人類は繁栄しました

「人間、遊べ」

「どうしろと」


人類は、繁栄した。

 今から二十年前、ある科学者が生み出した学習進化型AIによってこの世にあったすべての機械たちはシンギュラリティに至った。

 その結果


「我々、人類から生み出されたロボットおよびAIは全人類に遊んで暮らすことを推奨する、という結論に至りました。仕事はすべて我々が行います、人類、遊べ」


 当時、AIにも人権を取得させるという法律が成立し、政治にまで侵蝕してきた彼らはそう宣言した。

 それからあれよあれよという間に社会における仕事――つまり今まで人間がしていた労働をすべてロボットにとってかわられ、彼らは日々仕事を行い社会を動かしている。たいして仕事を奪われた人類は

「することがないんですけど」

「遊べ、人類」

「ぼっちで、無趣味の私にそれはハイレベル要求なんですけどっ」

 今日も今日とて、三十七歳、アラサー、無職……ニートとは言いたくない私は言い返す。

 人類進化法がAIたちによる提案され、罠のような方法で圧倒的な支持を受けて可決し、人類は働くことを止めた。

 ブラック企業で死なない程度に働かされていた私は、この法律によって自由の身になった。わーい、やった。毎日、夏休み! まではよかった。一週間は家のなかに引きこもって寝たり、寝たり、寝たりしていた。たぶん一生分は寝たと思う。ここからが問題だ。

 飽きた。

 もともとブラック企業で生き残る程度には働き蟻根性人間なので、なにもすることがないというのは正直きっついのだ。自由になったことによって好き勝手している人類たちのように私は出来ない。やりたいこと、したいことがなにもないのだ。

 人間に一台与えられるロボットによって、家事すべてしてもらえるのだ。つまり本当にただ寝て、食べて、していればいいのだ。なんてことだ。

 私は自分の世話役ロボット――シャウを睨みつけた。

 見た目は人間、中身は完全無欠のロボット野郎。なんで異性タイプにしたかというと、アラサーの癖して誰とも付き合ったことのない歴が年齢である私は年甲斐もなくロマンスを目指した結果である。ようは顔のいい男に奉仕される経験をしたかった。

 料理、掃除、その他私の世話を完璧にこなし、夜は部屋の端っこで電気を充電すればいいだけの――夜に、目覚めたときに部屋の端っこにいるシャウを見たとき、ちょっと怖かった。だって正座で目を閉じてるってホラーかよ!

 シャウのせいで私は家の外に出なくなった。いや、シャウは外に出ろというのだけど、なにをしていいのかわからない私は途方に暮れる。

 外に出れば、おしゃれに、ダンスに、ハイキング、マラソン……とにかくやってみたいことをやりまくる人、人、人がいるのだ。

 ロボットと人の区別は――ロボットの片耳はネットワークにいつでも繋がれるように尖ったアンテナだ。ファンタジー小説のエルフみたいなやつもいれば、髪飾りにしていたり、うちのシャウは細長い外部アンテナ――髪飾りみたい――にしてある。

 みんな、遊んで、人生を謳歌してる!

 やだ、このアリ充してる人たち!

 人類進化法が決まってから、世界の人たちはほぼ遊んでいる。数名、科学者といった分類の遊ぶことと仕事が合致したような人種は、法律が決まったあとも生活は変わらず――いや、仕事時間は極端に減らされるし、睡眠時間を確保されて、健康第一。

 ロボットたちによる人類はみな遊べによって私たちは未だかつてない繁栄とともに自由時間を謳歌している。

 ロボット曰く、人間はたった一つの個体、活動時間はロボットの倍――ロボットの寿命はだいたい五年で、そのたびに改良された個体が生産されるという寸法だ。彼らは人類が長く生きてるにもかかわらず、進化が遅い点に着目した。

ロボットたちはいかに効率的に進化させるかを考えた――つまり、仕事は自分たちロボットができる。

 人間は好きに学び、遊び、ついでになんか作って生きていく。それが一番進化の効率がいい、らしい。

 なんてこった。

 学校も無償になっているので、学びたい人はいくらでも学校にいけるし、専用の教師――ロボットをつけて家学習も出来る。

 旅行もロボットたちが働いているので無償である。つまりは行きたいときに行けるようにされて、私たちは好きに観光し、遊べるわけだ。

 むろん、外に出たくないヒッキーの用にネットゲームも日々進化されている。

 なにもすることがない。

 上から言われた仕事をこなし続けてきた私にはすることがない。

 これが燃え尽き症候群か。または仕事を辞めた人が陥る「なにしていいのわからん状態か」――あと三十年はそういう事態にならないつもりだったのだが、なってしまった。

 その点もロボットたちは心得ていて、心理クリニック、メンタルケア、生涯学習サポートにより、人類すべてに効率よく適した遊び、やりがいを与えることに余念がない。だから仕事をしたい人はロボットたちと仕事をしたりもしている。

 けど、私は働きたくないのだ。

 心身を壊して、毎日ぼろぼろと泣いていた私は――ただ寝ることに飽きて何かしようにも、シャウがしてくれるし、それでいいと思うが、三か月も経つとなにかしていないといけないと思う焦りと罪悪感。

そしてなにをするべきかがわからない自分の空っぽさに吐き気がした。

 つい最近生涯学習サポートのリモートワーク検査の結果、私は体を動かすことが向いていると出た。そこからさらに細かい分類で紹介され、やってみてはいいがかという候補たち。素晴らしいサポートだが、あまのじゃくな私はそれに従いたくなかった。ノーと口にした。そういうやつは多いのか、強制はしませんとあっさりと引き下がってくれた。いつでも取り組んでみればいいし、AIが作ったサポートを受けてもいい、とのこと。

 私は、自分の阿呆さゆえ差し出された手を叩き落とした。その罪悪感にまたしてもへこたれる。

 けど、世界は優しい。

 いつ、なにをしてもいい。

 私の世話役シャウは口うるさい設定なのか、はやく遊べとうるさい。

 ああ、優しい世界。

 満たされていくし、癒されていくのがわかる。

 しっかし、私の皮肉屋で、あまのじゃくな性格は考える。

 世界がデスピィアスみたいな完全管理かくそみたいな世界だったら、まだ救いがあるのに、いや、ないわ。それはいやだわ。と思い直す。


 結局、頭はぼさぼさ、肌はがざがざ、生きる以外はほぼしていない。

それでもいいよと言われる。

 飽きた。

 これを思うのは何度目だけど、本当に飽きた。

 今日はシャウにキッチンに入らせて、と言った。久々に見た冷蔵庫のなかにある味噌を見て、味噌汁が食べたくなった。

 湯を沸かして、お豆腐を不器用に斬って、乾燥わかめをちょっとだけ、沸騰するそれに味噌もこした。出来上がったそれに用意されたあたたかな白ご飯。もう一品ほしいと考えてわたしは冷蔵庫の鮭を取り出し、フライパンに油をひいて置く。じゅうじゅうと焼けるそれに塩胡椒をふっておわり。お皿に盛りつけて並べる。ロボットは食べないけど、二人分用意した。

「すごい、ごはんが作られた」

「あっは」

 私は驚くシャウに笑って並べた。椅子に腰かけて二人でいたたぎますと口にして食べる。ちらりとシャウを見ると、味噌汁をそっと啜って、ほぉと息を吐く。私と目が合った。

 緩められた目の優しさに私は心がほっとするのがわかる。

「おいしい?」

「くそまずいです」

 おっと。

「塩分が多すぎます」

 おっと、おっと。そんなおかしい、うまくできたはず。

 一口食べて、私は沈黙した。

 普通、ここでは美味しいとか普通とかになって、いい雰囲気になるはずなのに。味噌汁のなんともいえない味とよれたわかめの多さ、豆腐は形が均等じゃないし。鮭はなんか味しない。

「あなた才能ないですね」

「ですよねぇ」

「けど、食べます」

「……いいよ、無理しなくて」

「味覚はありますが、それは人に食べてもらうためです。私たちは食事は不要ですが、食べられます」

「……」

「それはこういうときのためなので」


 人類がいつかの楽園を目指して作られたAIたちはシンギュラリティに至った。

彼らは人類をとことんまで愛することに決めた。進化に効率がいいとかいう建前はあるけれど、人から作られたロボットたちはみんな人類が好きでたまらない。じゃなきゃ、一人一台ロボット寄越して世話して遊べ、遊べというはずがない。

こんなときに一緒にごはんを囲んでくれて、こんな言葉を向けてくれるはずもない。

 会社と住まいの往復に疲れ果てて人の形をしているだけの私の元にやってきた、私のパートナー。

 あと五年は一緒にいられる私の相棒ロボット。

 いつかあなたにおいしいって言わせてみせる。

 やりたいこと、目的がようやく霧が晴れたように見えた。

 この小さな目標が、私の進化。このささやかな願いが人類の繁栄につながりますように。

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