それ

 敵を殲滅せよ、というのが雇い主からの命令だった。

 しかし、敵を一網打尽にしたあとの処理については何も言われていない。つまりはすべてシャリーズの自由に委ねられているということだ。

 死体から、奪えるだけ奪いつくすという勝者の特権を思う存分に味わった。正式な兵として登録されていない傭兵にとっては大切な収入の一つでもある。

 ごっそりと奪った金目のものを部下たちに平等に分配し、そのあと捌けないものに傭兵たちは手をつけはじめた。

 大きな馬車の檻の中にいる女たちは、ただ怯えて成り行きを見守っていた。

 今日の敵は奴隷商人だった。

 それもシャリーズのいるバルバの隣国に位置するヨゴナからやってきた奴隷狩りだ。

 バルバでは奴隷の制度は廃止されたが、ヨゴナではいまだに奴隷が扱われる。

 檻から出た女たちはどれもうら若く、奴隷としては申し分ない。かわいそうであるが、この女たちには戻るところはないのだ。そして、荷物をどうするかは傭兵たちの自由だ。

 女たちは、傭兵たちの手によって分けられた。

 

 隣国する二つの国は長い間、戦を繰り返し続けてきた。

 百年も経つとだいぶ飽きてきたらしく、最近は平和なものだ。それでも思い出したように小競り合いは両国で続いている。

 その理由は簡単なことだ。

 ヨゴナは比較的に土地が豊かだが、バルバは山に囲まれて耕そうにも斜面ばかりの土地は痩せ、冬は雪が降る。それでは作物らしい作物は育つはずもなく、唯一まともに収穫できるのはジャガイモくらいのもので、それではとてもバルバ全土の民たちは潤すことはできない。そのため男たちは出稼ぎをしなくてはならず、女も厳しい仕事につくことは避けられない。貧困から逃れるためにもバルバは隣国のヨゴナの土地を狙っているのだ。

 長い戦いの中で正式な兵士たちだけでは頼りないと、傭兵を雇うことも多くある。

 そのおかげでシャリーズたち傭兵は仕事にあぶれることもなく、生きていけるのだ。今のシャリーズの雇い主はヨゴナとバルバのちょうど国境沿いを守るように命じられた貴族の軍人だ。

 彼は何人たりともバルバの地を犯す者を許すなという簡潔な命令だけを与えて砦にひっこんでいる――金回りはよいし、仕事についてケチを言わないので雇い主としては最高にいい分類にはいる。


 奴隷の女たちは、大概が帰る村がなく、下手すると言葉も通じない、どこから来たかもわからない女もいた。

 それをどうするかは自由だ。情が移れば自分の世話役にすればいいし、飽きれば近くの街にでも連れていって娼婦館に売ればいいのだ。

 ただその前に助けた礼くらいはもらってもいいだろうと、奴隷にするよりはまだましだと欲情した目で女たちを見ながら傭兵たちは誰にするわけでもない言い訳を胸のうちでして自己満足を掲げながら女たちを好きにする。

 傭兵たちをまとめる隊長であるシャリーズはまず好きな女を選ぶ特権がある。

 隊長である自分が女に手を出さなくては部下たちも気を使ってしまうので、シャリーズとしては気が進まなくても女を一人は自分のものにしなくてはいけなかった。捕らえられている女はどれもこれも美しかったが、怯えた目で見られると自分が悪人のように思えてくる。

 シャリーズはバルバ人の特有のがっしりとした肉体を持つ男で、傭兵のなかでも最も体格が良かった。

 年齢は十を越えてから数えてない。すでに二十は超えている、はずだ。

 十のときに奴隷として売られ、先代の隊長に拾われた。――いい目をしている。お前は強くなるだろう。その言葉とともに金貨一枚で買われたのだ。そのあと、ずっと戦う中に身を置いている。

 シャリーズは、この傭兵団のなかに引き取られてから十五年過ぎたとき先代の隊長から座を譲られた。いらないといったが、最後の隊長命令だとごり押しされたのだ。周囲も若い隊長に文句はいわなかった。この傭兵団の中では隊長の次に古くからいて、人を誰よりも殺している男だったからだ。

 傭兵たちは自分よりも強い者に従う。それがたとえ自分よりも年下で、どういう出生にしても、だ。

 強いことが全てであり、生き残っている男こそ信頼される。

 それが一番、戦いのなかで生き残れる確率が高いと、命を張って生きる者は知っているのだ。


 シャリーズの選んだ女は黒く長い髪を腰まで伸ばし、それがまるで海の波のようにふわふわと揺れている、あきらかに異国の女だった。

いろいろなところへとあてもなく根のない綿帽子のように彷徨う傭兵稼業をしているシャリーズにしてもこんな見事な黒髪を見たことはなかったし、女の焼けた黒い肌は、ここら周囲ではお目にかかることはないものだった。

 シャリーズはほし草のような金色の髪に、よく晴れた空のような青い瞳をしていた。バルバ民特有の髪の色と目の色だ。ヨゴナにしても金髪ばかりなので、こんな黒髪はいない。一体、どこからこの女はやってきたのだろうか。

 この女を選んだのはさしたる理由なんてものはなかった。あえていえばその見た目の異様さについ心惹かれるものがあった、といえばいいのだろうか。いくら肝が据わった傭兵たちも、これほどに自分たちと雰囲気の違う女を抱こうというツワモノはいない。ほっておけばこの女一人だけ余ることにもなる。情けをかけたというのもあるが、ただたんに若さゆえの恐いもの知らずからだ。

 問題は自分のテントに女を持ってきたはいいが、さて、どうするか。女を見ていると戦ったときに味わった激しい欲望は萎えていたが、腹の底には湧き上がる何かがあった。それは吐き出されたくて猛然と暴れている。このままでは自分が自分の感情にのまれておかしくなってしまう。そんな不安すら感じてシャリーズは女へと手を伸ばした。黒い肌は思った以上にきめ細かく、すべすべとしていた。女が、そのときふっと笑ったのを見たとき何か突き動かされるように女の首へと噛みつき、寝床に倒し覆いかぶさった。

 女はシャリーズの激しい性欲を、そのほっそりと体ですべて受けきってみせた。

 暴力にも似ていたセックスの中で女は一度も声をあげはしなかった。そして抵抗も。

 声が出ないのか?――シャリーズは自分が欲望へとのまれていく中でぼんやりとそんなことを考えていた。

 シャリーズは気がつかなかった。女が一度として快楽に息を乱すことがなかったことに。


 奴隷の女たちは、よく働いた。それぞれに自分を見染めたくれた男のために朝早くから食事を作り、掃除をし、洗濯と小鼠のように動きまわった。

 傭兵たちにしてみても男だらけの生活は味気ないので、雑用をしてくれる女がいることはありがたいことだった。夜にだってお楽しみが待っている。

 傭兵の集まりに女は常に存在する。

 男だけでは生活がままならないので、拾った女を一緒に連れていくというのはさして珍しいことではない。

 はじめのうちこそ悲観していた奴隷の女たちも、異国に売られるよりは自分たちと言葉が通じ、同じバルバ人の傭兵に拾われたことを幸運と思ったのか。はたまた一度体を開くと情が移るのか、女たちは今では自分の世話する男の尻を叩いては働かせるほどの女房ぷりを発揮している。

 そういう風に女たちに世話されるのがいやという男はおらず、幸せそうににやにやと笑うばかりだ。

 そのなかで唯一ままならないのがシャリーズだ。異国の女は一言も言葉を発せずにいた。はじめのうちは単に言葉が通じないだけかと思って声をかけてみせたが、女はうんともすんともいわない。いくらこちらが噛み砕き、必死に話しても反応がないのでは意味がない。

 もしかしたら、声が出ないのか。それとも頭が足りないのか? 危惧していたが、しかし女はこちらの言葉がまったく通じてないというわけではなかった。言いつけばそれをちゃんと守るし、女はシャリーズの衣服を整えたり、料理をしたりと働きもした。なによりも女の黒く輝く瞳は利口そうであった。

 どうすればいいのか。この女を。

 言葉がまったく通じないというのがこれほどにストレスになるとは思いもしなかった。女がいると憂鬱な気持ちになり、塞ぎこんでしまう自分がいた。だから女が起きている間は自分のテントには近づかないようにしようとしたが、これは失敗した。一晩帰らずに、わざと朝に戻ったとき女は床にぽっつんと糸がきれた人形のように座っていたのだ。ずっとシャリーズを待っていたようだ。それを見てシャリーズはたまらず、夜は出来るだけはやく帰り、寝てしまうようにした。

 一か月ほどして、女はときどき気分悪そうにふらついていることがあった。シャリーズはあえて女とかかわらないようにひっそりと息を殺し、見ないふりを通していたが、その日は、さすがにほっておくことができないほどに女は青白い顔をしていた。

「おい、お前、平気なのか」

 たまらずシャリーズが声をかけると女はぼんやりとした目を向けて、そのまま倒れたのにシャリーズはどうしようもない怒りを自分自身に感じ、すぐさまに医者を呼んだ。

 女がいて困るならば、さっさと近くの街の娼婦館でも売ってしまえばよかったのだ。自分があえて女と関わらないようにしていたことを思い出して自己嫌悪に陥ってうんざりとしたが、医者がとんでもないことを口にしたのには憂鬱になっている暇もなくなった。


 ――ご懐妊ですな


 その言葉は良く研いだ剣のように、またはひどく重い鉛の鈍器が骨を砕くような一撃のような打撃を与えた。

 頭が一瞬、くらりと眩暈を覚えた。視界だけはしっかりしていたが、強い酒を飲んだときのような激しい酔ったときのようだ。

 計算は不得意だが、女をはじめて抱いた日を考えると、医者の告げた懐妊とはあっているように思えた。――つまりは自分の子か。

 隊長であるシャリーズの女に手を出す不届きな男はここにはいない。それも得体のしれない異国の女に。

 ――俺の子か。

 シャリーズは唖然としたが、はじめて女を抱いた日は戦いで気持ちが高ぶっていた。避妊なんて高度な考えなんてなかった。

 ――俺の子か。

 シャリーズは青白い顔をして眠っている女を見て憂鬱な現実と向き合った。自分の子をこの女が孕んでいるのかと驚きと愕然とした気持ちばかり胸のなかに広がる。嬉しいなんてこれっぽちっても思わない。

 女がうっすらと目を開けてシャリーズを見た。

「……捨てますか?」

 シャリーズははじめ、その問いの意味が理解できなかった。

「お前」

「捨てますか?」

 女が、再び声をかけてきた。ひどく滑らかなしゃべり方だ。

「しゃべれたのか」

「ええ」

「どうしてしゃべらなかった」

「殺されてしまうからです」

 女はきっぱりとした口調で言い切ったのにシャーリズはむっとした顔をした。

「俺は無力な女を殺したりはしないさ……それに俺の子がいるんだぞ」

「この子は……あなたの子ではないかもしれない」

 女の弱弱しい声にシャリーズはきゅっと眉を寄せた。

「どういう意味だ」

「私は、あなたに拾われる前には、あなたの殺した商人の女をしていました。異国の見た目をしているからと……けど、私は、このヨゴナの生まれです。母は遠い異国の地から来た踊り手で、ヨゴナ人の父と知り合い、結婚しました。ですから、私はれっきとしたヨゴナ人です。……半分は」

 女は首を少しだけ傾げた。

「十のときに両親が死んで、私は叔母夫婦に引き取られましたが、そこで売られました。異国人である私を毛嫌いしてのことです。今までずっと奴隷として生きてきました。あの商人の傍で……商人なので、両国の言葉を操りました。私に言葉も教えてくださいました。両国の……あの日、あなたに拾われた夜、私は商人に犯されたあとでした」

 女の告白にシャリーズは黙ったまま下唇を噛みしめた。

「その男を愛していたのか」

「まさか」

 女は吐き捨てた。とても当たり前のことのように。

「私の腹には、あなたの敵の子がいるんですよ」

 ただ淡々と真実を突き出してくる女にシャリーズは深いため息をついた。息が苦しくて、どこかに逃げ出したい衝動に駆られた。

「名前は?」

 無理をして吐き出した声に女は瞬き一つせずに口から言葉を吐いた。

「それ」

「なに」

「ただ、それ、と呼ばれてました」

 それと名乗った女はじっとシャリーズを見つめた。

 黒い瞳に心臓が掴まれたかのようにシャリーズは顔を強張らせた。

「名前はあったかもしれませんが、もう忘れました。ただ、それ、とだけ呼ばれてました」

「しゃべらなかったのは、俺を観察するためか」

「私がここの言葉をしゃべれたら、それだけでいろいろと理由を聞かれるでしょう。下手をしたら殺されてしまいますもの」

 確かに敵国と通じていた女がしゃべれるとしたら、その女から情報なりとも手に入れようとするだろう。手柄をたてれれば報酬も手に入る。雇い主が知れば無理に口を割らせようとしての拷問して死なせることだってありうる。

「お前を雇い主に売るとは思わないのか」

 女はじっとシャリーズを見つめた。その目から逃れられない衝動に駆られた。

「傭兵だからな。お前を売っても俺の手柄にはならないものな。だが金にはなる」

 不敵に笑ったつもりだが失敗した。泣き出しそうな顔をしてしまったのだと自分でも思った。慌てて顔を逸らして小さくため息をついた。

「私を捨てますか? 殺しますか? この子ともども」

 それ、と言われる女がほしいのはただ現実だ。自分がどうなるのか。甘い囁きも、現実から目を背ける一時の気休めも彼女ははねのけてしまう。

「ゆっくりと体を休ませろ」

 シャリーズはそれだけ言うと逃げだした。


 女の腹は見ているシャリーズのほうがはらはらするくらいにみるみるうちに膨れ上がり、傭兵部隊にもシャリーズの子を奴隷が身ごもったという噂はすぐに流れた。

 部下たちは快くお祝いをしてくれ、自分も結婚しようかと嘯く者までいる始末だ。どんどんと膨れる腹を見ながらそろそろ決断のときが来ているのだとシャリーズは考えた。十月までほっておいたら、子供が生まれてくる。その前に母親の股に毒を押し込んで殺すか、はたまた母親の首を斬って両方とも殺すか。シャリーズが奴隷の女を殺したとしても、傭兵たちはさして気にしないだろう。この和やかなお祝いのムードも一時沈んだとしても、それだけだ。相手は異国の口もきけない奴隷なのだから。


 シャリーズは夜になるといつも自分の部屋に戻った。女はシャリーズを待っている。妊婦のせいか、食事を作るのがつらいらしいが、文句を口にしなかったし、弱まったことを見せることはなかった。たた食事には手をつけない。食べたくないのだというし、一度食べろと命令して無理に食べさせたが、そのあと吐いた。

 夜の虫たちが愛の歌を紡ぎ合うだけの静寂のなか。シャリーズは甘いウィスキーを飲んだ。

「俺の母は、父に殺された」

「……」

「俺は、ここから東に位置するカルカというところの生まれでな。特定の場所は決めず、みな、流れ流れて遊牧民として生きていく。だから、一つの家が一つの族と呼ばれる、街や村のようなものだった。

 母は、そこそこ大きな族の娘で、父は別の族の息子だった。二つの族同士が結婚し、大きな族となることは珍しいことではなかった。二人は結婚し、その翌日に母は連れ去られた、父のことを憎む族の男の手によって」

 虫たちの声が静寂のなかにひどく大きく、聞こえる。

「一年ほど、父は血眼になって母を捜し、助け出した。その憎い族の男を殺して……元々遊牧民は、助け合うこともあるが、互いの財を奪い合う、賊のような行為も平気でする。とくに女は戦利品でもののように扱われることが常だった……助けられた母は、大切に扱われていたそうだ。ただ、その腹はでかかった」

 酒を一気に飲みほして、シャリーズはそれに酒の瓶を差し出した。そっと黒い手が伸びて、酒瓶を受けとったが、飲もうとはしなかった。

「そして俺が生まれた。どちらの子かわからない。……俺が五歳のときだ。父は結局俺を寛容できなかったんだな。母を殺し、俺を奴隷として売った」

 正確には母は自殺をしたのだ。父が自分を捨てるというのに母は父にしがみついて抵抗した。それに父は激怒して――憎むべき敵の子を孕んだ売女め。決して口にしてはいけない罵りを口にし、母は泣き叫び、父の剣を奪い取ると、喉を突き刺して死んだ。父は悲鳴をあげて愛する妻を抱きしめ、自分を睨んだ。生まれてこなければよかった。こんな呪われた子は。

 これほどに憎んだのに殺さなかったのは親としての情だろうか。哀れみだろうか。それとも生きてもっと苦しめということだろうか。未だに父の心が自分にはわからない。ただ自分は、もうすべてを憎しいと思うことでしか生きることが出来ないのだと思った。そして、それは正しかった。

 先代の隊長に拾われ、血生臭い世界に足をつっこんで戦いながら生きた。汚いものばかりを見てきた。かわりに強さを手に入れた。はじめはこの力で父に復讐したいという気持ちもあったが結局何もせずに 月日を過ごし、今では傭兵の親分になっている。とはいえ、己の胸にある黒い憎しみは今だってくすぶっている。ただ、それだけを持ったまま生きていくのは不可能だった。ゆっくりとそれでも確かに進む時間は憎しみを水で溶かしたように薄れさせていった。ただし、薄れさせても、あのとき感じた憎しみはきっと一生、自分が背負う重みなのだ。

「あなたもそうしますか?」

 古い、封印した記憶の中にいたシャリーズはそれの声によって現実へと引き戻された。シャリーズはちらりとそれの腹を見た。

「いつ生まれる」

「あと五カ月ほどです。殺すとしたら、いましかチャンスはないでしょう」

「お前はいいのか?」

「殺すとしたら、私も一緒に殺してください」

「……」

 それは、大きな腹を撫でていた。シャリーズを見ようともしない。

「顔をあげろ」

「はい」

 それが、顔をあげた。その黒い瞳のなかに自分の姿がある。

 はじめて、その瞳を真っ直ぐに見た。こんなにも澄んだ、震える目だったとは思わなかった。

「私は」

 それが震える声で呟く。

「誰の子を孕んだのでしょう? そして、この子はどうなるのでしよう。私は無力です。子しか産めません。ですが、その子がいずれは私の憎悪をついで誰かを殺してくれるでしょう。もし、その子が無理でも、別の子が」

「なにを憎んでいる」

 それは口元に笑みを浮かべた。

「私の憎いと思った男はあなたが殺してしまった。あの男はまるで獣のように私を扱った。腕を脱臼させ、犬のように芸を躾けられ、あられもない言葉を教えて……けれど、その男は死んだ。シャリーズ……あなたが殺してしまった」

 はじめて、名を呼ばれた。

 冷たい手が頬を、そっと撫でる。

「私の憎しみは、たぶん、両国の憎しみでしょう。バルバがヨゴナを滅ぼそうとする。いずれは私の子が、ヨゴナを滅ぼそうとあなたのように剣をとるんでしょう。……そして、いつか両国とも滅びる。虐げられた女たちの激しい両国に対する憎しみを受け継いだ子どもたちによって」

「……それで、どうなる」

「おしまい、でしょうか」

 それの手がそっと離れようとしたのにシャリーズは手をとって、押し倒した。口づけを交わす。触れて、奪い、与えては、無くしていく。すべては一本の線のように。口づけは数分のものだったが互いに息を乱して震えていた。そのときになってはじめてシャリーズは自分が欲情していること、そして、それ、が震えるほどに感じていることに気がついた。

「俺の子だ」

「……」

「俺の子だ」

 父も、同じ決意をして、結果、だめだった。疑いが日に日に大きくなって最後には激しい憎しみによって自分を、母を殺してしまった。憎しみが憎しみを呼び、戦が戦を呼ぶ。そしていずれは終わりがやってくる。

 たった一つ、何か一つでも許せることができれば、終わりは変えられるだろうか。シャリーズにはこの選択が正しいのか、それとも間違っているのかわからない。いずれは、時が答えを教えてくれるだろう。

ただ今はこれが正しいと思ったことをして生きていくしか自分にはできないのだ。

「俺の子だ」

 シャリーズの言葉に女はふっと濡れた唇で笑った。はじめて目にすることが叶った、女の美しい微笑みに言葉もなく見つめた。

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