第31話 柚迩ちゃん師匠

 ミコンの前に立つ、背格好は十二歳前後の幼い少女。

 長く黒い髪を持ち、先端はウェーブを描く巻き髪。

 髪と同じく黒の瞳を持つ。


 多用なフリルのついた薄紫のローブの上に、同じくフリルのついた濃い紫の服を重ね、首元には純白のリボン。

 頭には、キク科である淡い桃色のガーベラの花がついたカチューシャ型のヘッドドレス。


 まるでドレスを纏う人形のような少女は小さな拳を前に出す。

 その彼女へ、ミコンが声をぶつけた。


柚迩ゆにちゃん師匠! 助けに来てくれたんですか!? 嬉しいです!!」

「え、違うよ」

「はい?」


「あんた、ネベロングさんの道具を勝手に持ち出したってね。だから、代わりにお仕置きに来ただけ」

「帰って下さい! お帰り下さい! 今すぐ帰れ!! さぁ、帰れ!」


「ほ~、そんな悪い口を叩くのはこの口かなぁ~?」



 柚迩ちゃん師匠と呼ばれた少女はミコンの両ほっぺをぐにーっと引っ張り伸ばす。

「いふぁいいふぁいいふぁい、ごめんふぁさい。ごめんふぁさい 。ふぁからやめてふらふぁい」

「おまけにあんた、使っちゃいけない技を使ったでしょう」

「つかってふぁへんよ!」

「嘘つきめ! 他の人にはわかんなくても私にはわかるんだよ。このこのこの!」

「いふぁいいふぁい、ふもう、やふぇてぇぇえぇぇ!」



 この二人の姿を目にして、地面に突っ伏していたエルマが少し顔を上げて言葉を漏らし、それにレンが返した。

「おいおい、敵の前で背中を見せるってヤバいだろ」

「いや、問題ないよ」

「え?」

「彼女には全くの隙がない。凄まじい、使い手だ……」



 ミコンの頬をつねり、お馬鹿なやり取りを行っていても、柚迩ゆにの背中に隙などなかった。

 だからこそ、ササメは動けず、二人のやり取りをただ見ている。

 ササメは柚迩へ問い掛ける。



「君が、あの柚迩ゆにか。噂はかねがね」

 柚迩はミコンの頬を放して、ササメに向き直ると腰に手を添えて体を傾ける。


「ども、初めまして。他の司書とは会ったことはあるけど、あんたは初めてだね」

「はい。図書館の司書、ササメと申します」

「ササメね。司書の中でも遊びが過ぎるって、瓶底眼鏡さんから聞いているよ」


「メラーレンか。もしかして、ここへ都合よく現れたのは、彼女が?」

「そ、司書の七色野郎が勝手な行動をとるかもしれないってね。七色野郎って何かと思ったけど、髪の色だったんだ」


「メラーレンめ、余計なことをっ」



 爪を噛むササメ。

 レンは柚迩へ疑問を投げかける。


「同じ図書館の司書が、あなたに情報を?」

「うん、そゆこと」

「そのメラーレンという方はどうして仲間を売るような真似を?」


「こいつらって仲間意識が希薄だからね。みんながみんな好き勝手やってる組織だし。館長と呼ばれる人の命令意外、基本自由。んで、その瓶底眼鏡のメラーレンさんは七色野郎さんの行動を嫌って私に情報をくれたの」

「そうなんですか。内情が見えにくい組織ですね」


「そうね。さてと……」


 柚迩は身の内から粘り気を帯びた殺気を生む。

 それは助けられているはずのレンやミコンの肌さえも粟立つ恐怖。

「妹分に手を出してくれちゃって。どう落とし前つけてやろうか?」

「ふふ、落とし前か。つけられるかな?」



 ササメは視線を瞬刻の動かし、柚迩以外の存在を瞳に映す。

 それに対して、柚迩は小さく眉を跳ねた。


「せこい奴」

「はは、僕も死にたくないからね。だけど、噂の柚迩さんを前にして、ただ、終わりにするのはもったいない。噂通りのものか! 試させててもらう! 貫颯かんはやて!」


 不意に数十を超える風の矢が生まれ、それらは柚迩へ向かう。

 柚迩は薄く笑い、同じく風の矢を生んだ。



「ウインドアロー!」


 無数の風の矢と風の矢がぶつかり合い、空気を引き裂く音が鼓膜を痛みに覚えさせる。

 柚迩の魔法を見たネティアが声を震わせる。



「な、なんですか、今の魔法は? 私たちとは全く別の術式。レスルの反応すらないなんて……」


 彼女の疑問に、ミコンが痛めた頬を撫でながら答えを返す。

「柚迩ちゃん師匠はなんだかよくわかんない魔法を使うんですよ。しかも、魔力の発現にレスルを使用することなく、別次元から産んでるとかなんとか」

「は? なんですの、それ?」

「さぁ~?」


 尻尾ではてなマークを作り、頭上にもはてなマークを飛ばすミコン。

 彼女では話にならないとネティアは柚迩へ視線を振るが……。



「世界にはいろんな力があるってこと。あんまり深いこと考えちゃ駄目よ」

「ですがっ」

「気になるなら、一生懸命学ぶこと。学生の本分でしょ」

「学んでわかることなんですか?」

「さぁ、そこまでは? でも、学びを諦めたら届かないよ」



 そう言葉を残し、ササメへ顔を向ける。

「とまぁ、魔法は不得手だけど、あんた程度の相手なら十分やり合えるよ。それに本職の拳もあるしね」


「不得手……はは、こう見えても魔法には自信があったんだけど……そうか、これは勝てそうにないな。退いてもいいかな?」

「ええ、お好きに」


 これにレンが不満を唱えた。

「逃がすのですか? あなたの実力はササメを上回っているのでしょう!」

「一対一ならやりやっても良かったけどさ、人質がいる状況じゃちょっとね」


「人質?」


「あんたたちのこと。これ以上追い詰めたら七色野郎さんはあんたたちを盾に凌ぐつもり」

 先程、ササメが瞳を動かしたのは、柚迩への脅し。

 柚迩が命を奪いにくるならば、幾人かの命を巻き添えにすると……。

 それを知ったレンは悔し気に声を落とす。


「わ、私たちが足手纏いになっていると……?」



 柚迩は言葉を返さず、僅かに眉を折ることで答えを返す。

 己の情けなさに拳を握るレンから柚迩はササメへ顔を戻した。


「人質は取られてるし、かといって本気で逃げる七色野郎さんを追いかけるのは大変そうだし。だから、ここでおしまい」

「ふふ、あなたから逃げることのできる実力を持っていた自分が誇らしいよ。それでは――」


「待ちなさい。一つ、質問に答えてもらう」

「なにかな?」

「ミコンを狙った理由は?」

「興味本位だよ。猫の一族の中でもニャントワンキル族は秘密が多い。だから、その秘密がどんなものか知りたかった。そして、結果、実に興味深かった。魔導生如きが僕の視界から消えるなんて。一体どんな技を使ったのか……」


 ササメは自分の瞳から完全に姿を消して、突如目の前に現れたミコンを思い起こす。

 そしてそれを行ったことを感じ取った柚迩はミコンへ問い掛ける。


「やっぱり、使ったんだ?」

「すみません。でも、ズラしてませんよ」

「そこまで聞いてない。しゃべりすぎ」


 この奇妙な会話にササメは眉を顰めた。

「ズラす?」

「秘密。ほら、帰った帰った!」

「フフフ、どうやら彼女にはまだ秘密があるようだね。では、失礼するよ」

 

 ササメが紳士の如く左手を前にして腹部へ当て、右手を後ろに回し会釈した。

 すると、姿がぼやけてもやとなり、消えた。

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