第13話「仙田スタンプラリーで引き換えできるのは虚無」
部室から食堂に向かい仙田を探す。
三限目の時間帯なので、昼食をとるために押し寄せる学生たちのピークタイムは過ぎ、空いた席がまばらにあるぐらいには空き始めた。
どうせゴールデンウィークを過ぎると学生の入りも少なくなるんだろうなと見渡していると、学食を食べている仙田を発見した。
仙田が手招きしてきたので、そちらの方へ向かい彼の対面の席へと腰掛ける。
「ういっす!あきらちゃん!」
「お前と仲良くなったつもりはないが」
僕は不機嫌な態度で仙田に接する。
仙田に恩は売ったが仲良くなった覚えはない。花見の帰りに酔いつぶれた仙田を叩き起こして僕が仙田の家まで送ってやったが、それで親友認定でもされたのだろうか。
一周目では天城さんが僕と仙田の後始末を担ったと考えると、彼女には感謝してもしきれない。
「まーまーブラザーよ。どうせ暇だったんだろ」
「暇なんかじゃなかった。仙田のせいで大きなチャンスを逃したかもしれないんだぞ。お前の用事を優先してきてやったんだから少しは感謝しろよ」
仙田のせいで泣く泣く蓬川さんイベントをスルーしたのだから、それ相応の案件じゃないと溜飲が下がらない。
「そうかっかすんなって。じゃ、これやるから」
仙田は飲みかけの生協コーヒーを渡してきた。
「生憎、僕のファーストキスをお前に渡すつもりにはないんだ」
僕は仙田との間接キスを丁重にお断りした。
「なんだよー。まあそんなことはいいや。それで、本題だがな」
仙田はゲン〇ウポーズを取り、神妙な雰囲気を醸し出す。
それに合わせて僕は固唾を呑んだ。
「俺、優奈先輩のこと好きになっちゃったんだわ」
「…それだけ?」
「それだけとは何だよそれだけって。俺っちの人生に関わる大事件だぞ」
拍子抜けだ。借金してしまったから連帯保証人になってくれだとか、大学辞めることになっただとか、もっとでかいことを期待してしまった。まあ、会って間もない人間に話すことって言ったらこれぐらいのレベルか。
仙田は目移りが激しく、なりふり構わず片っ端から女子に告白していく奴だと知っているので情報の重要性としてはかなり低い。
それに、一周目でも新歓合宿のときに天城さんに告白するのは既知の情報だ。
「おま、そんなことを言うためだけに僕を呼び出したのか…」
「あきら、俺の扱い酷くないか?俺たちって会ってそんなに経ってないんだからもうちょっと優しくしてくれてもいいじゃないか」
「花見で散々だったからな。それに天城さんにだってセクハラまがいの発言してたんだから絶望的だな」
「あれは飲んでたときの俺が悪いのであって、今の俺とは無関係だ」
仙田は平然な顔で言ってのけた。こういう彼の無頓着さをいくらか僕にも分けてほしいぐらいだ。
「そんな屁理屈が通用するとでも思っているのか」
「まあ少しは反省しているよ。でもそんな俺を優しく受け入れてくれて、膝枕までしてくれたんだぜ?惚れないはずがないだろ」
彼は腕を組んでウンウンと頷く。
「あれは仙田が強引に天城さんの膝に倒れたんだろ」
「細かい話は別にいいの! それで、だ。お前には優奈先輩に告白するための手助けをしてほしい」
「僕に何のメリットがあるんだよ」
「そこは俺がお前のキューピッドになるってことでさ。好きな子を教えてくれ」
「仮にも仙田に助けてもらったところで、事態が悪化すると思うんだが」
「任せてくれたまえ。百戦錬磨、とは言わないが恋多きことで定評がある俺だ。ちゃんとサポートしてやるよ」
「そんな。それに僕に好きな人がいるって決まったわけじゃ」
「あきらってこのサークルしか入ってないんだよな。じゃあこのサークルの子を好きになればいいんじゃない?」
「おいおい、勝手に決めてくれるな」
「そうだな…あ、愛子ちゃんで良いじゃん!俺が優奈先輩で、あきらが愛子ちゃん。それぞれが応援し合って、どちらも付き合いでもすれば、ダブルデートなんてしちゃってさ!」
「ま、待て、何で僕と蓬川さんなんだよ」
仙田の口から蓬川さんの名前が出てきて、つい動揺してしまった。
「いや、他って言われても共通の知人は明神池先輩しか知らないし。あの人は足立先輩と付き合ってるんだからNTRなんてした日には、きっと地の果てまで追いかけまわされちまうよ」
「消去法ってことかよ」
「そんなに蓬川さんが嫌なのか」
「いや、別に嫌ってわけじゃないけど…」
嫌ってわけじゃないし、蓬川さんのことは好きなのだが、僕の中のモヤモヤによって想いを抑え込まれている感じだ。
「じゃあ決まりだ!契りを交わそう」
「契り?」
僕がモジモジしていると、仙田によって勝手に決められた。
今から契りというものを交わすらしい。
仙田は、講義のレジュメを裏紙として使用して、そこに文字を羅列し始めた。
そして、ひと段落つくと大学のコピー機でそれを印刷して僕に見せてきた。
「ほい誓約書!俺たちで協定を結ぼう」
「誓約書って…大げさだな…」
「約束を反故されちまったらつまんねぇからな!それにこういうのあった方が大人っぽくない?」
仙田は、律儀にも僕用と自分用に二部刷っていた。
見出しに大きく「誓約書」と記載して、内容は以下の通りだった。
一、仙田福太(以下、甲とする)は、天城優奈のことが好きであることを宣言する
一、阿合あきら(以下、乙とする)は、蓬川愛子のことが好きであることを宣言する
一、甲乙は双方の恋愛を応援する義務を負う
一、甲乙の恋愛が成功、失敗したときに限り、契約期間は満了とする
下部には、ご丁寧にもサインをする箇所が用意されていた。
「何かそれっぽい…が、逆に幼稚っぽいな」
「もう一々うるせぇ奴だな!ほら、ここにサインして!」
仙田が僕にボールペンを渡して急かしてきた。
もう少しごねてやりたかったが、仙田が煩そうなので穏便に済ませるために渋々二部ともにサインをする。
僕がサインすると、仙田は一部を手にしてまじまじと見る。
彼なりに納得したようで、生協コーヒーを飲んで一服した。
「ふー、これでフェアになったってわけだ」
「お前に勝手に約束させられただけだがな。で、仙田はいつ告白する気なんだ」
「優奈先輩が他の男に取られる前に行動した方が良いと思うんだ。だから…そうだな、来月の最初にある新歓合宿で決めるか」
どうせ、一周目と同様に新歓合宿日だろうと思ったが、予想通りの回答だった。
僕は知らない体で話を進める。
「それはそれで早すぎないか…。それに、百歩譲って花見の件を水に流したとしても、天城さんってまだお前のことあんまり分かっていないと思うから厳しいんじゃないかな」
僕は誰もが挙げるであろう懸念点を出してやった。
「そこであきらの出番ってわけよ。お前って天城さんと初っ端から距離感近いじゃん?だから優奈先輩に俺の良さを吹聴してほしいんだ」
「そんなの、仙田が僕よりもっと天城さんと仲良くなればいいだけの話じゃないのか」
「いや流石にあの一件があるから、いきなり俺からグイグイ行くのは難しいな」
いくら仙田とは言え、気にはするんだなと感心した。
「でも、僕も仙田のことをよく知らないし、お前の良さなんて語れないよ」
仙田のことは一周目で嫌と言うほど理解しているが、敢えて知らないふりをした。
すると、彼は不敵な笑みを浮かべた。
「その点は安心してくれたまえ」
彼は鞄からそれなりに分厚いマニュアルのような冊子を取り出し、僕の目の前に置いた。
「何これ?」
「仙田徹底解剖図鑑だよ。これを使って俺のことを勉強してくれ」
中身を見てみると、ご親切にも仙田の生い立ちについて写真付きで事細かに記載されており、好きな食べ物だとか趣向などの仙田に関する情報が徹底的に網羅されていた。
「お前、この努力をもっと他のところに回した方がいいんじゃないの…?」
僕は仙田の間違ったベクトルの熱意に若干引いてしまった。
やはり、仙田は常人じゃない、変人だ。
「いずれ俺はビッグになって自伝を書く予定だから、これはその前身さ。意味はある。ということであきらだけが頼りなんだ」
どうして彼はここまで自分大好き人間というか、自信家なのか。
「ま、善処するよ」
僕は中途半端な回答によって濁したが、仙田はOKの返事だと捉えたようだ。
「ほんっとーに頼むからな!様子を見て俺も優奈先輩にアタックしかけるから!じゃ、これからフットサルの友達と会う約束してるからそれじゃ!」
彼は天城さん告白大作戦について言い終えると、食べ終えた器が載った盆を片付け、誓約書の一部を自分の鞄にしまってその場を去っていった。
全く、仙田という奴は天城さん以上にマイペースで僕を振り回してくれるな。
それに、作戦内容を聞いてみると、結局僕頼りじゃないか。
しかし、天城さんに告白してフラれることが分かっているから乗ってやるところはあるが、仮にも仙田の告白が成功したら僕はどう感じるのだろうか。
仙田の告白は一回目こそ失敗するものの、二回目には成功している。
これは一回目が仙田単独で天城さんチャレンジをしたから失敗したのであって、僕が力添えすることでもしかしたら一回目で成功する可能性も考えうる。
僕は蓬川さんが好きで、でも天城さんのことも多少なりとも気にはなっている。
蓬川さんには一回フラれているが故に少し熱が冷めているところがあるのだろう。
そして天城さんを恋愛対象として意識して関わってみると、マイペースだが世話焼きで周りに気を配ることができる魅力的な女性である。そんな心境で仙田と天城さんがくっついたら僕のメンタルはズタズタに引き裂かれるのかもしれない。
ましてや、少しばかり見下している仙田の恋愛成就という事実に劣等感を覚えることは間違いない。
いやでも、このどっちつかずの恋愛模様は仙田と天城さんをくっつけることによって、僕が割り切って蓬川さんに専念できる良いきっかけになるのかもしれない。
というか、そもそも僕がセールストークをすることで確度を上がるとは考えにくいな。
考えるだけ無駄だ。
新歓合宿はもうすぐなのだし、それまで思考を放棄しよう。
僕は、仙田に強引に交わされた誓約書を仙田徹底解剖図鑑に挟んで、いつか燃えるごみの日に捨てようと考えた。
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