ひなたぼっこ
死にたくなる程に憂鬱だ。
その憂鬱というのは日曜日が終わって、月曜日が来る事が嫌だと思うようなありきたりな、週に一度くる軽いものとは違い、自分はどうしてこの世にいるのだろうと想い詰めるほどに重い。
原因は子供の頃から数字が苦手だというのに、毎日、毎日、経理の真似事をしているせいかもしれない。
ただ憂鬱には波というものがあって、長年、そんな自分と付き合っていると、あ、そろそろ来るなとわかるもので、憂鬱になる前は、どうしてか仕事でミスを連発するようになるのだ。当然上司から叱られる。小心者である私は、そうなると素直に落ち込む。
わかっていても、憂鬱になるものだ。
そうやって、この世から消えてなくなりたくなるにしても、死ぬわけにもいかなないので不器用なりに自分でなんとか対応する方法を生きていれば、身につけていくものだ。
私は憂鬱になると、今の勤め先から十分ほど歩いて行ったところにある蒲焼屋で千円ばかりする高級な弁当を買う。そして、さらに十五分ほど歩いたところにある小さな寺に行き着くのだ。――私のいる街は、昔ながらの佃煮屋や駄菓子屋があれば、その横に洒落たビルがあるという一昔前の穏やかさと豊かになろうとする若者の野望やら意気込みが交じり合った妙な雰囲気の、とても不思議な処だ。――小さな石庭には幾つもの大小さまざまな木が生い茂っており、心地よい影が寺全体を包み込むようにして夏場は涼しいが冬場はかなり寒い。
その隣には、小さな墓地がある。
墓地を見つつ、うなぎ弁当を食べるのが、私なりの憂鬱対応方法だ。ここにいれば、いやでも彼がやってくる。
「お前は成長せんのう」
私が憂鬱になる度にここに来ることを彼は良く知っている。もぐもぐとうなぎを食べながら私は頷くしかない。
「ええ、まぁ」
「ちったぁやりかえせよ。上司だろうが、年下なんだろう」
私の今の上司は、十五歳も年下だ。いつも激を飛ばす厳しい気性の人で、私は何度、胃が痛くなる思いをしたのかわからない。
「無理ですよ。私が気の弱いこと、知っているでしょう、先輩」
私は恨みがましく言った。
先輩のような豪快さが、私にちょっとでもあったならば、憂鬱になる日もなくなるのかもしれない。
先輩は、豪快かつ激しい人だ。気にいらないといえばちゃぶ台をひっくりかえし、気が合う者がいればビールを飲んで酔って踊る、卒業のときは記念といって学校に忍び込んで窓を全て叩き割るツワモノだ。
もし、これと同じことを私がするとすれば、ちゃぶ台をひっくり返す前に自分がひっくりかえされる、アルコールは飲めず、無理に飲めば吐く始末。窓なんて割ろうと思えばばれたあとの請求が気になってしまう。本当に自分でもいやになるくらいに小心者なのだ。
「なんでお前が生きていて、俺が死んじまったのかなぁ」
「不思議ですよね」
「まぁ生きてる内がはなってもんよ」
「そうですね」
先輩は、私が二十歳のときに夫ある人を好きになり、結果、海のみえる旅館で心中した。
葬式のとき皆嘆いたり怒鳴ったりというなかで私だけがなぜか冷静にどこか先輩らしい死に方だとぼんやりと呆けながら考えた。
なんせ、残された先輩の家族といい、置いていかれた相手方の夫には同情を禁じえず、あの人らしすぎる身勝手さだった。
その先輩が法事のときに幽霊になって私の前にひょっこりと行き損じたと現れたのだ。私は腰を抜かすほどに驚いて、その現実を受け入れた。――お前なら、そうすると思ったよ。先輩はからからと笑いながら私にそう語った。
月に一度、憂鬱になると私は先輩の墓のある寺にいく。そうして、太陽に透けてきらきらと輝く先輩の体を、私は眩しげに見つめるのだ。私もいずはれ、ああなるのだろうか。ただちょっとだけ心配なのは、死んだら、この年寄りの姿なのだろうか。出来れば、若い姿がいいなぁと、うなぎをつつきながら思うのだ。
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