第12話「僕は騎士なので姫殿下にお仕えしま」

 今、僕はLIFEる!の部室にいる。


 部室には入部届を出した者しか入ることが許されない。


 僕は一刻も早く部室の出入りを自由に行いたいので講義の終わりに入部届を出しに来た。


 今の部長は三年生の足立さんなのだが、彼に入部届を出したいと連絡したら「あー、部室に置いてくれたら都合の良いタイミングで取りに行くから好きに入って良いよ」と返ってきたのでまだ部員じゃないが勝手に入ることにした。全く杜撰な体制である。


 一周目では初新歓イベント早々に仙田とともに酔いつぶれたこともあり、顔向けしにくい理由で入部を渋っていたが天城さんから「入らないの?入ってほしいな。入るよね」と強引な勧誘LINEが飛んできたのを機に入部した。恐らく五月初旬に行われる新歓合宿前だったような。


 部室にはゲーム機、書籍、ボードゲームなど娯楽に事欠かないように暇潰しに最適な環境が部員たちによって実現されている。僕も下宿にあった本たちを部室に寄付していたものだ。


 部員たちの出現頻度は多い順に僕、天城さん、仙田、蓬川さん、伊那谷さん、明神池さん、足立さん、になる(あくまでも独断と偏見だが)。


 基本的に兼サーをしている部員が多いので、空き時間に立ち寄るという人がほとんどだ。


 僕だけは他のサークルに入部していないので必然的に出没しやすくなるのだ。


 僕は他のサークルにも後々入部しようと考えてはいたが、後回しにし続けた挙句にはここで内輪の盛り上がりを楽しむだけで満足だという結論に至った。


 部室には誰もいなかったので、僕は部室内を物色し始める。


 大体の漫画、小説は読みつくしたし、ボードゲームに関しては一人でするのも虚しいというか一人用のものがない。


 ゲームの二周目でも興じようか。


 最新ゲーム機でレトロゲーで死にゲーの超魔〇村を起動する。このゲームは久しくプレイしていなかったので、ステージは凡そ覚えているが勘を取り戻すのに時間はかかりそうだ。


 僕はテレビの前に設置されているソファに座って一人で黙々とゲームを進めていく。


 リスポーン地点目前でレッド〇リーマーに殺されたときには「これ作った奴性格悪いわ」と小言を洩らし、宝箱から魔物が出てきたときには「はいはい、赤ちゃんに変えるんでしょ?バブバブ」と言ってキャラクターが赤ん坊に変身させられて身動きが取れなくなった瞬間にコントローラーを置く。ゲーム機を破壊しようと思わないだけ寛容な心を持っていると自負している。


 そんなゲームとの応酬を繰り広げていると部室のドアが開き誰かが入ってきた。


 顔を確認すると、蓬川さんだった。


 途端に動揺する。


「あきらくんもいたんですね。入部届出しに来たのですか?」


「そ、そうそう。今の時間は空きコマだからここで時間潰しているんだ」


「一緒だ!さっきのコマって何の授業でした?」


 蓬川さんは僕が先に置いた入部届の上に重ねるように自分の分も置いた後、僕の隣に腰かける。


僕の心臓の鼓動は一層早まった。やはり蓬川さんには慣れない。


「えーと、赤井さんの宗教学だね」


「わー一緒だ!私もさっきまでその講義受けてました!一緒の講義室にいたのに分からなかったな…」


「僕は前らへんに座っていたけど、受講生もいっぱいいるから分からないよね」


「そうですよね…でも一度にあんな大勢の学生が講義受けるのって大学感ありますよね。本当に大学生になったんだなーって」


「大丈夫、あそこからどんどん受講生減って

いくよ」


「え?そういうものなのですか?でも毎回出席あるし、ちゃんと来ないと単位貰えないんじゃ」


「いや、学生証をカードリーダーにかざせば出席扱いになるから代理を頼めばわざわざ来なくても大丈夫なんだよ。それにこの授業、楽単だしね」


 僕は得意げに語った。


 知識をひけらかして承認欲求を満たしたくなるこの性はどうにかならないものか。


 蓬川さんはフンフンと話を聞いて、いかにも初めて耳したかのように感嘆の声をあげた。


「あー確かに!あきらくん頭良い!何だか上級生みたいに物知りですね」


「え、あ、そ、そう。全部天城さんから訊いた話だよ。僕も初めてだし分かんないことばっかりだよ」


「でも良かった!講義まで一緒で安心です!」


 またボロが出かけてしまい、適当な言い訳で取り繕う。


 まあ、大体の新入生は新歓のときに上級生から受講の極意を伝授されているはずなので、知らない方が珍しいのかもしれない。


 そして、これは好機だと考えた。


 蓬川さんが同じ講義を受けている。


 一周目では、蓬川さんに一緒に授業を受けないかと提案する機会を逃し、誘う頃にはもう二年生の前期で授業を受けるメンツが確立していたので、誘うにも誘いにくかったのだ。


 一緒に受けないかと誘うものなら、蓬川さんから「え、あきらくんって授業を一緒に受ける友達いないんですね…。見損ないました」と言われて失望の眼差しによって脈なし宣言をされるのは容易に想像がつくだろう。


 だがしかし、今ならまだ友達作り期間で、グループが形成され始める頃なのでまだ間に合う。


その上、同じサークルのよしみで誘ったという口実ができるので下心を感じさせないはずだ。


「あの…も、もし、良ければ次から講義一緒に受けない?」


 僕は蓬川さんの顔をちらりと窺う。


 彼女は困った表情だった。


「ぜひ一緒に受けたいんですけど…。実はもう同じ学部の友達と一緒に受けるって約束しちゃってて…」


 お断りの返事を頂いた。


 僕の僅かな期待はいとも容易く打ち砕かれた。


「そっか…。いやいやいや、全然気にしないで!同じ学部の子の方が大事だよ」


「ごめんなさい…あ、でも他に共通科目で被っているのあったら、一緒に受けましょ!」


 蓬川さんは思いがけない提案をしてくれた。


 僕の心は踊った。


 陰鬱な感情が希望へと塗り替えられる。


「い、いいの?蓬川さんが良ければ、僕なんて誰とも受けてないからお供したいよ」


 僕たちはお互いのスマホから時間割表を確認する。


しかし、共通科目で被っているのは宗教学の他にスポーツと健康の科学すぽけんしか見当たらなかった。


蓬川さんは落胆した様子を見せる。


「他に被っているのは五限のスポ健ですね…。実はスポ健、取るには取ったんですけど、丁度その時間帯がバイトのシフトと被っちゃってて…。残念ですが一緒に受けられそうにないです…」


 満ち溢れていた希望が決壊して消えていった。残念だが、仕方がない。


 僕は、彼女を庇うように言った。


「スポ健って三回のレポート提出で百パーだったよね。出席が必須ってわけじゃないもんね」


 実のところ、出席確認がないスポ健の講義をまともに出席している受講生は少ない。僕もサボる気でいた。


 先輩から提出したレポートを貰って文言を所々いじって提出するとか、例年と同じ内容の課題か不安であればレポート提出〆切の週にある講義に参加すれば大方どのような内容を書けばいいか分かる。


「でもこれ、レポート提出一回目が今月末にあるってこの前のガイダンスで言ってたな」


 僕はぽつりと呟く。一回目の提出だけなぜか異常に早いのだ。


 その小言を耳にして、蓬川さんは不安そうな表情を見せる。


「そうなんですか!?ガイダンス出席できてなかったから知らなかったです…。どうしよう、私何も書けないかも…」


 彼女はレポート提出系講義の攻略法を知らないらしい。


 弱弱しい彼女を見ていると守ってあげたくなる。


 レポート課題を一緒にするという口実で、会う約束を漕ぎつけようか、そうでなくても代わりに僕が蓬川さんの分の課題を仕上げてあげよう。


「それだったらさ…」


 僕が蓬川さんに提案しようとしたそのとき、僕のスマホから滅多にならないはずの着信音が鳴った。


 水を差してきた相手を確認すると、仙田だった。


 僕は軽く舌打ちをして、通話ボタンを押す。


「あきら!?緊急!今から来れる?俺の人生に関わる案件だ」


 仙田が焦ったような口ぶりで、まだの僕に招集をかけてきた。


「おい、いきなりなんだよ。それにお前とそんな仲良くなった覚えはないぞ」


「いいから、十分後に大学の食堂な!じゃ!」


 仙田は問い詰める間もなく集合時間と場所だけ伝えるとすぐに電話を切った。


 十分以内に食堂に行くとなると、すぐに出発しなければいけない。


 そもそも緊急で仙田の人生に関わる案件ってなんだ。


 僕も自分の人生がかかっているんだ。


 もしかしたら蓬川さんルート攻略のために必須なイベントを仙田によって破壊されかけているのではないか。


 一周目では仙田からの緊急招集というイベントはなかったので、仙田イベントを無視しても仙田が死ぬわけではなかろう。


 しかし、仮にバタフライエフェクトというものがあって、一周目とは違う行動を取ったせいで、本当に仙田の身に危険が及ぶことだって考えられうる。


 その場合は、イレギュラーな行為をした僕に責任があるのではないか。僕のせいで大事件が発生して仙田に何かあったのなら後味が悪い。


 考えた挙句、情に厚い僕は仙田を取ることにした。厄介ごとは御免だ。


 僕は雑に置いていたリュックサックを手に取って背負う。


「ごめん、ちょっと野暮用があって席外すね」


 蓬川さんにそう告げて、僕は部室を後にした。


「えっ…?ちょっとあきらくん?」


 部室にはキョトンとした顔の蓬川さんだけが取り残されていた。

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