二人で食事を
酸素ボンベがほしい。呼吸をする方法を誰か、教えてくれないかな。嵐みたいな責めの言葉に私は必死になって息をしようとするのに、なにもかも奪われてとたんに窒息してしまう。苦しくてたまらない。
朝の七時から八時、下手すると九時までかかる仕事の多忙さに私はまったく使えない。毎日あれこれと罵られるようにミスを咎められ、すいません、と謝って、始末書とヒヤリハットを書かされて、もうくたくたになって家に帰ったら死ぬように眠る。お風呂にはいるのもめんどくさくて、なにもかもいやになる。
今日も今日とて仕事が出来てないのにせっせっと手を動かす。まずは書類を作って、下準備に手を動かす。まだ帰れない私と同僚たち。上司も帰れない。不思議なくらいに仕事が溜まっていて、迫ってきてなんでこんなに大変なんだろうと不思議に思う。毎日、毎日、せっせっと動いているのに。働き蟻みたいに必死なのに、どうしてこんなにもなにも終わらないのだろう。
けど、そういうタイミングで
「ハーイ、ハニー」
ちょっとだけ休憩、と自分に言い聞かせる。トイレに向かったら、不意にポケットの携帯電話が震えた。
携帯電話をとると、明るい声。私は目を瞬かせる。
「まだ仕事?」
「うん、仕事」
「僕も飛行機に乗って帰るんだ。そのあと、ここから隣町に向かう車を運転してる。迎えに行ってもいい?」
「うん」
明るい声と誘いに、時間を確認する。八時半には行くよ、と言われて私は現金なものでトイレから憂鬱な仕事場にユータン。とりあえず、目の前の作業だけは終わらせよう、そうしたら周りはまだ残っているけど、帰ろう。なにがあっても帰ろう、だって迎えがくるんだもの。
言い訳は出来た、あとは動くだけ。
やりたいことが特にない。この氷河期と言われるご時世で、唯一人手不足だと言われる介護施設に就職した。そのついでに家を出た。家族仲は悪くないけども、このまま何もできない自分に若い私は嫌気を覚えて外に出た。そのためにものすごくお金はかかったし、仕事と新しい生活と介護の難しさに凹みに凹んで毎日死にたくなった。仕事で罵られるのも、失敗して始末書を書かされるのも、ついでに自分が家事を一切出来ないことにも、いろんなことに腹を立てて、落ち込んで、休みは鬱々と寝込んでめちゃくちゃ!
私ってなにがしたいんだろう。どうしたいんだろうとよくわからなくなってしまった。なりたいものとか、したいもの、そんなものが一切ないすっからかん人間だと気が付いたますます困った。え、それだと、生きてる意味ってあるのかな?
本気で鬱になっていたのか、ベッドから動けなくなってごはんも食べずにすやすやと眠っているとき、ああ、私はきっとだめだめゲームのキャラクター。私が死んだらゲームリセット。新しくゲームがはじまる。だからゲームをリセットしよう。ゲームゲームと繰り返していた。それでもぎりぎりでゲームリセットを選択しなかったのは私の意地汚さのせいだ。
せっせっと手を動かして今日の残っている仕事――来月の飾り付けを準備していると、受付にいる人が声をかけてきた。介護施設だから二十四時間、受付には人がいるようになっている。
「なんかお客さんがきたんですけど、それも外人の」
残っている職員がきょとんとするのに私は立ち上がる。
「それ、私のです」
速足で向かうと玄関口で待っていた彼を見て、あ、おなかすいた、と反射的に思った。
彼が、にこりと笑う。
日本人だと逆立ちしてもこの気障さは無理だろう。絶対に無理! きらきらの金髪に、ブルーの瞳。長い鼻に、掘りのある顔立ち。
ぱりっとしたスーツ。これは高いぞ、高級だぞと本気で思う。
「ハーイ」
甘い声。
どこの海外ドラマのキャストだ、お前、と本気で思う。思うけど、これが現実にいることに神様、ありがとうっと感謝しそうになる。
「リチャード、ごめん、時計を見てなかった。すぐに支度する」
「待ってる。急がなくてもいいよ、ここがナオの仕事場? いいところだね、今度は午前中に挨拶に行くかも」
「なんで」
「……僕の仕事、何なのか忘れてない?」
リチャードと私は向き合ったまま沈黙した。
不意に、きゅるるっと音がした。私のおなかが鳴いている。それにリチャードは笑った。
「国際医療福祉の調査員として一つ提案、帰らない? 日本人は働きすぎだよ」
彼に言われたくない。
今朝、目覚めたとき、今日は東京に行って帰ってくるから、帰りは迎えに行こうかと言われて、意味がわからなかった。仕事で全国、下手すると国だって行き来する彼は時間の見つけ方がうまい。絶妙なタイミング、針に糸を通すように電話をかけて、会おうと口にする。
朝の五時には起きて東京行きの飛行機に乗った彼は、最終便の飛行機に乗ってとんぼ返りすると、車に乗って私を迎えにきた。すごいパワフルだ。ちなみに明日は隣町での打ち合わせはあるけど、それは午後の一時間だけだから、このまま帰るなら君とデートしたいと言われた。ちなみに私は休み。予定はない。その一日後、彼は大阪に三日の出張だとか言っていた。彼は止まったら死ぬ魚かな?
私は大人しく帰る支度をした。奇妙な目で見られたが気にしない。何も言われることはなかった。
私は服を着替えて職員用入り口から出た。彼は車の助手席に私を乗せると出発した。
車が走り出す。
ラジオから唄が響く。
「ねぇ!」
「なに」
「おなかすいた!」
私が叫ぶ。
「僕も! 君に会ったらおなかぺこぺこだっと気が付いた! ねぇ、このまま帰るとしたどこか寄れる?」
「実は、道すがらにラーメンショップがある。チェーン店だけど、ものすごくおいしい。ただし、香辛料ににんにくいれる!」
「よし、食べよう!」
「明日の打ち合わせはいいの?」
「スーツの替えはトランク! あと匂い消しを買っておく!」
仕事の出来る男は私生活でも完璧だ。
「よーし、今日はラーメン!」
「ラーメン!」
二人して声をあげる。疲れているのか、空腹のせいか、私たちはなぞのテンションを発揮した。
リチャードと私が出会ったのもラーメン屋だった。どうして、朝からこんなにも働いているのに、夜の八時過ぎにしか帰れないのかと本当に疑問に思って、疲れ果てていたときだ。料理の出来ない私は食べ物も家にないなぁと絶望を噛みしめた。家事が出来ないのもそうだけど、毎日、こんなにも働いて、たまの休日はひたすらに寝て体力を回復させるしかない私に、家のことをしろ、は酷なことだ。幸いにも掃除と洗濯物はなんとかやっている――やらないと生きていけないことだけしているという体だ。
食べ物なんていちいち作る必要性がない。スーパーに寄れば安くなったお惣菜を買える。それだけ食べていたらいいわけだ。もちろん、味に飽きがくるけど。食べればとりあえずいい。その頃、仕事の多忙さに昼もまともに食べれなかった。上司に怒られたら食欲がなくなるし、仕事のミスをしてクレームをもらえば胃が縮む。だから私はしょっちゅう栄養ドリンクを飲んでいろんなことを誤魔化していた。どんどん痩せて四十キロ台にさしかかるときは、あ、これはいけないと思って意識して食べるようにしたが、けど、どうしても痩せることを止められなかった。その頃、味もいまいちわからなくなっていた。食べても、よくわからないなぁという有様だ。だから家に帰ってもなにもないなあと思ったら、どこかで食べようと思った。幸い、職場の帰り道に繁華街がある。ちょっと遠くのパーキングに停めて、ふらふらと歩いた。飲み屋のうるささと、人の楽しそうな姿。それに癒された。
自分一人だけが置いてきぼりをくらったみたいだ。惨めで寂しくて悲しい。つんと目の奥が痛くなって、涙が滲む。世界に私が一人ぼっち。死んでも生きても何も変わらない。そんな憂鬱な気持ちに沈んでいると柔らかな壁にぶつがった。驚いて見上げると、人の背中だ。私よりもずっと背の高い人がいた。金髪だ。それが振り返った。あ、青い瞳のイケメン。映画の中の人が間違えて出てきちゃったの? ぽかんとする私に彼もぽかんとする。ぽかんとしていてもイケメンはイケメンだ。すごい。イケメンってどんなときもイケメンなんだ。
ぐぅ。
私のおなかが鳴った。
ぐぐぅ。
私のではないぞ、これ。
「ハーイ」
「あ、は、はい?」
「平気ですか? ミセス」
「……は、はい」
頷き人形になる私に、イケメンが笑う。その間も、ぐぅうううと鳴っているおなか。ああ、イケメンでも、さまにならないことってあるんだ。
新発見にびっくりしてしまった。
日本語がすごくうまい。
「あの、すいませんが空腹なのですが」
ぐぅうう。
「空腹」
ぐぅうううう。
「おいしいごはんの食べれるところはありますか? あ、嫌いなものはないので、なんでもかまいません」
ぐうううう。
「……ん、んー」
なにがいいんだろう。
優しく笑うイケメンのおなかはずっと、鳴りっぱなしだ。ドラゴンでも飼ってるのかな、て思う。
「えーと、えーと」
繁華街どくとくの、なんとなく漂う食べ物の匂いに私の鼻孔が動く。
あ。
「らーめん食べたい」
「らーめん?」
きょとんとした顔。
「とんこつらーめん!」
「うん。それにしましょう!」
私の独り言に、イケメンが同意する。同意の声に私はなんだか嬉しくなって、笑った。二人で目と目を合せて、よし、と頷いて歩き出す。
私は先頭に立って歩いた。
この界隈は一人暮らししてから何度か歩くことがあった。それで料理屋さんもちらほらに来てるので、どこになにがあるのか、なんとなく覚えてる。
道を進んで、あ、と声をあげた。
赤い暖簾のとんこつラーメン屋! 私は駆け足で店の前に行く。自動ドアを潜り抜けて、なかにはいると、むっととんこつの匂い。ああ、とんこつ! ものすごく食べたい。
「くさいですねー」
明るい声に振り返って、イケメンがいた。あ、ついてきてる、この人。
私と彼は目を合せて笑いあう。
私がカウンターにつくと、彼もつく。カウンターのなかにいたおじさんとおばさんは二度、彼を見た。
そりゃ、びっくりするわ。
「とんこつらーめんを大盛りで、あ、ぎょうざ! からあげ、ライスの小さいの一つ!」
「私も同じく」
二人して同じものを頼んだ。
カウンターから見える二人がせっせっと動く。
「どうぞ」
ライスとつけものが先に届いて、ぎょうざが置かれる。おなかすいたのに、たれをつけて、一つをぱくり。
肉汁が溢れて、熱い。しゃきしゃきのキャベツとにらの甘くて、苦味がおいしい。
「おー、おいしいですね」
「黙って食べる!」
「確かに!」
ぎょうざを堪能していると、ラーメンが届いた。どんと置かれたどんぶり。ちぢれた麺、とんこつの白に近いけど脂ののった汁。胡椒をとってふりかけると、一気に口のなかにかけこむ。あつあつでうまい。
「ん、んん、らーめん、すすれ、ない」
「すすれない?」
横からの声に私は視線を向ける。イケメンはラーメンの麺をすすろうとして、口のなかにある麺を持て余している。
あれ。
「ひっぱる、口で」
「ん、んん」
だめだ、こいつ。
「噛め!」
「……イェス!」
彼が噛む。ぼとぼとと落ちる麺。
「こう、スプーンに麺をいれて、口にいれる」
「おー! そうすればいいんですね!」
私も自分のことで忙しいので、彼を助けてばかりもいられない。私はライスを手にして、麺を頬張る。それに彼も真似をして、おー、すごい、とか声をあげている。
あっという間にごはんはなくなった。
はぁー。
二人して息を吐いて、両手を合せる。
「ごちそうさま」
「おいしかった」
私はちらりとイケメンを見た。
晴れやかな顔で見つめ合い、このあと、どうしようかと思っていると彼はおずおずと名刺を取り出した。
それを受け取ると、英語で困った。え、なんて読むと、これ、と口にすると、彼は名乗ってくれた。
「リチャード」
ここ数日、おいしくないと思っていたごはんが、こんなもおいしいなんて思いもしなかった。私はおずおずと携帯電話を取り出した。
普段なら、こんな軽率なことをしたりはしないけど、私は彼に連絡先を教えた。彼は笑って、その返事をくれた。
それから私たちは二人して連絡をとりあい――私にそんな行動力はないけど、彼は積極的だった。私と彼はその翌日に出会い、また夕飯を食べた。
「ハンバーグ!」
「ステーキ!」
「お魚!」
「和食!」
などと、私は彼に会うたびにおなかを鳴らし、彼もまたおなかを鳴らした。二人して声をあげて、ときどきスマホを使って検索したお店に向かった。その間にリチャードの仕事と彼がいかに多忙なのかを知った。私が知る限り、彼はアメリカ、フランス、パリに行ったり、日本各地にあれこれと向かったりする。びっくり。一カ月会えないこともあるし、一週間、一緒に食べ歩きをすることもある。二人揃って、これがおいしいと声をあげる。
私が知ったのは、リチャードが味覚がわからない人だということ。
彼は忙しく働いて、世界を巡る。世界がちょっとでもいいならと口にしている。けれどそのかわりに彼は味覚がまったくない、食べ物も嫌いだと口にした。
「むしろ、自分が恵まれているのに、食べたくないという気持ちしかないから、余計に、神様に申し訳なくなったんだ」
その懺悔を聞いたとき、私は、こんなにも辛い人がこの世にいるんだとはじめて知った。なんでもあるのに彼はそれを楽しめない。その罪の意識に押しつぶされそうになって、必死に奮い立って戦っている。けど、そんな彼は不思議そうに私を見てつけくわえた。
「君を見たら空腹を覚えた。そして食べたものはおいしかった。君と離れたあと、もう、ぜんぜん、おなかは減らないし、それでなんとか食べたら味がしない。くそまずいから食べれなかった。一応、同じ店にも行ったけど、だめだったんだ」
それは私も、実は同じで。ううん、私は生まれてからごはんは常においしく食べてきたけども、ここ最近空腹を覚えなかった。味もよくわからなかった。けど、彼の傍だと私は空腹を覚えた。おいしいを思い出した。
私たちは、色気はないけど、食い気はしっかりと持ち合わせて、友人関係からスタートして――というか、食べ友。けど、この人じゃないとだめだと思い始めて、一緒にいる。だってごはんは大切だ。食べることの楽しみがないと人は死ぬ。死ななくても、苦しくて、寂しくて、絶望してしまう。
リチャードの車が走るのに、私は景色を見つめる。その手にはスマホ。おいしいごはん屋のメニューを探す。
「明日は朝から食べ歩く?」
「朝ごはんはホテルかな、僕は。あ、昼は食べたい」
「夜は?」
「夜も」
「この街ってね、魚介類がおいしいのよ」
「魚だね!」
「肉も食べたいね」
二人で食べ物の話をすると、ほっこりとする。仕事で、もう死にたい、行きたくない、ここから去りたいという気持ちがどんどん消えていく。
「あ、ラーメン屋!」
「あそこ? よっし、ラーメン」
「にんにくたっぷり」
「イェイ!」
二人してテンションをあげすぎだ、とは思うけどやめられない、とめられない。
どこのCМのキャッチフレーズが頭に浮かぶ。
私と彼は二人してお店に入ると、テーブル席に座って、ほぼ同時に
「らーめん大盛り、ライスとぎょうざつき」
はじめて会ったときみたいに声がはもった。
「なんだか、おかしい」
「うん。元気出た?」
「え」
「僕が迎えに行ったとき、ゾンビみたいだった」
みたい、じゃなくて、本当にゾンビだった。
生きてまま死んでる。
叱られて、謝って、どうしていいのかわからなくて、泣きたいけど、それもできなくて、するべきことが何一つ終わらない。
地獄だ。
そこから彼が連れ去ってくれて私は生き返った。
「私、仕事辞めたい」
「やめたら?」
「……うーん」
「仕事を辞めるのは自由だよ。仕事は所詮は、自分のしたいことのための手段なのだから、僕は今の仕事が好きだからやめないよ。だって、世界中をまわれるし、そのおかげで君と会えた」
「ラーメン屋で」
「ラーメン屋にも出会えた」
私のときよりも、とびっきりの笑顔。
「それに」
彼は続けた。
「僕はどんな人間も、悪人、善人の分け隔てなく、幸せにしたい。君は笑うかもしれないけど、僕はね、人は常に幸せであるべきだと考えてる。その努力は本人がするべきものだけど、環境が整ってないなどの外部的な不幸は取り除ける」
「たとえば殺人鬼みたいなろくでなしは?」
「そんな連中でも幸せになりたいために、そしてなるために生きてる。ただ、それがこの世界のルールに反しているなら、罰を与えるしかない。それでも、生きているなら幸せになることは義務だよ」
水を飲みながらよどみなく言い切れるのだからすごい。
リチャードは私よりも少しだけ……三つだったはずだが、しっかりと目標と揺るがない言葉を持っている。私はいつもゆるゆる、がくがくだ。生きていて、まぁ、困らないからこれでいいやとは思っていた。けど、リチャードに会うと、そんな自分がすごく恥ずかしい。
たぶん、私はすごく幸せだ。
お金をもらって働いて――最悪だけど、食べていけるし、楽しいものもあるし。けど、心の底から欲しいもの、やりたいことがいまいちわからない。それだって幸せなことだ。恵まれている。
「……君は、ときどき自分に厳しいね」
「え」
「やりたいことがわからないっていうのは、ただ生きたい、幸せになりたい、と思う者よりも、ずっと苦悩に満ちてる」
「うーん、ただ私が私をわかってないのかも。ううん、いろいろとやってみたけど、私、はっきりとしたいってことがなくて、なんか、恥ずかしい。私になにができるかな、役立てるかなって、好きなことってなんだろうって」
「恥ずかしくないよ、君はおいしいものが好き。僕も好き、それはわかっているだろう? それだけでも、わかっていれば世界は輝いてる」
彼の言葉に私はきょとんとしたあと、ああ、そうかと思った。
「今はラーメン、食べたい」
目の前に置かれたラーメンに私は割り箸をとった。
汗をかきながら食べ終わって私たちは店を出た。
「僕は、君のそういうところが好きだな」
「は」
なんだ、いきなりた。
「君は、優しい人間であろうとしている。店の人においしかったと伝えることを忘れない」
「言えるときに言うだけだよ」
「うん。けど、それはきっと喜びだ。君は歓びを与えることが好きなんだよ、そして、それが君のするべきことなのかもしれない」
リチャードの言葉は神様の予言みたいに厳かだ。
生きている間に、自分のするべきこと、そしてしたいことを成す、それは大切だよと、口にする。けど、私の場合はなんだろう。
「だから今のタイミングで言わせて」
「なに」
「結婚しよう」
「……は」
「だって、僕は君の横ではないとおいしいがわからないから、君は僕に幸せをくれる、君は自分の使命がなんなのかわからないと口にしたけど、君は僕においしいを教える。僕は君と一緒にいて、幸せを感じる」
「……」
「それだと、だめ?」
顔を覗き込まれた。ああ、にんにくなんていっぱいれるんじゃなかった。
「君の横だと、僕はいつもおいしいよ」
それは、すごく、すごく素敵な言葉だ。本当に心がぺちゃんこになるくらい、ああ、私って本当にだめだめだぁと思う。けど、なにかできたらいいな、ちっちゃなことでもいいな、と思ってる。けど、その方法も、なにがしたいかもわからない。それは私が今までぼぉと生きてきたからだ。もっと自分ってもんを考えて、しっかりと生きてる人はいっぱいいるのに、本当に私って最悪だなぁと思っていたから
あ、私、見つけた。
「けど、私、料理、できないよ? 本当にへたくそだし」
「なら出前でもとる? 毎日」
「ばか!」
「ジョークだよ。大丈夫、失敗しても、二人でいろいろと試してみよう」
失敗してもいいと言われて、私は頷く。二人で車に乗り込んだ。まだ、私たちの進む道は終りが見えない。
「あ、そうだ、今日、昼に食べようと思っておにぎり作ったんだ。けど、忙しすぎて食べてなかったのあるんだよ」
私は鞄からラップに包んだ、いびつなおにぎりを取り出す。最近、お弁当を簡単にしようとして、おにぎりにしているのだ。ちなみに中身はからあげをいれた。お肉がほしかったのだ。お肉はスーパーで買ったやつ!
「え、作ったの? 料理できないって言いながら?」
「言いながらも、努力はしているんです」
「ブラボー、いただきます」
私の手から、おにぎりをとりあげて彼が運転しながらむしゃむしゃと食べる。のりのついたおにぎりは、おおきくて、いびつだ。けれど彼は食べつくす。
「おいしい!」
「ありがとう」
ライトをつけて進む道。まだまだある。けれど私たちはおいしいがある。それだけあれば十分。
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