第32話 一件落着?

 僅かな沈黙を挟み、皆は泥と傷に塗れた体を支え、立ち上がる。

 皆は口々に自己紹介を交えつつ柚迩ゆにへ礼を述べた。


「私はミコンの同級生のレンと申します。ありがとうございます。柚迩ちゃん師匠。おかげで助かりました」

「わんずはラナ。だいかありなん、柚迩ちゃん師匠」

「俺はエルマって言います。柚迩ちゃん師匠、すごいっすね。ちっちゃいのに」

「私はネティア=ミア=シャンプレン。命を救っていただき感謝します。柚迩ちゃん師匠」


「私たちはネティア様のおつきです」

「助けてくれてありがとうございます」

「この御恩は必ずお返ししますね」


「「「柚迩ちゃん師匠」」」


「うん……なんだかわかんないけど、柚迩ちゃん師匠が定着してるね。まぁ、それはいいとして、そこの槍娘!」

「へ、俺?」

「ちっちゃい言うな! ちっちゃいけどさ」

「あ、ごめんなさい」

「ふふ、ま、みんな元気そうね」


 

 柚迩は全員に大事ないと判断し、先生らが戦闘を行っている方角へ顔を向ける。


「うん、あっちの戦闘も止んだみたい。これでようやくゆっくり話ができる。それにしてもミコン。面倒な奴に興味を持たれちゃったね」

「はい、そうですね。七色さんは私のストーカーになるつもりでしょうか?」

「あはは、大変。ま、そのことは他の司書に釘を刺しておくとして。私は先生方に挨拶をしてから、本来の目的だった話を――」


 ここで素早く柚迩の言葉に割って入るミコン!

「あの! 柚迩ちゃん師匠!!」


「ん、なに?」

「助けてくれてとても嬉しいです。でも、お忙しいのでしょう! お兄ちゃんへよろしく伝えておいて下さい! では、また、今度!!」

「あのさ、勢いで私を追い返そうとしてるけど無駄だからね。あんたにお仕置きしないといけないし」


「だから帰ってほしいんです! なんで柚迩ちゃん師匠が来るんですか!?」

「折角会いに来てあげたのにそういうこと言う?」


「お仕置きがなければ歓迎しますよ! ああ~もう。ぷにぷに村から離れてるからおしおきなんてないとおもってたのにぃぃぃぃいい!」

「世の中そんなに甘くないよ~」


「にゃぎぎ、何もよりによっておばあちゃんの次に怖い柚迩ちゃん師匠が来ることないでしょうに……」

「面と向かって怖いとか言わないでよ。だったら、代わりにあんたの兄貴にお仕置きを任せようか?」


「それは絶対に嫌です。私がお兄ちゃんを殺しかねないので!」


 赤黒い気炎を纏うミコン。

 その殺意は本物。

 ラナが恐る恐る尋ねる。



「ミコンはお兄ちゃんのことだやなん?」

「いえいえ、嫌いではありませんよ。殺したいほど憎いだけで、ニャフフ」

「ひっ!」


 笑顔に込められた殺意にラナは小さな悲鳴を上げた。

 彼女を庇うようにエルマが声を被せる。

「おいおいおい、やめろよ。その殺意。まじこえ~から。ってか、兄貴に向かってなんでそこまでの殺気を抱けるんだよ?」

「はっ! それは私の大切なキビヤックを盗み食いしたからですよ!」

「ぬすみぐい? なんだそれ? どんな食い物か知らねぇけどよ、そんなことくらいで兄貴に殺そうとするなよ」


「いえ、殺されて当然です!!」


 この声を上げたのはネティア。

 ネティアは先程での戦闘で見せた以上の殺気と気炎を纏い、ミコンへ尋ねる。


「キビヤックというと、あの伝説の発酵食品ですね!」

「ええ、そうです。川アザラシの腹を裂き、内臓と肉を掻き出して、代わりに羽を毟らずそのままの形で川鳥たちを詰めて発酵させる食べ物」


「ゴクッ、伝説の発酵食品があなたの故郷に……何年物でして?」

「三年ものです」


「さ、三年!? 発酵が最高に高まった頃合い! それを盗み食いされたのですか!?」

「そうですよ! 私が丹精込めて作り上げたキビヤックなのに! お兄ちゃんはそれを!!」

「たしかに、それならば殺されても文句は言えませんわね!!」



 何故か、わかり合う二人。

 レンがキビヤックについて疑問の声を上げる。

「なんだか二人とも盛り上がってるけど、美食家の二人があれだけの声を出すなんて。私は川アザラシなんていう生き物すら知らないけど」


 すると、キビヤックの一端を知る柚迩が答えを返してきた。

「ミコンの故郷ぷにぷに村の近くの川には、川アザラシっていう皮下脂肪たっぷりな哺乳類がいるの。それを使った発酵食品。話によると結構な珍味みたいだよ。食べたことはないけど、私も海に棲むアザラシのやつは知ってる」


「海にもいるんですか、そのアザラシという生き物は?」

「私が住んでたところにはいたけど、こっちにいるかまでは。どっちも見た目は結構キュートで可愛いよ」

「そうですか、一度見て見たいものです。さて……ミコン、ネティア!」



 レンはキビヤックの話で盛り上がるミコンとネティアの会話に両手を叩きながら割って入る。

「話はそこまで。ネティアとラナは怪我を負ったエルマと三人を先生のところまで届けて。私とミコンが授業中止を他の生徒へ伝えるから。ま、これは他の先生方に任せてもいいんだろうけど」


「レンちゃんの言うとおりですが、手が空いている私たちも協力しましょう」

「申し訳ありません、レンさん。怪我をした彼女たちを雨に打たせたままにしては置けませんので、お言葉に甘えさせていただきますわ」


「ああ。あとは~……柚迩ちゃん師匠は?」

「先生方と話をしに。ミコンのことがあるし」


「げっ!」


「そこ、げっ、とか言わない!」

「だって~」

「文句を言ったってお仕置きは無くならないからねぇ。じゃ、またあとで~」


 柚迩は先生たちがいる盆地へ向かう。

 その後ろにネティアが続き、三人娘、ラナが続く。

 ラナの後ろには、体を揺らすエルマ。


 レンがエルマを支える。

「大丈夫?」

「ああ、なんとか。はぁ、思いっきりいいの貰っちまったなぁ」


 そう言って、彼女はササメから掌底を受けた腹部をさする。

 その痛みは勇気を持ってササメへ立ち向かった証。

 そんな彼女の姿を見て、レンの脳裏にはササメの言葉がよぎった。



『一言で言えば、将来性があるのは君よりも槍使いの子と言うことさ』


「――黙れ」

「へ?」

「い、いや、何でもないよ。一人で先生のところまで行ける?」

「もちろんだよ。じゃ、またな、レン」



「……ああ」


 手を上げるエルマへ、小さな返事を漏らすレン。

 彼女はエルマから視線を外して、ネティアの姿を瞳に映し、次にミコンを映す。


(みんな、才のある人たちばかりだ。私には何もない。父や姉と比べることもできない凡人。その凡人へいずれ才ある彼女たちが追い付き、追い越され、置いて行かれる――馬鹿なことを考えるな! 今は努力を重ね続けろ、そうすればきっと!!)



「レンちゃ~ん! 私たちも行きましょう~!」

「あ、ああ、そうだね」


 レンはミコンのもとへ歩く。

 小さな影を背負い……。



――課外授業


 知を収集していると言われる図書館の司書ササメの介入により、授業は中止となった。

 しかし、成績そのものは別の形で評価するということになり、ミコンは大いに安堵。

 

 また、この騒動により、いくつかの謎や問題が浮上した。


 それはミコンの隠された力が他者へ知られたこと。

 その力の内容までは知られていないが、少なくとも彼女が何かしらの力を宿していることをミコンの友人や図書館に知られてしまった。


 さらにネティアの過去――彼女は人の命を奪ったことがあると告白。その内容まではわからない。

 

 これらに加え、レンの心に潜む影がゆっくりと鎌首をもたげ始める。



 だからといって、これらの困難にくじけるようなミコンではない!

 これから先も楽観主義人生全開で困難を「にゃ~はっはっは」と猫の笑いでぶっ飛ばし、大魔法使い猫の子ミコンとして名を馳せるべく、レモンイエローの猫の瞳に鬱陶しいくらい明るい未来を映し続け、ミコン=ペルシャはひたすら前へと歩んでいく。

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大魔法使い(予定)・猫の子ミコン~現代魔法は苦手だけど、破壊力抜群の古代魔法は得意なんです~ 雪野湯 @yukinoyu

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