第14話「サークル活動らしいこと」

 四月が終わり、新生活を始めた人々はポツポツと五月病と呼ばれる病魔に蝕まれる今日この頃。僕たちは新歓合宿の日を迎えた。


 僕、仙田、蓬川さん、天城さん、足立さんの五人は今、合宿の場となる旅館で定期的に行われる子ども食堂の運営に携わっていた。


 僕たちのサークルでは毎年、東京の街中にあるこの旅館に格安で宿泊させてもらう代わりに、新歓合宿の当日に子ども食堂に来る子どもたちの面倒を見ることになっている。


 子ども食堂とは、近隣に住む子どもを持つ家庭を対象に行われる社会活動である。


 この旅館では月に一度開催しており、来訪する子どもたちに無償で料理を振舞っている。そして、食事を提供するだけでなく、ボランティアが勉強を見てあげたり遊んであげたりしているのだ。


 本来は、貧困の家庭を援助することを目的に行われる活動だが、この旅館ではその意味合いが薄く、どちらかと言うと子どもたちにちょっとした非日常を提供したいという支配人の想いから始まった取り組みであった。


 保護者同伴で食事を楽しんで旅館内で遊戯をする家庭もあれば、終了時間まで子どもを預けてその間に保護者は外出するという家庭もあり、僕たちはその預けられた子どもの面倒を見る。


 大体昼から夕方にかけて子ども食堂は開いているので、それが終われば新歓合宿が始まるのだ。


 部長の足立さんが関係者の方々に挨拶を済ませた後、僕たち新入生に最低限のルールについて話をした。


 要約すると「常識の範囲内で活動しましょう」とのことだ。


 そして、僕には天城さんに仙田を推すというミッションもあるが、これは可能であればそれとなく遂行しよう。どうせ仙田の告白は失敗するだろうから。


 一周目では、この中で一番陰キャである新入生の僕は、子どもたちからも声がかからないし自分からも声をかけることができず、ただ門番のように立ち尽くすまま地獄のような時間を過ごした。結局、外で遊びたいと子どもたちからしつこくせがまれた仙田がやってきたので、それに加わって一緒にチャンバラをする羽目になった。


 しかし、二年生、三年生と子どもと遊ぶ経験値を積み、僕は「近所でよく遊んでくれるお兄さん」的なキャラを自分に叩き込んで演じることによって、まともに子どもたちの遊ぶことができるようになった。なので、今回は虚無のひと時を過ごすことはないだろう。


 僕たちが自分の名前が来た子どもたちに分かるように名前を記したテープを胸に貼って旅館の前で待機していると、ポツポツと子連れがやってくる。


「あ、ユウナ!」


 小学校高学年ぐらいの女子が天城さんの名前を口にして彼女に近づく。親御さんが見当たらないので一人でここまで来たのだろう。


「香織ちゃん!おひさー!私のこと覚えてくれてたんだ!」


「うんうん!ユウナがいて安心した!」


「あたしも香織ちゃんが来てくれて嬉しいよ!じゃ、中に入ろっかー」


 天城さんは香織ちゃんを連れて旅館の中に入っていった。


「俺もついていこうかな」


 仙田が独り言を呟く。


 仙田は大勢の子どもの面倒を一人で見ることができるキャパシティの持ち主である。彼はスポーツ系のサークルを兼サーしているだけあって、低学年男子を大勢引き連れてチャンバラをしたり、鬼ごっこをする体力を持っているので、彼がインドア系の子どもについてしまうと残りの僕たちでその子たちの面倒を見なければならないので一苦労だ。


「私情を持ってくるなよ」


 僕は仙田を牽制することにした。僕が外で走り回る役を引き受けてしまうと身が持たない。きっと疲れきって新歓合宿で行われる飲み会では悪酔いして痴態を晒してしまうだろう。


「はいはい、分かってるよ。その代わり、例の件頼むからな」


 仙田はムスッとして答えた。


 そんなことを話していると、旅館に男の子が一人でやってきた。


 あの子は確か、今年小学校四年生になる子で名前は竹田光哉くんだっけ。彼は夏に僕たちがボランティアとして参加するサマーキャンプにも来ていた。結構インドア寄りで、打ち解けたらよく喋ってくれる子だ。


 光哉くんは一周目では足立さんが面倒を見ていて、途中から足立さんが他の子どもの勉強を見ることになって天城さんが香織ちゃんと一緒に引き受けていた気がする。


 仙田のためにひと肌脱ぐわけではないが、光哉くんにつくことでアウトドアの遊びを避けることができて僕の体力的にも助かるので、ここは僕が名乗り出よう。


 僕は「近所でよく遊んでくれるお兄さん」に切り替えて光哉くんに話しかける。


「初めまして。一人で来たのかな?僕はあきらって言うんだ」


 いつもの五倍マシで明るく振舞った。


「は、はじめまして。よろしくおねがいします」


 初対面ということもあり、壁を作っているようだ。


 僕は壁を壊そうと努力する。


「お腹空いてるでしょ?今日はスパゲッティにエビフライ、それにハンバーグだって!」


 いかにも子どもに媚びた献立である。小学校の給食で出たら大歓喜だ。


「あ、そう…」


 光哉くんはまだ興味を示さないみたいだ。


 ここはとっておきを披露しよう。


「それに、デザートにアイスクリーム付きプリンまであるんだよ」


「え、ほんと?」


 彼の顔がパァァと笑みを見せる。無理もないだろう。何故なら、子どもにアンケートを取った「好きなデザートランキング」の一位と二位はアイスクリームとプリンで、それが両方もついてくるのだ。きっとこの旅館はデータを基に献立を練ったのだろう。


「本当だよ!あ、でももしかしたら数に限りがあってもうなくなっちゃうかも…」


「早くいかなきゃ!行こっ!あきらお兄ちゃん!」


「あ、待って!」


 光哉くんはせっかくのデザートを逃すまいと目を輝かせ、旅館へと走っていった。


 急いで僕も光哉くんの後を追った。



 普段は宴会場として使われている大客間は、食事エリア、勉強エリア、遊戯エリアの三つに分割されていた。


 食事エリアには座卓を囲んで食事を楽しんでいる家族連れが既に何グループかいた。


 その中には、天城さんと香織ちゃんがいて一緒に食事をとっていた。


「光哉くんって、香織ちゃんのこと知ってる?」


 僕は光哉くんに訊ねた。


「え?カオリ?あ…あぁ、まあ知っているよ」


 光哉くんは言葉を濁した。


「香織ちゃんとはお友達?」


「まあ友達っていうか、同じクラスってだけだよ」


「そっか。じゃあ、一緒のテーブルで香織ちゃんとご飯食べない?」


「え…。うーん。まあ、あきらお兄ちゃんがどうしてもって言うんだったら」


 光哉くんは頭を掻いて俯いた。


「皆と食べた方が楽しいし、一緒に食べよっか」


 僕が提案すると、光哉くんは頭を縦に振ったので配膳スタッフから料理を受け取り、僕たちは談笑を楽しんでいる天城さんたちのところに向かった。


「ここの席、良いですか?」


「お、あっきーじゃん!いいよいいよ!香織ちゃんもいいかな?」


 天城さんが聞くと香織ちゃんもペコッと頷いたので僕たちは対面に座る。


「あっきー凄いね。新入生なのに光哉くん連れてくるなんて」


 天城さんは子どもたちに聞こえないように囁く。


「僕が凄いじゃないですよ。ここが提供している献立の力を借りたんです」


「あー今日のメニューは子どもに大人気だもんね!その手があったか」


 天城さんはクスッと笑い、再び子どもたちの方に向き直った。


 彼女は二人に質問を投げかけた。


「香織ちゃんと光哉くんって同じクラスだったよね?普段は遊んだりしているの?」


「最近はあんまり遊んでないね」


 香織ちゃんが答える。


 高学年になって異性として意識し始める時期だろうから自然と遊ばなくなるのも無理はない。


「最近は、ってことは前はよく遊んでいたの?」


「家が近いから…」


 光哉くんがボソッと答えた。


「へー、ご近所さんなんだ!幼なじみだね!いいなー、あたし幼なじみの異性の友達憧れるな」


 天城さんが羨ましがって自分の世界に入りだしたので、僕が代わりに二人に問いかけることにした。


「そのときは何して遊んでいたの」


「えっとね、私の家にゲームがあるから、それでスマ〇ラしたりス〇ラトゥーンしたりかな」


「二人ともゲームが好きなんだ!じゃあ、この後テレビゲームってわけじゃないけど、ボードゲームで遊ばない?」


 天城さんは子どもたち二人に提案した。


「「ボードゲーム?」」


「ほら、人生ゲームとかあるじゃない?あーいうゲーム!あたしたちのサークルにボードゲームがあるから、今日持ってきたんだ!ほら、いっぱいあるよ」


 天城さんはサークルで共用して使っている大きなバッグのチャックを開けて二人に見せた。中には、パーティー用の子どもでもできそうなボードゲームがいっぱい入っていた。


「気になる!私、やってみたい!」


 香織ちゃんは目を輝かせてワクワクした様子を見せた。


「光哉くんはどうかな?」


「じゃあ、やる」


 僕が光哉くんに聞くと、興味深々な様子を垣間見せつつもそれを悟られまいとつっけんどんに返した。


 こうして僕たちは食事を済ませた後、四人でボードゲームをすることになった。

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