第30話 知識を収集する者――図書館の司書

 とつとして現れた、図書館の司書を名乗る者――名はササメ。

 ミコンは疑問を言葉として表す。



「図書館の司書さん? なんでそんな人がこんなところに?」

「ミコン、図書館は秘密結社の名前。司書はその中の幹部だ」

「ひ、秘密結社!? なんですか、その男の子の心をくすぐりそうなワードは?」


「彼らは世界中の知識を集めて独占しようとしている組織だ。これは表に出ない情報だからミコンが知らなくても仕方ないよ」

「レンちゃんはご存じなんですね?」

「ああ、父と姉から少しだけね」



 そう言って、レンは剣先をササメへ向ける。

 向けられたササメは両手を軽く上げて大仰に首を振った。

「知識を集めてるのはたしかだけど、独占するつもりはないんだけどなぁ~。むしろ、開放したいと思ってるんだけど」

「多少情報に差異があったとしても、あなたが私たちに敵対行動を示したことには変わりない。この騒動、あなたですね」


「うん、そだよ。楽しめたかな?」

「目的は?」

「暇つぶし」

「何?」

「と、そこの子猫ちゃんに興味があってね」


 ササメはミコンを見つめ、くすりと笑う。

 それに対してミコンは片手を前に出し左右に振る。

「すみません、好みじゃないんで求愛はお断りさせていただきます。特に服の趣味が……真っ青のスーツはちょっと……」

「おや、残念。そして、服装を否定されるのはちょっとショック」



 軽く肩を落とすササメへネティアが真意を問いかける。

「ミコンが狙いと仰いましたが? その意図は?」

「僕はニャントワンキル族に興味があってね。彼らは秘密主義だから滅多に情報が表に出ない。だから、知を収集する図書館の司書として大変興味がある。特にミコン=ペルシャはあの魔女王の血筋だと聞くし」

「ミコンが、魔女王の?」


 ネティアの瞳がミコンに寄る。いや、ネティアだけはなく、レンやラナやエルマたちの瞳も。

 しかし、当のミコンは――。



「いえ、私の里の猫たちはみ~んな魔女王所縁ゆかりの者たちばかりなんで、大層なものじゃありませんよ。というか、世界中の猫の獣人や猫たちは皆さん魔女王がルーツですし」

「なるほどなるほど。数多の世界、宇宙のあちらこちらに猫が存在し、全てはニャントワンキルの魔女王がルーツと言われているけど、それは真実というわけかな?」


「ま、そんなもんです。とはいえ、伝承ですし、どこまでが真実かはわかりませんがね。で、結局のところ、あなたは何がしたいんです。こんなバカげた騒動を起こして?」


「だから言ったろう? 暇つぶし」

「暇つぶしで、私たちを傷つけようとしたと?」

「プラス、君という存在がどんなものか見たかった。そして、結果だけど、なかなか興味深い魔法を見せてくれた。水から水素と酸素を分離するなんて……」


 この言葉に、ミコンのしっぽは山の形を取り、警戒を露わとする。

「私たちの知識の一端を知っているんですね」

「フフ――錬金術。いや、科学」

「っ! なるほど、詳しいようで」

「だけどそれは、ニャントワンキルのものじゃない」

「え?」

「ふふふ、君は何も知らないようだ。さて、どうしようかなぁ~」



 ササメは数歩ゆらりと前へ歩き、課外授業のゴール地点へ目を向ける。

「ふむ、先生方の処理はもう少しかかりそうだね。ふふ、なら、まだ暇つぶしができそうだ」


 この言葉を最後に、ササメが纏う雰囲気ががらりと変わる。

 闇に蕩けるような殺気がぬらりとミコンたちを包み、全身を粟立たせる。

 それでもレンは剣を強く握りしめて、エルマへ声を掛けた。

「エルマ!」

「わかってる!」


 レンとエルマは一気に間合いを詰めて、ササメへ斬りかかった。

 剣が肩から腹へ掛けて斜めに両断する。

 高速で突いた二段の槍が腹部を穿つ。


 しかし――


 刃先は揺らぐ影を切り捨てただけで、質量を伴わない。

 レンとエルマは冷や汗に全身を溺れさせた。

 レンは一早く後ろへ退こうとしたが――


「あまいなぁ~」


「がぁ!」

「ぐへ!」


 いつ飛び込んだのか――ササメは二人の懐に潜り込み、腹部に掌底を放っていた。

 二人は衝撃に負けて身体をくの字に折り、エルマはそのまま泥水へ身を落とし、苦痛に顔を歪めている。



 レンは何とか剣を構え直すが、片膝を地面についてしまう。

 そんな哀れなひよっこたちにササメは微笑む。


「ほ~、そんな気力があるんだ。剣姫様、なかなかやるね。だけど、興味深いのは槍使いの女の子の方かな?」

「何?」

「腕は剣姫様の方が立つけど、つまらない。実直過ぎてね。一方、槍使いの子は、ほら、見てごらん」


 ササメは左手を上げて、肘を見せた。

 そこにはかすり傷がある。


「僕が反撃に転じた瞬間、剣姫様は後ろへ飛び、衝撃を最小限に抑えようとした。実に賢いし、反応できるのも素晴らしい。だけど、槍使いの子は避けるのは無理と判断し、無謀な攻撃に出た。無謀だ。実に無謀だ。だけど……評価に値する」

「それがなんだというんだ?」


「そうだねぇ、一言で言えば、将来性があるのは君よりも槍使いの子と言うことさ」

「このっ」



 レンは怒りに顔を染めた。

 それにササメは眉を跳ねる。

「おや、プライドを傷つけてしまったかな? それとも、自分の力に疑いでも?」

「黙れ!」


 レンの激昂――この短い一言でササメはレンの心を覗き見る。

「なるほどなるほど。わかるよ~、辛いよね~。優秀な父に姉を持つと、背中が遠すぎて」

「黙れと言っている!!」


「おお、こわっ。ま、どっちも面白そうだし、刈り取るのはまだ先にしておこう。今は休んでいてくれ」


 ササメやニヤリと粘着ねばつく笑みを見せて、右手に魔力を宿す。

 そこにネティアの声が響き渡った。

豪炎ごうえん!」


 巨大な業火がササメへ向かう――だが、ササメは笑みを消すことなく、ネティアと同じ言葉を返す。

「豪炎……」


 ネティアの放った炎よりも巨大な炎がササメの右手より解き放たれ、それはネティアの炎を飲み込み、彼女を業火に包み込もうとした。

 ネティアはそれに対応できない!

 そこに影が割って入る。


「まかせて!」



 影の正体はラナ!

 彼女が結界を張り、業火よりネティアを守った。


「ぐぐ!」

 

 しかし、魔力の凝縮された炎の熱は結界を溶かしていく。

 ラナは歯を食いしばり、結界を維持しよう耐える。

 後ろからはネティアが叫び声を上げる。


「お止めなさい! このままじゃ、あなたまで!」

「大丈夫、これくらいぃぃぃいぃいい!」


 悲鳴のような声を上げるラナに、ササメは笑う。

「あははは、頑張るねぇ。さ~ってどうしよっかなぁ? 弱い者いじめは趣味じゃないけど、悲劇は大好きなんだよねぇ~。そうだ、君を暇つぶしのエッセンスにしよう」



 ササメは舌先で下唇をねぶる。

 唾液に光る唇に秘められた感情は殺意。



 それをミコンは離れた場所で見ていた。

 彼女はササメから最も遠い位置にいる。

 

 レンやエルマが痛みに声を漏らしても、ネティアが爆炎に飲まれようとしても、ラナが死に包まれようとしても、彼女からは距離があり過ぎた――だからこそ、ミコンは薄っすらと笑みを浮かべる。



(ササメは私からの攻撃は遠いと意識の外に置いた。そして、みんなもラナちゃんに意識を集めている。なら! イケる!!)



 ササメは右手にもう一つの火球を生む。

「ははは、友を失った君たちがどんな反応を示すか楽しみだよ。呆然とするのか? 怒りに狂うのか? 泣き叫ぶのか? フフ、それじゃあ!!」



――調子に乗らないでください!!――



「へ?」


 ミコンが突然、ササメの懐に現れた。

 ササメの思考は混乱の渦へ投げ込まれる。


(馬鹿な! 彼女との間合いは攻撃圏外。それを一瞬にして詰め寄られ、僕の目に捕らえられないなんて! しかも、この気配!! ヤバい!)


柚迩ゆにちゃん師匠直伝! 龍風巌りゅうふうげん振揺盪滌しんようとうげき!!」



 巨大な気を纏った拳がササメの左横腹を捉えた。

 ササメは衝撃に押され、遥か後方へ吹き飛ぶ。


「ぐあぁぁあぁ!」


 辛うじて地面に倒れることなく、地に立ち、ササメは自身の右手を見つめた。

「咄嗟に魔力を宿した右手で拳を受け止めたけど――痺れて、しばらくは使いものにならない。今のは発勁はっけいたぐいか。体内エネルギーである気を拳へ伝わせて衝撃として放ったんだ――はっ!?」



「お逝きなさい! 神雷かむらい!!」


 ササメの体ごと飲み込む巨大な雷が落ちた。

 これを放ったのはネティア!


 大気に痺れが伝わり、皆の皮膚の毛を逆立てさせる。

 焦げ臭さの残る隙間から、ササメは大きく息を漏らした。


「はぁはぁ、結界が何とか間に合った。なんなんだこの子たちは!?」


 ササメはミコンを見る。

 彼女は一瞬にして間合いを詰めて、臓腑ぞうふを抉る拳を放った。

「あれが腹部に当たっていたら、今頃僕の内臓は腹部内で液状化していた……」


 ゆらりとネティアへ瞳を寄せる。

「神の名を冠する最大級の雷撃魔法。魔導生如きが? 当たっていれば、確実に……この二人、命を奪うことにためらいがない! 君たちは学生だろう! どうして、ここまでの覚悟を示せる!」



 ミコンは答える。

「あなたはラナちゃんの命を奪おうとしました。それは絶対に許せないこと。私は友達の命を守るためなら命を奪うことも厭わない!」


 ネティアは答える。

「はぁはぁ、敵が人であればためらいを見せたでしょう。ですけど、屑に相手にためらいなどありませんわ!」



 二人の声を聞いたササメは、ミコンへ視線を振ってからネティアを黒の瞳に取り込んだ。

「子猫は友の想いに触発されて……だけど、貴族のお姫様。君が見せた殺気……君は、人の命を奪ったことがあるね」

 ササメの言葉に、皆の視線がネティアに集まる。

 ネティアはこう答えを返す。


「ええ、ございますわ。それが何か?」

 


 肯定の言葉に、誰もが驚きに身を包む。

 ミコンがネティアへ問う。

「訳ありで?」

「ええ、まぁ。ですが、感情に呑まれた部分もあります……いえ、大部分がそれでした。ですが、後悔はありません」

「そうですか。なんにせよ、分別あるのなら問題はありません」

「フフ、あなたの割り切りよう。とても評価できる。ですが……」

(ですが、同時に怖い……)



「ネティア?」

「なんでもありません。無駄話もこれまでにして、そろそろ終わらせましょう」



 ミコンは拳を構え直す。体力魔力共に有り余り、気力は十分。

 ネティアは魔導杖まどうじょを握り締めるが、ミコンとは違い、体力を消耗して肩で息をしている。先ほどの魔法で魔力もまた枯渇しかけている。

 それでも、戦いへ望む心は折れていない。


 二人の姿を目にして、ササメは片手で顔を包み、天を仰いだ。


「あ~困ったなぁ~。暇つぶしだったんだけど、ちょっかいを掛けるだけじゃ済まなくなっちゃったなぁ。貴族のお姫様の覚悟は僕の心を震えさせるし、子猫ちゃんの技は気になるし。どうやって、僕の目を盗み懐に飛び込んだのか、それが知りたい。う~ん……」



 ササメは人差し指で二度自身のこめかみを叩くと、こう言葉に出した。

「よし! 他の司書に怒られるけど……ミコン、君を攫っちゃうことにした」

「は?」

「お姫様も気になるところだけど、ニャントワンキル一族には色々謎がありそうだ。謎は大きい方が楽しそうだしね。というわけで、一緒に来てもらえる?」


「行くわけないでしょう! だいたい、そんなこと簡単にできると思っているんですか?」

「そうですわよ。あなただって、今ので相当の手傷を負ったはずでしょう」


「ははは、だね~。でも…………」



 ササメは言葉を止めて、全身から魔力の溶け込むかすみのような殺気を産み出す。

「これ以上、傷を負わなければいいんだから、問題ないよ」


 殺気はミコンたちの心を恐怖に震えさせる。

「な、なんて馬鹿げた魔力なんですか!?」

「なるほど、これがあなたの本気というわけですね。ですけど、まもなく先生方がこちらへ来るはず。それまで――」


「あははは、残念だけど、それは無理。来い!」


 ササメの呼びかけに二つの巨影が空から落ちてきた。

 巨影は大気を鳴動させる遠吠えを上げる


「「がぁぁあぁあぁぁあっぁぁっぁ!」」



 この声にミコンとネティアは言葉を上擦うわずらせた。

「うっそ、ここで合成獣キメラが二体追加と来ますか!?」

「こ、これは、少々厳しいですわね」


「ふははは、さぁどうする? 僕とワンワン二体相手に友達を庇いながら戦えるかなぁ~?」

「クッ!」

「友達が大事なら、子猫ちゃん。大人しく僕と一緒に来た方が――」




――龍風巌りゅうふうげん振揺盪滌しんようとうげき!!――




 突然、声が響き、二体の合成獣キメラの身体が肉片を残すことなく吹き飛んだ。

 小さな影がくるりと回転し、泥の水たまりに音もなく降り立つ。


「まったく、久しぶりに会いに来たらこれだもんね」



 ミコンは瞳を輝かせて、小さな影に声を飛ばした


「ゆ、柚迩ゆにちゃん師匠!」

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