アイリッシュルシアンを一杯
私にはあばずれの友人がいる。つか、それって男なんだけどね。
男とセックスが大好き、快楽上等、それがないとむしろ生きていけない。
見た目はスーツでばっちり決めていて、髪の毛を撫でつけていると二十代後半かと思って年齢を聞いたら三十代で私よりも五歳も年上だった――肌にはしみひとつない、美貌はそこそこ。そのうえで大手企業の社長秘書――詐欺だ。神さまは与えすぎだ。
あばずれは、ホモで、大酒食らいだ。
今日だってカウンターで美味しそうにカクテルをがばがば飲んでいる。私は一度あばずれに酒を奢ってもらって飲んだことはあるが、これがとてつもなくアルコール度が高くて一発でノックダウンした。以来、私はあばずれの酒にだけは手を出さないし、無理してこいつに合わせようとは思っていない。こっちが潰れる。胃が荒れる。
「だって、人生、一度きりだもの」
仕事のときは知らないが、私はあばずれの女言葉しか聞いたことがない。それもどうやらわざとやっている節がある。
「この店にあんたの穴兄弟って何人くらいいるのよ」
「あら、下品。ミーコってば! うーん、だいたい、両手あまるけど?」
どっちが下品なんだ。この下等生物並みの貞操観念しかないやつは。――男だけどさ。
「あんた、そのうち刺されるわよ」
「遊びってわりきってるもの。ミーコはかたすぎるわ。だから恋人出来ないのよ」
平然と言いきられて私はかちんときた。
恋人が出来ないのは絶対にそのせいではないし、それをいちいち言われたくもない。
男大好きなあばれすの友人は、女大好きの乙女思考のレズのミーコ。――てか、私。ゲイとレズのコンビはわりといるけど、私たちって変なコンビだと思う。
知り合ったのは、ゲイの出会いのためのバー。そこは女のゲイ――つまりはレズもいる。
私ははじめてその手の店にはいった。その日は恋人に浮気された挙句、ふられて自棄になっていた。
カウンターにとぐろを巻いていると、横に颯爽とあらわれたあばずれ。慰めるわけでもなく、私に酒を一杯奢ってくれて――これでノックアウト。そのあとの記憶は曖昧だけども、翌朝、あばずれとラブホテルで目が覚めた。
「ホテルに泊まってなにもないなんて、はじめてだわ」
などと言い切った。
それから私たちは急速に仲良く――ホテルを出たあと、あばずれは酔った私から聞きだした恥部を笑い物にしながら、一緒に食事をして、ショッピングもした。夕方、携帯番号を交換し、バーに行くと、そこでまたしてもあばずれがいた。ストーカーか、お前は! 怒鳴りそうになる私を横にはべらせて、傷口を抉りこむようなネタで酒を飲み、声をかけてきた男と出ていった。
なんてやつ。それでもあばずれは毎日、私にメールをしてきた。それも傷口をえぐりこんで塩を塗り込むような言葉ばかりのメールを!
おかげで私は腹を立てて――気がついたら立ち直っていた。
あばずれはセックスが大好きで、まさに辻斬りのように男を喰っていく。
「同性同士なんてそんなもんよ」
ひらひらと手をふって笑うあばずれ。以前、気になって、いままでセックスした相手はどれくらいか聞くと、少しだけ考える間があいて
「百人は超えたかも」
本当に辻斬りだ。
「けど、千切りするとかいってた子もいるしね」
辻斬りはわりと多いことが判明。
一方私は、レズだが、奥手だ。
スポーツして、伸びにのびた身長は男の子みたいとわりともてる。けど、私はセックスではなくて、心で繋がりたい。そんな青いことを口にしたら女の子たちは散っていった。まさに蜘蛛の子のように。
だから私は仕方なく、あばずれ相手に酒をくらう。
「純愛なんて古いわよ、ミーコ」
「うっさいな」
「楽しまないとね」
「……そんなにセックスが楽しいの?」
「燃えるわよ。一夜限りだと思うとあとくされなくて変態プレイしてもいいし」
釈然としない。
「まぁ病気とか怖いから定期的に検査してるし、ゴムはつけてるしね」
「本当にそんなの楽しいの?」
「あら、楽しくない?」
私は眼を泳がせる。
「愛のあるセックスはいいと思う」
「ミーコって古いわよね」
そんなあばずれが次に会ったとき、嬉しそうに私に恋をしたと報告した。
あのあばずれが! 私は驚いた。まさか、本当に恋したの? と聞くと、大真面目に頷いた。
「だって、彼と知り合ってセックスして、そのあと別の男としても楽しくなったんだもん」
そんな確認があるかよ。
しかし、その恋人さんにはちゃんと告白されて、いまはらぶらぶだとか――知り合って何週間で付き合いはじめてる。
またはやい。
「だって、待っていたら干からびた爺になるじゃない」
まさに正論。
ミーコは? とあばれずが幸せそうに尋ねるのに、悪かったな、私には良縁はないよ――怒鳴ったのは別に羨ましいわけじゃない。
私は高校時代に恋をしたことがある。甘く、蕩けるような恋。
女の子相手だったけど。
相手は私より一つ下の後輩。
そのころからかっこいいと、取り巻きがいたりして、わりともてていた。まだ自分がレズという自覚は、あんまりなかった。いや、少しはあったけど。
その後輩が告白してきたとき、うれしかった。私たちはいつも一緒にいた。
そして、はじめてキスして、セックスした。慣れないながらも、がんばった。あのとき、体がぴったりと重なり合って、心が満たされて、無性に笑いたいような、心がほかほかした幸せな気持ちは忘れない。
完全無敵の恋をした。――そう思ったのは私一人だけだったらしい。
私の卒業式のとき、後輩は男の恋人を連れて、おめでとうございますと言ってきた。
二股をかけられていたのに驚いた
後輩は平然と
――だって女の子同士じゃないですか
と言いきった。
じゃあ、セックスは? キスは? 二人の時間はなに? と聞けなかった。他の先輩でも女の子とレズをしていた子がいた。その先輩たちは――あんなの遊びよ、と笑った。
けど、私は、遊びにしたくなかった。
出来なかった。だからここにいる。
恋に破れても、その恋を信じて、運命の赤い糸で繋がった相手を待っている。
深夜の三時にあばずれから助けを求められた。
車を飛ばして、古びたマンションに行くと、そこに全裸の色ぽいあばずれがいた。
「ごめーん」
殴られたらしく、頬が腫れている。
「どうしたの」
「喧嘩したら、レイプされて、放置された」
目のやり場に困って私は上着をあばずれにかぶせて、車に乗せた。
そいつは意外と悪いやつだったらしい。あばずれ曰く「悪い男っていいじゃない」仕事も全うなものはしてないらしく、毎日飽きもせずストーカーまがいにメールを連発してきたそうだ。おおこわい。本当にいるのか。それでもあばずれは文句言わずに付き合っていたのか。恋とは盲目だ。
あばずれが他の男と話したということで今回は喧嘩したそうだ。けど、その男は別の男とセックスしていたらしい。
つまりは浮気か。
男だらけのトライアングル。絶対にかかわりあいたくない。
そしてあばずれはぼろぼろにされて捨てられた。それを拾いにいくのは私の役目。
「携帯電話は死守したけど、こまったわね。財布、とられちゃった」
「貴重品は?」
「あ、それはもってなかったから平気。カード類はあとで使用停止しとかなきゃ」
救いだったのは、命があったことと、貴重品がとられていなかったこと。それだけだ。
「けど、どうしてそうなるかなぁ」
私は呆れると、あばずれは笑った。
「だって恋しちゃったら、仕方ないでしょ」
ええ、全くその通りでございます。
恋は人を馬鹿にする。
じゃあ、友情は人をなんとするか。
三日後、その最低男は私とあばずれが飲みに行く店にあらわれた。私がトイレに立っているとあばずれに迫っていた。あばずれは困ったように笑ってまんざらでもない態度をとる。こういうときあばずれは絶対にいやな顔をしない。わかっていることでもいらっとして私は自分のテーブルに戻った。
いつもなら、このままバイバイをする。
私はいつものようにお会計をして出ようとした。
手元にはほとんど手をつけていないアイリッシュルシアン。
隣では最低男とあばずれ――あばずれは嫌な顔をせず笑っている。困ったような、嬉しそうな、断ちきれないものに苦しんでいる目をしている。
私はあばずれの腕を掴んで引き寄せた。ついでに飲みかけの酒をぶっかけた。
「俺の女に手をだすんじゃねぇよ」
嘘だけど。
騒ぎを起こして、私たちは店から三日の出入り禁止をくらった。ちなみに最低男は無期限で出入り禁止――いろいろと悪いうわさが流れていたんだってさ。ざまぁみろ。
「あんたって、男前だったのね」
怒られた帰り道。私たちは手を繋いで歩いた。
「そう?」
「うん。かっこよかった。惚れちゃいそうだった」
「まぢで?」
「まぢで、まぢで」
そのあと、私の部屋に行って、先ほどの騒動を肴に酒を朝まで飲んだ。その勢いで私は最悪の初恋を暴露して、また弄ばれるネタを提供してしまった。それに気がついたのはあばずれにそのネタで笑いものにされたときだった。私の馬鹿。
「けど、そのうち、いい恋もあるわよ」
「そう思う?」
私は酔っ払うと、やさぐれるタチで、その日も反省やら後悔といった気持ちを両手に抱えて重すぎて、最終的にはテーブルに突っ伏してうだうだとしていた。
「思うわよ。ほら、このアイリッシュシアンってね、ロシアって意味があるの。あそこ寒いけどさ、雪降れば溶けて春がくるじゃない? 春を信じるって素敵よね」
春がくることを信じてる。
私も、あばずれも。
けど、私には春は来ないかもしれない。
私は倒れた。それも病気にかかって。
エイズにかかっていた。――それに伴って私は自分の性癖が親にばれた。医者相手に自分がレズだからですかなんて聞くんじゃなかった。そもそも繋がりようないから移るわけないじゃん。動転すると人間なにをするかわからない。私の馬鹿。
私がエイズにかかったのは、昔、事故にあったときの、輸血のせいだった。
原因がわかっても、レズだと親にばれて縁は切られた。
さらにエイズとわかってレズたちは私を捨てた。――病気になるって寂しい。仕事も解雇されて、さらには場所もない。
病院で世界なんてなくなっちまえと恨みを胸いっぱいに溜め込んでいる私のところにあばずれはぴっしりとしたスーツ姿でやってきた。
「あんたの最悪な顔を見てやろうと思って」
そんなことを言いながらあばずれは私のために林檎を剥いてくれた。
「解雇されたんだって?」
「うん。病院代とか、どうしよう」
捨てられた私は嘆いてばかりもいられない。
誰も助けてくれないから、このまま時間がだらだら過ぎてなにもかも本当に残らない。生きるためにはなにを置いても仕事しなきゃ。
泣いても、わめいても。一人でも。レズだしね。私。
「私が払ってあげるわよ」
あばずれは平然と言い返す。笑ってる。
「家賃とか、病院代とか、あ、そうだ。仕事やめたなら、あんた、うちにきなさいよ」
「なに言ってるの、あんた」
「なにが?」
「だって、そんなことしたら」
そのあと言葉が続かなかった。私には拒否権がまるでないのだ。迷惑かけるけど、あばずれにすがるしかないのだ。それが悲しくて切ない。
けど、あばずれは、あの最低男を相手にしたときみたいに嫌な顔一つしない。酔っ払いに絡まれたときみたいにこにこと笑っている。
「私さ、あんたのこと好きなのよね」
「なにもないのに」
「私、ホモだもん。それにあんたレズだし。あんたとおしゃべりすると気持ちいいのよね。まぁセックスには劣るけど、あんたがいたいだけいてもいいのよ。ほら、あれだ」
そこであばずれはうさぎちゃんに切った林檎を私に差し出した。
「あんたの女だから、私」
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