはずがない。


「え…えっと、すごく…良いと思います…」


 普段幼げな彼女が、結われていない髪とその悩殺浴衣によって艶美な女性へと変貌していた。


 思わず丁寧語を発してしまうほどだ。


「もー!あたしと愛子ちゃんで対応違いすぎない!?」


 天城さんは自分への対応との差異にムスッと膨れっ面を見せる。


「君が女子新入部員の愛子ちゃんね! 歓迎するわ! ねぇお酒好き?」


 僕たちの様子を見ていた明神池さんが割って入りアルハラを匂わせる。


「まり姉!愛子ちゃんは幼気いたいけな一年生なんですよ! 仙田くんとは違うんです!」


「じょーだんじょーだん! でもお酒が飲みたいんだったらいつでもウェルカムよ!」


「私、少しだけ興味あります…!でも今日は初めてなのでほんのちょびっとだけ…」


 蓬川さんの発言で明神池さんは目を輝かせる。


「おー!じゃあお姉さんが手取り足取りお酒の飲み方を教えてあげちゃう!」


「まーたアルハラしてる! まり姉も社会人になるんだから少しは自重してください!」


「し、社会人…労働したくないよおおおお!!まああああくううううん!」


 天城さんによって制されると、明神池さんは悲痛の叫びをあげた。


「まり、もう留年しようよ」


 足立さんは泣きつく彼女を宥める。


「おいーす…仙田到着っす…」


 宴会場で先に盛り上がっていると、傷心状態の仙田が露骨に萎えて入ってきた。


「あー!仙ちゃんじゃない! なんだかテンション低いね」


 明神池さんは仙田を心配そうに見上げた。


「それはもう深い深い訳があって…」


「そ、そういえば席ってどうやって決めるんですか?」


 天城さんは強引に話を遮った。


「あぁ、ここから引いて」


 足立さんが今来た部員たちにくじが入ったビニール袋を渡した。


 各々がくじを引いていると伊那谷さんも後からやってきた。


 全員がくじを引くと、上座側に左から天城さん、蓬川さん、伊那谷さん、仙田、下座側に左から僕、足立さん、明神池さんの並びで座ることになった。


 伊那谷さんがビールの入ったグラスを持って席を立ちスピーチする。


「えー、新入生たち。我がサークルに入ってくれてありがとう。 花見のときの記憶がないから思い出話はできないんだが、まあなんだ、今日みたいにぼちぼち活動していくぐらいだから、あまり身構えずに緩くやっていこうじゃないか。こんな感じでいいか? 締まらないが前置きはこの程度で。 では皆グラスを持って、乾杯―」


「「乾杯!!」」


 改設者の引き締まらない音頭で一同は乾杯する。


「くぅぅぅ!うめぇぇぇぇ! 労働なんてクソくらえだ! モラトリアム万歳!!」


「まり!言葉が汚いって!」


「くっそおおおお俺のモラトリアムがあああああ」


「仙ちゃんどしたん?話きこか?」


「ま、まり姉。そういえば今日のお風呂はラベンダーで良かったですよ!」


「まじ?やっぱり今日入ろっかな」


「はっはっは、愉快愉快」


 部員たち(特に明神池さん)が各々喋り出す。


 天城さんは仙田の件に関してあまり触れられたくないらしく、明神池さんの関心を別の話題へと変えようとしていた。


 僕は場酔いに煽られ注がれたビールを一気に飲み干す。


 明神池さんや足立さんと一緒に飲むなんて久しぶりだ。


 伊那谷さんは僕が三年生になってからも変わらずサークルにいたから新鮮さはないが、このメンバーで揃って飲むことが僕にとって飲み会の初体験であって一番印象深い(ただし一周目で記憶を失った花見は飲み会に含まないことにする)。


原点こそ頂点という言葉があるが、あれは本当だ。


「ちょっと俺、語っても良いっすか?」


 仙田が徐に口を開く。


「おー、仙ちゃん物語聞けるの?なになに?」


「ちょ、仙田くん」


 興味津々な明神池さんとは対照的に、天城さんはまずい顔をする。


「俺、さっき優奈先輩に告ってフラれたんです。もう傷心モードで…」


 仙田は自分用にビール瓶を開け、グラスに入れずに口を付ける。


「ええええ、仙ちゃん行動早い! ゆうなちゃーん、仙ちゃん良い男じゃないの?」


 明神池さんは酒の肴を得たように目を輝かせて、手酌しながら天城さんに訊ねた。


「えーっと、ちょっとまだ仙田くんのこと知らないし…」


「ってことはこれからの仙ちゃん次第で脈アリ!?」


「うーん、仙田くんはもっと良い人がいると思うよ」


 天城さんはあっさりと脈ナシ宣言をする。


 仙田はヤケになり、ビール瓶の底を天井に向けラッパ飲みを披露する。既に顔が赤くなっている。


 明神池さんは「おーもっと飲め飲め!」と促し、新たなビール瓶を仙田に渡した。


「俺は仙田をオススメしないよ。こいつ、妙に慣れ慣れしいし」


 足立さんは仙田の方を見ずに突っかかると、仙田は机を叩いて反論した。


「ちょっとなんですか足立先輩! 俺が何したっていうんですか!足立先輩は明神池先輩いるから関係ないじゃないですか!勝手にイチャイチャしててください!」


「おま、そういうところだよ!もっと阿合くんを見習えよ」


「ほんと、まーくんと仙ちゃんのコンビは面白いわ! あー酒が足りない!あきらくん、熱燗人数分頼んで!」


「に、人数分!?」


「いいからいいから!」


 仙田と足立さんの応酬で盛り上がってきた場を更にヒートアップさせようと明神池さんは僕に命令してきた。


 僕は、廊下を通りかかった仲居さんに彼女の指示通りの量を注文した。


 と、まあここまでは一周目と同じ展開だ。


 しかし、すぐにイレギュラーが発生した。


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