ペット心理学
その日も俺は、ぐーたらしていたわけだ。
別にめずらしいことじゃない。怠け者と母は嘆き、穀潰しめと父は親の仇のように睨みつけてくるが気にしない。親不孝な息子である俺は、太陽が空の上にぎらぎらとしているときに目を覚まして、あー、今日は何面までクリアーさせようかと最近はまっているパソコンゲームのことを考えてキッチンの冷蔵庫に入れてあるかーちゃんが作ってくれた朝飯兼昼飯を食べていると、ぴんぽーんとチャイムがなったわけだ。
なんだ。なんだっと寝癖がついてもまぁ男前の俺はパジャマ服で玄関にいくとスーツをきた男がいた。のっぺりとした笑顔に手を蠅みたいにこすりあわせている。ああ、テレビで見たことがあるようなセールスマンってやつ
「はじめまして。あなたは当選いたしました」
「はい?」
「ペット体験コースです。ほら、前に路上で質問しませんでしたか?」
ちょっとたんまをかけて悩む。
そういえば、二日前にかーちゃんにいわれてスーパーにおつかいに行ったんだ。いくら俺がぐーたらのなまけものでも、かーちゃんにいわれると弱い。小遣いがかかっているわけだし。いい子にするときはいい子にしないといけない。
そんな買い物の帰りにアンケートご協力ください。って捕まって、答えさせられた。こういうのは、マルチとかが多いから注意! けど、可愛いおねーちゃんにアンケートを答えるだけと言われたら協力するしかないだろう。
【あなたは、ペットになってみたいですか? イエス ・ ノー】
もちろん、イエス。
テレビのペット番組を見ろよ、いい扱いを当然のように受けている犬やら猫。おいおい、下手すると、人間よりもいいもの食べてるぞ。こいつら。
人間とペットだとどっちがいいといえば、ペットだろう。だって一日中なにをしてもいいし、可愛いおねえさんには、「すき、かわいい」なん言われて、いいものを食べ放題。最高!
「ペット体験といいますのは、あなた様に実際にペットになっていただくという企画です」
「ペットに?」
俺は怪訝な顔をして尋ねた。
「はい。先端科学を使い、あなた様を素敵な動物にしまして、そんなあなたを好きになったお方のペットとなるのです」
「へー」
「そして、あなたは、そんなペット体験企画に見事に当選いたしました。どうでしょうか?」
「んー、やってみたいな」
新しいものは好きだ。それにどうせやることはないし。
「うし、やります」
俺は言い返した。
人間である俺がぐーたらしていたらかーちゃんもとーちゃんもうるさい。だが、ペット……そうだな、俺だったら犬だな。犬。それでかわいがられるんだ。
「では、一名様、ごあんなーい」
スーツ男に路上に置いてある白いワゴンに案内された。なかにはびっしりと機械がならんでいた。その中にある椅子に座らされた。
「目を閉じてください。そうしたら、あなたに似合うペットになれますよ」
「俺、犬がいいんだけど」
「ええ。素敵な犬にしましょう。ゴールデン・レトリバーあたり」
「あ、いいな。けど、ダックスフンドも捨てがたいな」
小さいほうが最近受けがいいらしいし。
それで可愛い女の子の膝の上とかに乗るんだ。俺のままだったらセクハラになるけど、犬ならセクハラとは言われない。
「さぁ、できましたよ」
そういわれて目をさますと、俺は目をぱちくりとさせて右手をあげてみた。黒い毛に肉球。まさに犬の手だ。
「鏡みせて、鏡」
「はいはーい」
と鏡で見る俺は黒い犬だった。
小型犬がよかったけど、大型犬らしい。
ちぇ。けどこれは、これでなかなかにたくましく、かっこいい犬だ。
「では、ペットとしての体験を楽しんでくださいね」
《》
「ゴンタ」
ちがう。
俺は、むすっとして飼い主である男の子を睨んだ。
最悪だ。飼い主は男。それもチビの小学生ときたもんだ。それもこの泣き虫小僧のかーちゃんとちょっとおっかないとーちゃん。
ああ、もう最悪。
女の子いないし。
その上、外に小屋がある。大型犬だからって! 差別だ! 小型犬は室内で飼うくせに! テレビだと、大型犬だって家の中で飼ってたのに! なんで俺は外なんだよ
それも名前がゴンタってなんだよ。ゴンタって!
「ねぇ、ゴンタ」
うるせ、ガキ。
「ばかだな。はやく自分の名前覚えろよ」
なんて言いながら頭を撫でる。むっかつく。なんだよ、自分こそご主人様っていう態度!
お前、俺より年下だろうが!けっ!
俺のペット体験は、のっけからつまづいてばかりだ。
テレビでよくある素敵な家は? 飯は? 住まいは?
今は冬なのに外の小屋。俺の毛は結構短くて寒い。がたがたと震えてしまう。それも人間は家の中でぬくぬくと……あー、あの中にはこたつとかあるんだぜ!
うまいもん食いたい!
だけど、ここでも落とし穴。
「はい。ゴンタ」
っと、むかつくチビガキがよこしてきたのは、なんと残飯。そう、人様の食べ残し!
ばかかー!
てめぇ、なに考えてんだよ! こんなもん食えるかよ! うう、それでも腹は減る。なにか食べたい……けど、残飯って、どうだよ。
あ、なかなかうまい。
「ゴンタ、お前、ちゃんと啓太郎のいうこときけよ」
誰が、きくか。アホ。
ぐるる。
犬の牙で噛みついてやるぞ。
「こいつは」
ぱーん。
殴られた。
思いっきり。
これって、動物保護に違反しないか?
耳をたれさげて尻尾をまいて、くーんと鳴く。
「ちゃんと人間さまのいうことをきけ」
人間様
なんだそれー! 俺だって人間だい!
きゃんきゃんきゃん!
「うるさい!」
そして、また殴られた。
理不尽な暴力だ。こんなことあっていいはずがない。くそー、なんなんだよ。外で寝かされて、飯は残飯、殴られる!
テレビでみる「かわいー」「すきー」ってないのかよ! セレブは?
ああ、こんなはずじゃないのに!
犬になっての唯一の楽しみといえば、散歩だ。自由に歩ける。けど、それも啓太郎のやつが――そう、チビガキの飼い主さまは、ちょっとしか許してくれない。おい、せっかくの散歩なのに、なんなんだよ
最近、散歩もしてくれない。
おい、てめぇ!
飼い主さまだったら、しっかりとめんどうみろよ!
そうやって、夜通し鳴いてやったら、朝に殴られた。いてー、頭くらくらする。くそ、噛みついてやろうかと思えばまたしても殴られた。
「お前、言うこと聞かないし、馬鹿だし、いらない」
冷たい目で啓太郎が言った。
そして父親にリードをひかれる俺。
え、ちょっとまてよ、おい、まて。本気でまてよ!
勝手すぎるだろう! 飽きたら、ぽいっていうのか! ペットだって生き物なんだぞ! お前と一緒で、血が通ってる。命がある、意識がある。
この身勝手人間! 人間のままがよかった。そうしたら、こんなこにはならなかった。そうだよ、かーちゃん、とーちゃん助けて! ペットなんていやだ! 俺は俺のしたいようにするんだ。人間だ!
ペットになんてなるんじゃなかった!
《》
「だいぶうなされてますね」
うんうんと唸る青年を横目に白衣に身をつつませた研究者は呟いた。
ワゴン車は改良を重ねて広いはずだが、ぎっしりとつまれた機械器具は人間二人をいれるので満杯となる。
ワゴンの中央に黒い椅子に、ヘルメットを被った青年が寝かされていた。だいぶ悪い夢をみているのか、ずっと唸り通しだ。
実際、良い夢など見せるつもりなど、この場にいる科学者にはない。
青年はいま頭に被ったヘルメットによって精神に直接アクセスされ、ここにいる科学者たちの見せたい夢が見せられているのだ。
「ペットになってみたいって奴だ。もう少しその腐った根性を叩きなおしてやれ」
高級なスーツに身をつつませた男性はにっこりと笑みを浮かべて冷や汗をかいている青年を覗き込んだ。
「今のペットブームにかこつけて、ペットになりたいなんてだらしない若者を鍛えるには、こういうのが丁度いい。それに、ペットの苦労もわかっていいだろう?
私は、犬が好きなんだが、君は?」
「ネコが好きなんですよ。嗚呼、はやく家に帰ってかわいがってやりたい」
「私もだよ」
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