二万五千円(ユーレイ付き)

 一人暮らしをはじめた。

 友達に、家賃がちょー安かったんだぁと馬鹿みたいに自慢した。というのも都市部からちょっと離れてる、ちっちゃな木造のアパートだけど、ついでに部屋は一個だけで、畳部屋だけど駐車場込みで二万五千円だったんだよー、あ、光熱費とかは自分で負担だけどねー。

 などと話したら。


――それ安くない?

 でしょーでしょー

――やばくない

――安すぎだよ

――どんだけぼろいの借りたの

――あんた女なんだよ

と言われた挙げ句

――わかった。絶対、そこ、出るんだよ!

出るってなによ!


 なによ、あんたたち。ちったぁ友達ががんばって部屋借りるためにいろんな会社まわって、さらに脅し、じゃないお願いしたり色仕掛けつかったりしてようやく見つけた自分の城を! 今年で大学卒業、もう実家にいられないからがんばっている身に! もう、あんたたちとは絶交よ。

 なんて言ったんだけどさ

 ここ、マジで出るのよ。ユーレイ。


「ただいまー」

 今日も社会に出たうら若き乙女である私は朝から晩までこき使われてふらふらになって帰宅。ああ、もうだめ。このままお布団にダイブしたいなぁとうつらうつらと思っていると

「おっかえりなさーい」

 甘ったるく、甲高い、なんとなく疲れに響く。そんな三拍子そろった声がふってきた。私の眉間の皺が三つ、太いのがくっきりと浮かぶ。

 私の目の前には地上からぴったり三センチ浮いた白シャツにジーンズ姿のひょろりとしたもやしよりも細い男性がいた。整えられた黒髪に優しげな眼で薄らと笑ってる。わぁ、出たよ。

「なんだ、オカマか」

「な、なんだ、オカマかって、しつれーねー、みーちゃん!」

 現れたオカマが蒼白の顔で悲鳴をあげる。

「もう、アンタってば、どうして、そう、顔も悪いけど、口も悪いし、声も悪いの? ああ、もうババアになっちゃったのー?」

「うるっせー。これでもまだ花の二十四だぁい」

 私は言い返して踵の痛いヒールを脱ぎ棄てて部屋のなかにのしのしと入る、するとオカマはふーんとため息をつく。

「やぁね、十代を過ぎると、ああも恥知らずな態度になっちゃうのかしら、やっぱり花の命って短いのね」

「あぁ? 疲れてるの!」

 安い給料で、なんとかやりくりして住みやすくしている部屋にテレビなどの家具類はほぼない。けど、ちゃぶ台はある。これは実家で使わないというのを貰ってきたのだ。

 その上にはあたたかいごはん、味噌汁、本日のおかずである野菜炒めが乗ってる。

「今日も野菜かぁ」

「肉がないんだもぉん」

「く、仕方ねぇだろう、会社に文句言え、馬鹿」

 私は、どしっとテーブルの前に腰かけてお箸を手に取ると、両手を合わせていただきますといって食べ始めた。

「もうっ、品がなーい」

 オカマは文句を言いながら私の横に腰かけてにこにこしている。

「いいの。会社では、にこにこと笑って、品良くしてるんだから」

「うっそー。日頃の行いって絶対にでるもんよー」

「うっせー」

「仕方ないわねぇ。あ、お風呂沸かしといたわよぉ。早く入りなさいよ」

「へーい」

 なんて当たり前みたいに怪奇現象、夕飯勝手に出来てる! とかお風呂勝手に沸いてるといったことが起こっているのを私は素直に受け止めている。だって、まぁ、目の前にいるユーレイであるオカマのせいだしねぇ。いちいち怖がることもない。

 これでもうら若き乙女である私ははじめのうちこそ驚いた。肝が冷えて、動きを止めるくらい。

 だってらんらん気分で引っ越しして、疲れ果ててお布団に入って寝ようとしたらいきなりなんかぼんやりとしたものが枕元に立ってるんだもん。なんだ、あれはーと思って眠い眼を擦ってみたらユーレイだし。

 そのときはあまりのことに眠さも吹っ飛んで声もあげられずに震えたけど、待てよ、ここって私が家賃払ってるんじゃん。なんて変質者いるんだよ、セキリティそんな脆いの! 犯されるの。いやー!

 とますます暗黒に突入する考え。

 が

「うらめしやー」

「めしはない」

「ちがうわよー。うらめしや! 幽霊の文句よぉ。最近の子は知らないの?」

「はぁ? アンタって、このぼろ家のセキリティ破ってうら若き私を襲う変態じゃないの?」

 私が布団から顔を出して文句を言うとそいつは鼻で笑った。

「なに、ばーかなこと言ってるのよ。あんたみたいなおブス! それにねぇ、アタシはゲイなのぉ。年上の大学教授との恋愛に破れて自殺したこの部屋の元主、つまりはユーレイ! おわかりー?」

 はい?

 なにそれー。

「ちょっと待ってよ! 自殺、自殺したってぇ、あんた、ここに憑いてるのぉ?」

 思わず起き上がってオカマを睨む私。

 だって、私がこのアパートを借りるとき、そんな説明、一切受けてないもん。どういうことよ、それ!

「そうよぉ、それでアタシの次に借り手があんただったから、幽霊としては正しいこととしてたたりをねー。知ってる? 自殺した幽霊ってそこで生きていた倍も居座って、そこでうらめしやーってしなくちゃいけないのぉ」

 知るか!

 けど、ちょっと待ってよ。

「くそ、あの不動さん! あとで訴えてやる。で、あんた、私をなに、まったく関係ないのに呪うわけ? 人でなし!」

「アタシ、ユーレイだもーん」

「阿呆かぁ! ユーレイだろうが、オカマだろうがって、え、あんた、オカマ? その口調で」

「だからぁ、アタシ、失恋して自殺したって」

「かー、失恋程度で自殺するなよ、ばか! 私なんて父親は飲んだくれ、母親は失踪、兄貴はチンピラだよぉ、それでも生きてるんだから」

「あら、逞しい」

 などと、自分たちの不幸話に気がついたら花を咲かせてしまっていた。

 自慢にもならないが私は不幸がいっぱいある。父親はアルコール中毒で病院にたたきこみ、母親は父に耐えきれずに逃げた、兄貴は不良の道に進み、気がついたらチンピラ。

 私は必死にバイトしてなんとか大学まで行って、晴れて就職。

 私の目標はたった一つ。普通に生きて、普通に結婚して、子どもうんで、死ぬ! 以上!

 そんな私の計画を邪魔しようというやつはとりあえず排除だ。排除……なんだけど、このオカマはアパートから離れられないというし、一晩腹を割って話すと大学のときに妻のある教授に惚れてすったもんだの挙げ句に自殺したというわりとデンジャラスな人生を送っていた。

 オカマのやつも私の人生を聞いて

「あんた、苦労してるのねぇ」

 めそめそと泣いて同情された。そんなものいらねーよ。

 そんな私たちはわりと、まぁ気が合うので、仕方ない、二人で生活しようということになった。

 だって、仕方ない。

 私はここを出ていけないし、こいつも出ていけないのなら、だったら妥協もいるってことよ。まぁあとで不動産屋には文句言いに行かなきゃね――と思ったら、私の担当は辞めていたし! くそ、面倒を押し付けられた!

 けど、こいつがなかなかいいんだ。ほんとにもう。

 まず、家事をしてくれる。

 どういう原理なの? あんた、透けてるわよね? とつっこむんだけど、ふわふわしているくせに電気製品は使えるし、ものは運べる。オカマ曰く「霊力よー、これでも何年もここで地縛霊してたからー」などとのたまう。なんじゃそりゃと思うけど、くたくたで家に帰ったらお風呂、ごはんはちゃあんと用意されているのってすごく素敵。

 その日は、オカマの作ったホタテの炒めもの、白ごはんに味噌汁、つけもの……これをかけこんでお風呂はいって、顔にパックはってはぁー疲れたわーと嘆いたらさっさとお布団に入る。明日のためにもがんばらないとねー。

「ちょっともぅ、あんたねぇ、どうなのよ、それ」

「なによ」

「服は脱いだら脱ぎぱなし、ごはんだって片付け一つしないの!」

「うっさいなぁ、しといてよ」

「まぁー、なんて言い方!」

 うるせーなぁ。

「お願いしますでしょ、まこちゃん」

「えー」

「人にお願いするときは」

「あんた、ユーレイじゃん」

「ユーレイだって元は人、人権があるわ」

「人権? 人様の家に勝手に居座ってるくせに」

「もとはアタシが借りてたのよ」

「んな何年前のことよ。今は私がこの部屋借りてるの。それをあんたが勝手に居座って、それでいろいろと勝手にしてんの。私はそれをまぁ優しいから黙って見過ごしてあげてるのよ。じゃなきゃ、こんなユーレイが出る危ない部屋で生きていけるわけないじゃない? この広大な草原みたいにひろーい心、どうよ」

「なによ、それ、あんたがただずぼらなだけでしょ! こんな優しいアタシを捕まえて、まるで害虫みたいに!」

「害虫ってか、依存してんじゃん。私の家に」

「な、な」

 おお、痛いところを突かれたって顔。すると、オカマはキッと私のことを睨んで

「なによ、あんたなんて家事一つ出来ないからアタシが代わりにしてやってんでしょ! 人のごはんおいしいおいしいって食べて、お風呂はいって、ぽけーとしちゃってさ」

「仕事してんの、私は」

「最悪な言い訳ね! あんた、女に生まれたのにその良さを一つもないんだから、おっさんに生まれたほうがよかったんじゃないの?」

 むか。なんだとぉ。

「女の良さがひとつもない? おっぱいあって、髪の毛長くてさらさらしてて、お肌ぴちぴちの私を捕まえてぇ」

「それだけじゃない。女の子はかわいいものが好きなはずがあんたなんて毎日ジーパン、上はシャツ。料理は出来ないし、お化粧だって厚いしさ」

 むか、むか、むか。

 仕方ないだろう! 働くには動きやすい服装がいいんだからさ! 化粧だってしなきゃ失礼だっていうこの社会にいえよ!

「ハッ、なによ。あんたなんておっぱいないくせにさ、髪の毛だって」

「そんなもの」

「男だもんねぇ」

 私は嫌味たらしくお布団の上で胡坐をかいてオカマを睨みつける。

 共同生活がはじまって半年ほど、私とこいつはいろいろと話し合っているので互いのことは全部知っている。

 だからまぁこいつが言われたくないだろうことも。

 男だっていう真実をつきつけられてこいつは黙る。そーだろう、そーだろう、黙るしかないよなぁ。

 トドメだ!

「だって、あんた、付き合っていたセンコーが女に走って、棄てられて、挙げ句にここで自殺だもんねー。オカマだしー」

「お、オカマだからって差別しないでよ! それに彼のこと悪くいわないで、女が悪かったのよ。性悪で子どもできたとか」

「オカマは子どもできないもんねー」

 ぐぅの言葉も出てこない。そーだろうよ。

「だから捨てられるのよ、オカマ」

「あ、あんたなんて何もできない最低女じゃない! そうやって性格悪いと誰も彼も相手にしてくれないのよ! ばか!」

 と痛くも痒くもない罵り文句をあげてどろんと消えてしまった。空気のなかにかき消えるみたいに。

 私は頭をぼりぼりとかいて、そのままお布団にはいって寝ることにした。

 ふーんだ。なにさ

 どうせ翌日には朝ごはん用意してなんもなかった顔してるんだから……と考えた私は甘かった。朝目覚めてもなにもない。げぇー。いつもみたいに余裕ぶっこいて起きたから慌てて服を着替えてパンをくわえて出ることになった。昼のお弁当もないから困る、困る!

 なんてオカマいないのよ!

 朝はぷりぷりして仕事に直行、そのあと疲れ果てて家に帰っても暗い。電気がついてない。なにしてるのよ、オカマは!

 呆れて電気をつけても料理もお風呂もされてない。

 えー、なんでよ。ちょっと

「オカマ、どうしたの、いないの? てか地縛霊がいなくならないわよね?」

 私の呼び声にも応答なし。

 おいおい。まてよ

「うっそー」

 オカマのやつ、消えやがった。


 仕方なく、その日はカップ麺を啜って、シャワーを浴びてお布団にはいった。もしかしたらオカマのやつがまたうらめしやーとかくるかなぁと思っていたけど、そういうのもなし。私は眼を閉じて寝るしかない。

 テレビなんてない私の家では寝るしかない。寂しいくらいなんの音もしない。

 そんな生活が一週間。

 静寂ばかり。

 まぁ、もともと、一人で生きてきたから料理とかできないわけじゃないし、洗濯物も、お風呂だってシャワーのほうが節約になるしさー。

 けど圧倒的に寂しい。会話がないもん。動くものがない、自分以外。テレビもないからさ、音もないし。

 そんなわけで私は孤独に負けた。普段なら飲み歩くなんてしない。けど、オカマのやつがいたのに急に消えやがったから……あいつのせいよ! 半年も勝手にいて、勝手に消えやがって! 家で料理するのとかめんどくさいからついつい居酒屋に立ち寄って、ビールいっぱいひっかけるなんてことになりはじめたのよ。あー、もう!

 そんな酔っ払ったうら若い私を口説こうというやつは大勢いて、その日は一緒に帰宅した同僚と我が家に流れ込んでしまったのだ。あーあ、やっちゃった。お持ち帰りしちゃったよ。お互いべろんべろんに酔っ払って、もういろいろとよくわからないまんまでえへへーと笑いあった。そうなると私はわりとお酒強いから醒めてきた。水を飲んで、こいつを返そう。笑いあったときの出っ歯がいやだなぁと思って急いで離れようとしたら肩を抱きしめて引き寄せてきた。顔が近いぞ。え、ちょっと。

 襲われる。

 食われる。

 やべぇ!

 私は猛然と暴れはじめた。やめてよ、あんたは、そんな関係になる相手じゃないんだからさ。私は必死に逃げようとするのに男の拳が頬にヒットした。痛みよりも頭が真っ白になるほどの怒りが私を満たしていく。

 ああ、ああ、やっぱりね、男ってみんなこんなの。最低なの。私ってさ、本当についてない。最悪、ろくでなしばっかり。どうしようもない家族と私。運がないのか、それともそういうやつを引き寄せちゃうのかな。

 ひどく怖い顔をした同僚を私は冷めた目で見つめた。

 いいよ、もう、どうせ抵抗したところで痛いだけだし、我慢すればすぐに終わるし、助けなんて来ないし。

 諦めて手をかたく閉ざす。頭のなかで怒りやら情けなさやら苦しさが渦巻いて嵐みたいに叫んでる。それでいいの、それでいいのって、けど、今までの経験からわかってる。自分がどうすればいいのかなんて。だから

「助けてよ、おかま」

 自然と呟きが漏れたとき自分がすごく弱くなっているのだとわかった。こんなとき、消えたやつの名前なんて呟いても仕方ないじゃないのよ!

 ふぅと生暖かい風が頬を撫でた。

 え、なんで風? 私、ちゃんと窓を閉めたはずだし……そっと目を開けると、暗い目をした死人と目があった。にっと笑う。どうしようもないわねぇといいたげで。

 私の上にいた同僚が悲鳴をあげて腰を抜かした。

 「ちょっとぉ、それはないんじゃないかしら。まぁいいわ……うらめしやぁ」

 現れたオカマが両手を前に出してにたにたと笑うと同僚はズボンを降ろしていたためすってんころりと転がりながらあたふたと立ち上がって逃げ出した。

 パンツがずれてケツまで見えているのに悲鳴をあげて逃げるさまは情けない。私は唖然と見つめて肩を竦めて、くくっと笑った。

「みたみた? 今の情けない姿! ばぁかみたい」

 けらけらと笑う私にオカマが呆れた顔をした。

「あのねぇ、あんたも、女の子なんだからちょっとは危険ってもんを感じなさいよ」

 出たよ、母親みたいな世話焼きのセリフ!

 私はオカマを見てくすくすと笑う。笑いがとまらない。本当に情けない。私、なんであんなやつに殴られたんだろう

「あ、もう、殴られて! はやく手当しなきゃだめじゃない」

 オカマは心配してあわあわしている。へーきだよ。もうへーき。だって、オカマが助けてくれたじゃん

 笑いが大きくなって、私はとうとう腹を抱えてその場に蹲った。オカマが呆れと心配そうな視線を向けてくるがこの笑いの発作だけは自分ではどうしもよない。だって、収まらないんだもん。ひー、くるしい、あはは。涙が出てきたよ。

 おなかをよじらせて笑い続けて、泣く私をオカマは優しい目で見つめて頭を撫でてくれた。とはいえ手は五センチくらい浮いているけども。

 それでようやく笑いは収まったけど、かわりに涙があふれて止まらなかった。

「なに、怖かったの? 大丈夫?」

「違うわよ。怖かったのはあんたがいなくなるんじゃないかなって思ったのよ、ばか」

 私は真っ赤な目で睨みつけた。

「勝手に消えて、いくら呼んでも出てこないしさ」

「だって、アタシはユーレイで」

「オカマで、自殺したろくでなしだよねー」

 私は鼻をすすって笑うとオカマがむっとした顔をした。うっわー、ぶっさいく、笑えるわ

「あんたの作ったごはん、食べたい。それ以外は別にいいじゃん、もう、私みたいなやつ一人いてもさ」

 私の言葉にオカマは呆れた視線を向けたあと、仕方ないわねぇといいながら立ち上がってくれた。

「はやく、お風呂はいって、手当しなさい。その間に作ってあげるから」

「うん」

 私は立ち上がってお風呂の用意をしようと浴槽を見ると、お風呂がちゃんと湧いていた。すぐには入れそうなのに心が小躍りしたいくらいうきうきした。


 そんなわけで私の生活にオカマが帰ってきた。あいつは以前と同じように私を出迎えてくれて私は愚痴を言いながらごはんを食べて、お風呂に入ることが出来るわけだ。それだけでなんだかすごく嬉しい。鼻歌なんて気がついたら歌ってる始末だしさ。どれだけ浮かれてんだよ、私は。

 あいつが帰ってきた翌日、仕事場に行くと同僚がひどく怯えた顔をしていたが私は平然と無視した。ふーんだ。知るかよてめぇなんて。

 たださ、オカマからただもらうだけじゃ悪いから、その日の仕事帰りに花屋に立ち寄って、真剣な目で見切り品の百円の花束を見つめて、よし、これにしようって決めた――カーネーション。

 母の日だってあげたことないのにさ、うわー、恥ずかしい。

 花じゃあ、おなかは膨れないっていうのにさ! おなか膨れないし、服でもないもの、初めて買ったかも。

 私はなんだか照れてもじもじしながらアパートに帰った。

「あら、おかえりー」

 るんるんと謳っているオカマ。いろいろと悩んだらしいけども、開き直ったオカマほど強いものはないんじゃないかしら。

 お皿が浮いて、こいつの歓びがわかる。私はなんだかまたしても照れそうになった。

「これ」

 ぶっきら棒に花束を差し出すとオカマはきょとんとした顔をする。

「なによ、これ、え、もしかして、アタシに?」

 そーだよ、ばか。聞くなよ、ばか。

 私が睨みつけるとオカマはきゃーと黄色い悲鳴をあげてるんるんと床から十センチくらい浮いて踊りだす。

 ばーか、ばーか。

 私はそれを傍で見ながらすたすたと歩いていく。もう、本当になんか恥ずかしいな。私も、こいつも。

 照れすぎて、恥ずかしさから無口になった私はどっしりと居間に腰かける。さっさと風呂はいって、それで飯食べて……ととりとめないことを考えて必死に恥ずかしさから敵前逃亡していた私の耳にチャイムの音。うるせー誰だよ、私は照れるので忙しいんだよ。

 悪魔とヤクザが合体したような某テレビ局の支払いのことなら、私は払わないからね。てか、うちテレビねーから!

 照れたせいでくさくさした態度で私はドアを開けて驚いた。

 ハゲな着物のおっさんが立っていた。え、なに、こいつ、ヤクザ? 私はお金借りてないけど、なに、親戚とかのやつの借金? 間に合ってます! 叫びそうになったらその男の後ろには同僚がいた。すごく真剣な顔をして、ハゲじじいにお願いします、先生なんて呼びかけてる。なんの先生だ!

「ここには危険な霊の気配がある」

 あ、はい、います。けど、うちの幽霊は普通っすよ。

「君のご友人に頼まれて、除霊にきた。失礼する」

 はぁって、えええ! 私が唖然としている隙になかにはいっていくし。同僚が私の肩を抱いて「大丈夫だからね、知り合いに頼んですごく腕のいい除霊の先生をお願いしたんだ」はい? 私、頼んでないんですけども。

 ハゲじじい、いきなり懐から塩を取り出すと関取さんみたいに部屋に投げるし。

 おいおい、警察呼んで訴えたら私勝てるぞ!

 そしてヘンテコなお経をあげだすのに私は唖然。おいおい。効くのか。それ。

「ぎゃああああん」

 冗談みたいな話、効いている。オカマが転げまわって、苦しそうに空中でものたうちまわる。ハゲじじい、かーつとか言いながら数珠をじゃらじゃら言わせ始める。

 あ、あああ!

 私は小さな声をあげた。

 手を伸ばそうとすると同僚が私を後ろから羽交い絞めする。

「君は悪い霊に憑かれているんだよ! 俺はほっておけない」

 いや、ほっとけよ。


 私

「きゃあああん」

 私の

「くるしい、くるしいぃいい」

 私の大切な

「たすけ、たすけて……あ、ああ」

 私の大切な家族になにするんだ、このボケどもがぁ!


 私は同僚に鉄拳をお見舞いすると家の中にはいり、台所から包丁を取り出して先生とやらに向けた。さすがに命の危機を悟って先生は怯んでお経が止んだ。

 はぁはぁ、ぜぇぜぇとオカマが小さく息をしている。

「ふーぅ」

 私は深く息を吐いて睨みつける。

「き、きみ、なにを」

「なによじゃねーよ! 私の家族になにすんだの、このぼけなすのハゲのチンカス! さっさと出ていけよ。私は飯を食べようって用意してんだよ、この阿呆が! 今すぐ出てかねぇと私が刺すわよ。警察呼ぶし! いやなら出ていけぇ!」

 仁王立ちした私に先生と同僚は腰を抜かしてあわあわと去っていった。

 ふん。

 あーあ、ここのマンション、壁薄いからいろいろと聞こえちゃったよねー。恥ずかしい。まぁ、いいや。

 私が振り返るとオカマがじっと私のことを見つめている。

「い、い、まの」

「なによ」

「アタシのこと、家族だって」

 うわぁ、咄嗟のこととはいえ恥ずかしいことを口走っちゃったな。恥ずかしいやら困っている私にオカマが飛びついてきた。

 ふわっとそよ風がきたみたい。

 なまあたたかい風に包まれる。いやじゃない。むしろ、嬉しくなる、あたたかさだ。

「ありがとう、ありがとう。アタシ、嬉しい。もうこうなったらどんなことがあっても成仏しないんだから! アンタにしがみついてやるんだからね! だって、アンタってばずぼらで、だらしなくて、女として生まれた歓びをまるで味合わないんだから!」

「ふん、うるさーい。あんたこそ、オカマになって男としての楽しみを台無しにした挙句に自殺した阿呆のくせに」

「うっさいわよ、このばか娘―、だいすきよー」

 私も、あんたが大好きよ、オカマ。


 私のアパートはぼろい。建てられてからウン数年。木造で風が吹けば揺れ、雨が降れば雨漏りがする。冬になると隙間風がむちゃくちゃ寒すぎてたまんない。虫は入ってくるし、隣人のうるさい音に悩まされる。

 けど、二万五千円は安い。チョー助かる。

 その上、世話焼きのオカマの幽霊……私の家族がいる。

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