第20話「ねえ、好きな人ってどんな人?」

 仙田と蓬川さんによる口論の後、丁度良いタイミングで仲居さんが入ってきて「お待たせいたしました。熱燗七合です」と先程注文していた日本酒が到着して、主に明神池さんと仙田のもとに置かれる。


「さ、場がお通夜になっちゃったわけなんだけど、話を戻して! 逆にゆうなちゃんはどういう男が好みなの?」


 明神池さんは、自分の前に来た熱燗を自分のおちょこに移して口をつけながら、天城さんにキラーパスをした。


「え、いきなり? えーとそうですね…」


 天城さんはビールを一口つけ、考え込む。


 そして、チラッと僕の方へ目をやって答える。


「本当のあたしを理解してくれる人、ですね」


「なにそれ!ロマンチック!いいよいいよ! それで?実際のところ、そんな王子様はもういたりするの?」


 明神池さんは新しいおもちゃを見つけたかのように質問を深堀した。


「ま、まあ一応は…」


 天城さんは目線を下に向け、お酒のせいか、照れているのか、紅潮していた。


「ふぉおおおお!いいねぇ~青春してるじゃないの!こりゃ酒が進むわ! それで、誰なの?」


「い、言えません!」


「もーそう隠さなくてもいいじゃないの。まあでも、会って間もない新入生くん達の中にいるわけでもなさそうだし、他のコミュニティに王子様がいるって言うんじゃつまんないわ」


「え、あ、はい。そうですそうです、だから私の話はこれで終わりってことで!」


 明神池さんの質問攻めから解放されようと強引に切り上げた。


「ってことで仙ちゃん、残念だけど、もうゆうなちゃんは想い人がいるみたいだから他の女に乗り換えな」


 明神池さんは消沈している仙田の方に目をやってきっぱりと言った。


「俺のモラトリアムは、はかなかった…」


 仙田は机に顔を付けて伊那谷さんによって熱燗が注がれていくおちょこを見ながらつぶやいた。


「で、あまり話題に上がっていないあきらくん!君はどうなの?」


 今度は僕に回ってきた。


 一周目なら、仙田を慰める会でこの宴会は終わるはずだったのだが、蓬川さんの激怒によって予想がつかない方向へと話が進む。


「え?僕ですか? 見ての通り、僕なんてそういうのとは無縁ですよ」


 僕は適当に濁した。仙田が余計なことを言わないか危惧したか、あれだけ萎えていれば気にしなくても大丈夫だろう。


「そんなことないでしょー。一か月大学生活してみてさ、誰か気になっている人はいないの?」


 明神池さんはまだまだ絡んでくる。


 酔いが来ていることもあり、判断力が鈍る。


 どうしようか、ちょっとだけなら洩らしてもいいか。


「うーん、そうですね。気になっている人はいます」 


「おおおお!激アツ展開じゃないの!? で、誰なの?」


「そんなの、言えるわけないじゃないですか。僕は秘密主義なんで」


「もー面白くないなぁ。じゃあその人の特徴とか言ってみせてよ」


 明神池さんはどうしても何かネタが欲しいようだ。


「特徴…。まあそれくらいなら」


 譲歩し、気になる人の特徴を考える。


 好きな人、蓬川さん。


 正直、先程の裏の顔には戸惑いを隠せない。


 ただでさえ、仙田から出た「数多の男に色目を使っている」と言われ、やっぱり僕なんてその中の一人に過ぎなかったんだと絶望していたのに。


 僕は蓬川さんから見向きもされていないことが分かった今でも、本当に彼女のことが好きなままなのか。


 しかし、蓬川さんのことが好きじゃないとしたら、僕は一体誰に恋をすればいいのだろうか。


 天城さんか。先ほどの彼女の回答で言えば、もしかしたら僕は天城さんに好意を向けられているのかもしれない。


 ――本当のあたしを理解してくれる人


 それは、僕のことではないか。


 子どもを送った帰り道での僕の発言が引き金になったのではないか。


 好いてくれている人がいるのであれば、そっちの方が良いのではないか。


 前に座っている蓬川さんと天城さんの二人の視線が気になる。

 

 …いや、今までずっと抱いていた気持ちは嘘ではない。

 

 心のどこかでは蓬川さんは僕なんて眼中にないって分かっていた。

 

 男たらしな彼女に裏の顔があることなんて分かりきっていた。

 

 それでも、彼女に振り向いてもらおうと一生懸命努力したのだ。

 

 蓬川さんのことが好きなのであれば、好きなところはどこか。

 

 …それは僕と関わるときの蓬川さん全てだ。


「女の子している子」


「…?何それ?やけに抽象的ね」


「女性の魅力として挙げられる点を持っている人ですよ。例えば、ただ単純に可愛いとか、健気だとか、甘え上手だとか」


「あーなるほどね! その答えってずるい気がするけど」


 そう、僕はずるい回答をした。


 それは、蓬川さんの明確な特徴を言ってしまうと、もしかしたら天城さんを傷つけてしまうのではないか、と思ったからだ。


 そして、やはり天城さんからの好意を無下にしたくないという気持ちがあった。


 結局のところ、僕は自分の気持ちの答えを先延ばしにしたのだ。自分の中のわだかまりが消えていない。


「まり、その辺にしてあげろよ。まだ一年生なんだぞ。仙田は置いといて、だけど」


 足立さんが僕を庇って話を切り上げようとしてくれた。


「あぁまた俺の悪口を言って!こうなったら足立先輩!俺と飲み比べ勝負しろ!」


 黙っていた仙田は足立さんの言葉が聞き捨てならなかったらしく、熱燗を持って立ち上がり彼に決闘を申し込んだ。


「先輩に向かってため口とは良い度胸じゃないか!いいだろう、望むところだ!」


 足立さんも熱燗を持って立ち上がる。


 こうして、彼らによる体を張った戦いが繰り広げられるのであった。

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