ビアンカ カム ヒィア

「ハロー、ビアンカ、今日は晴れ。とても美しい太陽が出てますよ」

 んー、あと五分。

「だめだめ、それで遅刻しそうになったでしょ? ほら、ビアンカ。起きて。じゃないとアラームモードに切り替えますよ」

 やめてよ。あれ、うるさいんだから。

「ふふ、さぁ、起きて。髪の毛をとかして、服を着て!」

 あー、はいはい!


 一人暮らしをしていたら、自分がなにもできない人間だと気が付いた。

 服は出しっぱなし、洗濯にしろ、料理にしろ、なににしろ、エネルギーがいることなんだって知った。

 二十歳をすぎて貯金もそこそこに溜めた私は家を出た。母と父、兄と妹は大層心配したが、これは決めていたことなんだから、という強情な私に母はこれを連れていきたなさい、と一体のIAをくれた。

 丸く、小さな、旧式のIAは動くことは出来ないが声だけで人に指示を飛ばせるというやつだ。こいつはなかなかの曲者で、声だけとはいえあれこれと指示を飛ばす。今日のスケジュールは、これですねとスマホのなかにある私のスケジュールデータを勝手に読み取る。そのあと「これスケジュールじゃないでしょう」と呆れた口する。うるさい。

「今日は遅番だから洗濯ものをしましょう」

 めんどくさーい。

「ほら、洗濯物をいれてスイッチを押すだけ」

 はいはい。

「すばらしい、ビアンカ」

 その流れるような誉め言葉に私の心が弾む。私が一人暮らしでなんとか生活をしているのはこのIAがいるおかげだ。声だけの同居人は、せっせっと私を働かせる。

「朝ご飯は? パン? オーブンにいれて、焼いておくから。ほら、顔を洗って、キルトのなかの湯は沸かしてしまうから」

 朝からあっちにこっちに。

 焼けたパンのキツネ色から漂う香ばしいにおい。

 湯を注いで出来るコーヒーの濃い、苦みが漂って目覚めさせてくれる。

 冷蔵庫にあらかじめあったカット野菜と、フライパンで焼いただけのウィンナーと目玉焼き。

 こんな手抜きの朝ご飯でも

「すばらしいね、ビアンカ」

 褒め上手だ。

 おかげさまで料理をしようとキッチンに立つ。そのたびに私ってば挑戦してすごい、こんなこともできるんだと一人で自分を褒めてしまう。それにすかさず

「本当に、すばらしいね、ビアンカ」

 私は今日も、この声になんとか生かされる。

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