一夏少女

 やっぱり、夏はビールに限るな。そう、冷蔵庫で冷やしたビール。ここ最近、本当に暑いよな、ったく毎年、毎年、今年は例年よりも暑いでしょう、暑いでしょうってテレビのアナウンサーのやつは、テキトーなこといいやがって。夏が毎年暑いことにかわりはないだろうに、なぁ?

 ん、前の話の続き? ああ、俺が大学生の最後の夏に女の子と暮らしたっていう? おい、誰か犯罪者だよ。俺はそのとき大学生、相手は小学生……まぁぎりぎり許される範囲だろう?

 その話すとしたら葬式からだよな。その子の母親、っても、義理なんだけども死んだ話から。その葬式がさ、タイミングの悪いことにお盆の真っ只中だったんだ。だからお通夜も葬式もあんま人がいなかった。

 元々、いろいろと問題があったからな。

 その問題の女の子は一人で何事も、さっさとこなしちゃうしタイプでさ。小学生なのに驚くくらいにうまく物事をやっていたよ。手伝わなかったのかって? うん。手伝ってない。俺はひっそりと物陰に隠れて見守っていたんだ。本当は線香もあげずに、ただ見て帰ろうとしたところを近所のばあちゃん連中に捕まって、家の中にあげられたんだ。でも結局、線香はあげなかったな。

 だって、ばあちゃん連中が煩いし、かかわりあいたくなったんだよ。

 なんで行ったかって、死んだやつとは、深い仲だったからね。あー、もう、いいよ、話を進めるぞ! だから、俺は正直、さっさと帰りたかったんだ。それでしばらく我慢したあとトイレのふりして裏口からこっそりと外にでたんだ。俺の住むところはど田舎でさ、裏口から出た先は海だぜ、海。え、いいなって? ばーか、お盆のあとなんてクラゲがいっぱいで、入れたもんじゃないぞ。

 まあ、それでだ。こっそりと家に帰ろうとしたわけだよ。そこには俺の愛用の自転車があるからさ。あれ、知らない? これでも俺、自転車で日本一周したことあるんだぜ。そう、自慢……まぁそんなわけで、逃げようとしたわけさ。そしたら、なんだよ、あの一人でいろんなことしていた女の子が真っ直ぐに海に歩いていくわけ。もう、俺は慌てたよ。夜の海だぞ、お前、それこそ自殺だと思わないか? まじで怖かった。だって、そこの家は母親と娘の片親の家庭なわけだよ。それもど田舎ではそれがめちゃくちゃ目立つ。出戻りなんだぜ。田舎はそういうところでは都会よりもすげぇ意地悪いんだよ。

 その死んだやつさ、俺と同じ歳だったんだよ。そうだよ、大学生の年齢のくせして小学生の子供こさえたわけ。っても、結婚相手の連れ子なんだけどさ。その結婚したやつが死んで、途方にくれて戻ってきたらしい。けど、その結婚にもいろいろと問題あって、死んだ奴の父親はかんかんなわけだ。実家から追い出されて、家を借りたんだ。ん? 田舎では珍しくないぜ。俺だってそのころ学生だったけど、通行にいいから実家から出て家を一軒借りてたし。だいたい一万くらいで借りれるんだぜ?

 ああ、話を戻すな。その女の子が海に真っ直ぐに歩いていくわけだよ。おい、危ないだろうって声をかけてもとまりゃしないの。ああ、こいつは、完璧に自殺する。やばいぞ、これはとおもって愛する相棒の自転車を転がして、俺は慌てて走ったよ。砂を蹴って、もうあのときの走りぷりは、俺の人生では一番じゃないのか?

 女の子の肩が海に浸かっていたけど、なんとか追いついて引きずり出したんだ。そしたら、女の子はいやいやしてなんとか沖にいこうとするわけだ。もう、腹が立ったよ。なんだよ。こいつ、人が走って、あろうことかずぶ濡れになってまで助けてるのに少しは感謝しろよって、とっくみあいしてさ、なんとか引きずりあげたよ。あとでさ、見たら、結構クラゲに刺されてたよ。女の子も刺されてて、そのあと三日くらいは痛かったらしい。

 浜に女の子をひきずりだして俺は女の子を睨んだよ。女の子も俺を睨んだ。

「なんで、助けるの?」

「目の前で自殺されちゃかなわないからな。あと、葬式の後始末、誰がするんだよ」

 間抜けっていうな。これって結構大切だぞ。とくにこういうときは、なんかくだらないけど、話題を探すべきだってテレビでやってたし。

「わたし、ひとりぼっちなの」

「それがどうした」

「もう、ひとりぼっちなの」

 まぁ相手は小学生……そのあとさ、わかったんだけど、十歳になったばかりだったんだ。

 父親も母親もいなくなってさ。それでも葬式あげたのは感心するわな。そんなわけでさ、俺はもう仕方なくて女の子の腕をひっぱって、戻ったよ。そしたら、おばちゃん連中がびっくりしてた。そら、ずぶ濡れの俺と女の子だ。驚かない方がおかしい。

 死んだ人間の葬式ってどうして、こうも湿っぽいんだろうな? 湿度ってやつかな? じわじわしてた。濡れちまったせいで、余計にね。

 途方にくれてるばあちゃんらにこの子のことは俺がするから、帰ってくれって頼んだよ。居てほしくなったかと言ったらそうだな。ばあちゃんたち、ずっとあいつの悪口いってるの聞いてたし、この子を施設に送り出すとかも口にしてたんだよ。

 死んじまったやつの父親がさ、この子にとっては血の繋がらないじじいが、かんかんに怒って、女の子を睨んだよ。

「なにやってんだ」

 そのとき、この子が自分は一人だって言った言葉の意味がわかったよ。この子は本当に一人ぼっちだったんだよ。

 誰も助けてくれるやついないし、救ってくれる人はいない。

 俺さ、どうしてもほっておけないの。捨てられた犬とかを助けるあれだよ。

 あと、死んじまった奴とは……あー、もういっちまうけど、恋人だったんだ。けど、別れたんだよ。うるさい、だまって聞いてろ。じじいとばばあを家からおいでしたよ。そんで、なんとか女の子と俺だけになってさ、まず風呂だろう。服脱がして、俺とその子ではいったよ。ロリコンっていうなよ。仕方ないじゃん、濡れてて、湿ってて、もう最悪だったわけだからさ。それにそんな見るわけねーだろう。馬鹿じゃねぇのか。

 でさ、着るものがなくてどうしようかって困っていたら女の子はどこから浴衣を出してきたんだ。俺にはちゃんと男物も。父親のものとか、まだ残してあったらしいて助かった。

 そうしたらとにかく腹を満たさなくちゃいけないから、とりあえずあるものを食べたよ。そんで、どうしようかなって思ってた。

 俺さ、今年が最後の夏休みだったんだ。だって、もうそんときは就職決まってたしさ。そうそう、あの会社ね。まぁ今はやめちまったけど。え、ああ、やめたときは、それこそああ、やばいなぁとは思ったぜ。大学卒業してはいったところでやめる気なんかなかったからな。なんでやめたっていうのは……秘密。とにかく最後の夏休みを楽しみたかったんだよ。

 馬鹿みたいに遊ぶことだけ考えてたな。だって、もうこんなおおっぴらに遊ぶなんて出来ないからな、いろいろと予定はたててたんだけども……この子をほっといて遊ぶなんて出来ないよなぁって頭のどっかで考えてた。

 女の子はさ、ただぼぅとしている俺に対してしゃきしゃき動いたね。まず布団を敷いてくれて、蚊取り線香とかたいてくれたよ。だって、うち田舎だから蚊かが多いんだよ。あ、虫で褒められるといえば蛍ぐらい? まだいるよ、ちょっと山のなかにはいったら、ぴかぴかしてる。

 女の子は早々に寝ちゃうから、俺も仕方なく体を横にしてため息ついたよ。

「俺のこと、怖くない?」

 変態とか思われちゃ困るからさ。

「知ってる、写真の人」

「写真?」

「真由子さんの持ってた写真の人」

 その子、母親のことを名前で呼んでたんだ。まぁ年齢としては十歳しか違わないからさ、母親なんていえるはずもないよな。

 けど、まさか、まだ俺の写真があるとか思わなくて、正直驚いたよ。先も言ったけど俺らは付き合っていたけど、真由子が俺を好きだとか、はっきりとわからなかったんだ。だいたい女が別れた男の写真なんて持ってるはずないだろう? だからがらにもなく、どきっとしてさ、この子はどこまで俺たちのことを知っているのかと思って、とにかくとっとと寝ろっていってさ、扇風機まわしてやったよ。ど田舎にクーラーなんて贅沢なもんがあるか。からからとまわるそりゃあ、古い扇風機でさ、そのからからって回る音ばっかりの真っ暗な中でさ、俺とその子は寝たよ。蚊取り線香のなんていうか、嫌いじゃない匂いが部屋いっぱいに満たしてくれて、そのせいかなちょっとだけ泣いたよ。悲しいとか、そういうのはなかった。たださ、まだ、俺の写真を持っているってことがなんかさ。

 そこで思い出したんだ。この子、泣いてないなぁって。普通、泣くもんじゃないのか? それとも最近の子は冷たいから泣かないのか?

 布団でくぐもった声がして起き上がると、その子が泣いてた。一人で布団の中で声を殺して泣いてたんだ。

 なんで、一人で、それも声を殺して泣くんだよ。まだ小学生だぞ。俺、なんか腹が立って、女の子を引きずりだしたよ。

「なんで泣くんだ」

「わたし」

「一人で泣くな」

 俺は怒鳴ったのに女の子が、顔をゆがめて声をあげて泣き出しちゃったの。近所迷惑かと思ったけどさ、ここ、他の民家からすごく離れたところにあるから、きっと誰にもこの声は、そう、俺以外には聞いてやるやつも、受け止めてやるやつもいないんだ。

 そこさ、海辺の一軒家なんだよ。なんで、こんな寂れたところを借りたのかわからないよ。一万もあればそこそこに人通りのある貸家を借りれたはずなのにさ。

 だから、そのときは女の子が泣く声と海の漣とか、そんなのばかりが聞こえてきた。俺はなんだか無性に腹が立ってたんだ。女の子が一人で泣く事とか、どうしようもない現実とか。なんで、この子が残されちまったのか。このあとどうなるとか。俺は無責任で、こんな子に関わるべきじゃなかった。だって、そうだろう? もう、俺はこの子になにもしてやれない。

 女の子は泣きやんで、俺をじっと見たよ。涙で真っ赤に腫れた目で。

「わたし、ひとりぼっちになりました」

「ああ、そうだ」

「孤独なんです」

「それがどうした」

 真っ暗でもわかるさ、女の子の顔が。悔しさとか哀しさとかじゃない、絶望の顔が。

「だから、そればかりに泣きました」

「お前は自分のために泣けてるじゃない」

 女の子はしゃくりあげて、それでまた少し泣いたよ。そのあと、俺はその子が疲れて寝ちまったのに一緒に寝たよ。なんか、この子を一人にしちゃいけないってわかったんだ。だから、かわいそうとかさ、そういう気持ちは抜きにして一緒にいたいと思ったわけよ。女の子と

 けど、目が覚めた翌朝に、女の子がいなくなってて驚いた。居間にはさ、俺の朝ごはんがあって「夏期講習にいってきます」っていうの。小学生のくせに生意気だってね。あとで知ったけど、夏期講習は本当にあったよ。ただ、俺が来た日はなかったたんだ。だって、よく考えれば盆までするところなんてないだろう?

 それで残された俺は、その子が用意してくれた味噌汁とか食べて過ごした。その子の飯はうまかった。


 帰ってきた女の子は、俺がまだいたのに驚いてたよ。もう、なんであんたがいるのよ、みたいな顔をしたけど無言なわけよ。なんかいえよと思うけど、俺も何も言わないから、二人とも無言で夕方まで過ごしたよ。扇風機しかないから、すげぇ暑くて、むんむんしてた。

 夕方の前に、不意に女の子が立ち上がって裏口から出ていくのに俺はなんだろうと思ったら、庭のほう――あ、海があるんだけどさ。本当の家の前のところに、一応、庭ぽいのがあるんだ。そこで朝顔に水やってた。小学生のときとかやるだろう? 朝顔の観察日記。え、やらないって? けど、まぁその女の子は水やりしたあと、俺が見ているのに気がついたわけだ。

「帰らないんですか」

「帰れない」

 あんな泣き方をする女の子をほっとくなんか出来ないだろう。あ、ロリコンていうな。とにかく、気になったんだ。

「お節介」

 女の子は、俺を睨んだよ。すごく腹立しげに。

「お前、これからどうするんだよ」

「知らない。けど、おじいちゃんが私を引き取るって、昨日はいってた」

「いいのか」

「なんでそんなこと聞くの。真由子さんが生きてるとき、私は貧乏だったの。おじいちゃんのところには、いろいろとあるもの。せいせいしたわ」

 俺はなんてやつだと思って、その子のこと叩いてた。けど、その子、叩かれても泣かずにじっと俺を睨んだよ。瞳いっぱいに涙ためて、それが今にも零れ落ちそうなのに、絶対に泣かないって決めてがんばって耐えてる。

「パパと、あの女のせいで私は苦しんだの」

「だからって、そういう言い方はないだろう」

「じゃあ、ほかになんていえばいいの! もう死んでしまったのにっ。かわいそう? 死んでほしくない? 私、ひどいことばかりいったの……だから、死んでしまったの! 私のせいなの」

 そりゃあ、小学生の娘と大学生の母親が普通はうまくいくなんて、あるわけないんだよ。例外はあったとしても、そんなもの一握りだ。

責めてたんだよ、その子は。

 真由子に反発して、意地悪したせいで真由子が死んだって思っていたみたいだ。……勿論違うさ、真由子はトラックに撥ねられて死んだんだ。その子にはそうは思えなかったんだよ。自分がひどいことを言ったこととか、後悔しててもちゃんと伝えられなくてさ、自分を憎んだり恨んだり、生きているうちにああしておけばよかった、こうしたかったっていう気持ちがいっぱいになって。だから、自分を責めるしかなかったんだ。なんだよ、悪役になろうなんて、小学生がはやいんだよ。なんで、自分を責めるんだよ。もう、叩いちゃったこと後悔して、なんで、この子はこんなにも大人なのかって、いやな気持ちがした。この子が大人なのは周りの大人たちのせいだろうってわかったからさ。

「お前は悪くない」って言ってやりたいけど、俺はまだそれほどに大人じゃないし、そんな言葉がなんになるんだよ。なんか、もう見たくなくて、俺は女の子から逃げたよ。背を向けて家の中に入った。


 その日の夕方も女の子と普通にごはん食べた。ハンバーグと白飯と味噌汁。ふいにさ、ちりりんって鳴った音に女の子が窓のほうを見たんだ。風鈴。そうそう、家にかえったときに服と一緒に俺のものをちょっとだけもってきたんだ。それで、この家があんまり寂れてるからさ。さすがに自転車で運べるものなんて限られたから、風鈴。そんとき、車の免許をとろうと思ったよ。

 風鈴の音がしてるのに、女の子が俺をみてまた黙ってた。かわいげないの。


 翌日もさ、その子が夏期講習に行っている間は、暇だったわけだ。蝉なんてみんみん鳴いちゃって、ああ、うるせーと思いながらさ、ともかくなんかしておこうと思って、庭とか見ると、もう洗濯物とかちゃんとされてんの。

 かわいくないガキ。

 夕方までうつら、うつらしてたら、突然、ぴか、ごろごろ……なんだぁと見上げたら、空が灰色になってて、カミナリ様がごろごろいって、ざぁああて雨が、もうすごい勢いで降ってきて、おお、これはと思ったら、女の子がいきなり帰ってきたんだ。ずぶ濡れで、慌てて自分の持っていたもんとかほりなげで庭にいくのに俺は、ああ、洗濯物って思って、一緒に庭に出たけど、もう、だめだったな。完璧におじゃん。そのとき女の子が怒って俺を睨みつけて怒鳴りつけやがった。

「ばか」

 なんて言われても言い返しようがないじゃん。


 その日の晩まで、その子は口を利いてくれなかったのに俺はどうしようかと考えて、ちょっとスーパーにいってさ、買ってきたんだ。なにをって、花火。だって、子供が喜ぶ祭はさ、もう終わってたからさ。女の子は、俺が買ってきた花火を見てきょとんとして

「こんなのだめ」

「なんで」

「まだ真由子さんが死んであんまりたってない」

「平気だよ。あいつ、そういうの気にしないからさ」

 化けて出るなら、出てこいよ。昼間見た真夏の怪奇特集みたく、ユーレイが出てきて悲鳴の一つもあげるのも悪くない。

 むしろ、出てきてほしかった。

 会いたかったよ。真由子に。過去の恋人だったわけだし。正直に話すとさ、真由子のことはまだ好きだったからさ。

 その子と砂浜に出て、真っ暗な海の前で花火したよ。線香花火とか、ネズミ花火とか。千円だから、たいしたものはなかった。けど、二人で楽しむにはよかったわけ。最初はしぶってたけど、途中から楽しんでくれたしね。それで、最後は線香花火。シメはこれじゃん。

「写真」

「えっ」

「あなたの写真を真由子さんはずっと持ってた」

「そう」

「真由子さんは、あなたのこと、好きだったの?」

「付き合ってたけど……好きじゃないと君の父親とは結婚しないだろう? 君も引き取ったりしないと思うよ」

「真由子さんはずっとあなたの写真を見ていたわ」

 その子が、俺にそっけない態度をとった理由がようやくわかった。真由子がさ、俺の写真を持っていたことがひっかかってたんだ。

 真由子とは付き合ってた。けど、別れたんだ。真由子が、そう、その子の父親と付き合うって言いだした。真由子はよく我侭をいう癖があった。俺はそんな真由子が可愛かったけど、別の男が好きだから、といわれたときはさすがにね。だから、男としてのプライドもあって、別れたよ。そのあと、真由子が結婚したのも、未亡人になったのに、ざまぁみろとは思わなかったけど、ちょっとだけ心の中では笑ってたよ。まだ好きだったからさ、不幸になる姿をみるのは辛かったけど、やっぱりね……俺、出来た人間じゃないからさ。

 だから、幽霊でも会いたかったよ。俺は言いたいことが山みたいにあった。まだ好きだ、なんであのときに別れたのかって。

 その子がさ、走り出したのに俺は慌てて追いかけて家の中にはいった。女の子は引き出しを手にとって中のものをぶちまけると、そこから何か一生懸命に探しているの。

 それで取り出したのは俺の写真だった。

「真由子は、あなたのことが好きだったの」

「だったら」

 どうして、俺と別れた。俺のことをふったんだよ。真由子。

「パパは、真由子が好きだったけど、もう長くなかったの」

「なに?」

「パパは、最後の恋だって言ってた。だから、最後の恋をしたいって、私が御願いしたの。真由子に! パパがもう最後だから、財産とか、そういうの全部あげるから、パパのそばにいて欲しいって」

「まて、おい」

「それで、傍にいてくれたの。パパのそばにいて、私のママをしてくれたの!」

 真由子は、悪い女になれなかったんだ。俺と付き合いながら、この子の父親と付き合うなんて出来る女じゃないんだよ。

そんな女だったら惚れたりしない。

もし、真由子が別れを切り出したとき、俺が引き止めていたら、たぶん、この子の父親のところなんかいかなかっただろうな。けど、そのとき、俺は自分のことを大切にした。ふられたりするのむかついて、見栄をはって別れて、きっと一番後悔する選択をしたんだ。

「ごめんなさい」

「おい」

「ごめんなさい」

「いいんだよ」

「よくないっ、なんでそうやって大人はなんでも、いいっていうの。私のせいなのに、あなたは、そんなにも偉いの」

「違うよ。わかったから、もういいんだ」

 真由子は、たぶん、好きになったんだ。この子の父親のことを本気で。

 だから、結婚したんだ。

 その子は顔をゆがめて、泣き出した。俺も泣いたよ。


 翌朝さ、目が覚めたら、その子はいなくて俺は焦って外に出ると浜辺に立って海を見ていた。声をかけると振りかえってちょっとだけ笑ったよ。その子は自分のしたことが許せないって口にした。だからさ、じじいのところに行くって言ってた。これから、一生かけて、不幸になるって、そんなこと笑顔でいうの。

 なに言ってんだよ。ばかじゃねぇのかって思ったよ。

 その子と、俺は夏が終わるまでは一緒にいたよ。

 そのあと俺は大学にいってちゃんと卒業して、会社はいって、まあやめたけど、今に至るわけ。うるせーな、ビールをたかるな。え、続き? これで終わったら、おもしろくない? んなあるわけないだろう? 小説じゃるまいし……けど、ちょっとだけ続きをいってやろうか? まだその子と過ごした海の家はある。んで、その家を買いとって住んでるやつがいる。

 酔っ払っても、頭を少しはつかえよ。おーい、ビールもってきてくれーよ。

 さぁね、話しの続きは、うちの嫁から聞きだせよ。

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