第18話 義母とフィリピン料理を作る。「──ずっと家族が欲しかったんですよ」
月愛と木下さんと3人で昼飯を食べた日の夕ごろに、月愛が帰って来た。
「ただいま〜颯流!」
「お帰り、月愛」
今日はたしか何人かのクラスメイト達と遊びに出掛けると言ってたからな。彼女がお洒落な買い物袋を持っていたのはそう言うことだろう。だがその反対側の腕に恐らくスーパーで買い物してきたらしき袋があったのが気になった。
「もしかしてスーパーに寄ってきたのか? なんでまた」
「ええ、正解です。今夜は久しぶりにフィリピン料理を作りたいと思ったので、丁度足りなかった食材を買ってきたのですよ」
「そうか……改めてJKが俺のママだなんて変な気分だな」
「んふふ。新鮮でグッとくるものがあるでしょう?」
何なら若妻のようにも見えなくはないが……って自分の母に対して何思ってんだ俺は。
「まあなくも無いが……ちなみに今夜は何を作るんだ?」
「今夜はシシグを作ろうと思いまして」
「へえ〜それは久しぶりに食べるやつだな」
俺が最後にその料理を食べたのは確かまだペネさんが月愛の家に居た小学生の頃だったからな。とにかく鉄板の上に乗ってるひき肉と卵の黄身の相性が抜群だったことだけは覚えている料理だ。月愛は手を洗うと冷蔵庫からも食材を取り始めた。
「あら、颯流も手伝ってくれるんですか?」
「とんでもなく美味しかったのは覚えてるからな。俺も作り方を覚えたくて」
「そうですか。そう言うことならお手伝いよろしくお願いしますね」
「カットくらいは俺に任せろ」
料理スキルは俺よりも月愛の方が圧倒的に上だが包丁の扱いから俺も引けを取らないと思ってるからな。すぐに月愛はエプロンを着ると俺に見せつけて来た。
「どうですか? 昔にママが使ってたエプロンですが似合ってるでしょう?」
「そうだな……料理教室に通い始めた若妻のようだ」
「実際にはピチピチの若妻ですよ」
「確かに言えてるが」
「それとも颯流は新婚プレイがご所望だったんですか〜?」
「んなわけねえだろ」
再び意地の悪い笑みで揶揄ってきたのでスルーだ。とはいえ月愛のエプロン姿は客観的に見ても可愛い。まず赤を基調とした布が特徴的で、まるで月愛の情熱的な一面を強調してるようでとにかく似合ってる。
でもそっか……妻が出来たら実際にこんな感じだろうか。
そんなことをぼんやりと思ってると包丁とまな板を取り出して作業に取り掛かった。。
「それじゃあ颯流は早速豚バラ肉を切っていって下さい」
「分かった」
俺は豚バラのロック肉を細かく切ると、塩胡椒をまぶした。月愛の方はニンニクと玉ねぎをみじん切りにしていった。やがてそれをフライパンで炒めてるとカリッとして来たので別皿に移した。月愛曰く黄金色になるまで炒め続けるのがコツだそうだ。
次に油を拭くと俺はフライパンにバターを入れて中火で熱し、そこに月愛が玉ねぎを加えて半透明になるまで炒め続けた。あまりの香ばしい匂いに唾液がじゅるりと分泌されてしまうな……。更に俺はニンニクを入れると2分ほど炒めた。
「いい匂いがして来ましたね」
「腹が減ってきたな」
やがて炒めた豚バラ肉をフライパンに混ぜ合わせると醤油、マヨネーズに鷹の爪を加えていき塩と胡椒で味を整えていく。本当に美味しそうな香りが漂ってきたな。そう思っていると寄せていた長袖が降りて来たので反射的に整えようとするが──
「じっとしてて下さい颯流、私が袖を直しますので」
「……あ、ああ。頼むよ」
フワッと後ろから良い匂いが漂って来たので何事かと思っていると、月愛が俺の背後に回り込んで右腕から袖を捲り上げ始めた。それは良いんだが何故かここでボワンっとおっぱいを思いっきり押し付けて来そうな月愛がそんなことをする気配もなく。
何故か背中にギリギリ当たらない絶妙な距離が取れてるようだが、俺の腕にちょくちょく接触する月愛の指がくすぐったい。肩越しに袖捲りの作業を行ってるせいで首筋に当たる鼻息がなんともくすぐったくてむず痒い刺激を受けてしまう。
そのまま俺の反対側の腕も同様にしてくれる月愛。特にエロいことが起きてるわけでも無いのに妙に意識してしまうのは何故だ。いやもしかしたらこれをもどかしいと思っている自分もいるかも知れない。そんな考えに至った自分も恥ずかしくなった。
「はい、どうぞ」
「……ありがとう月愛」
ともかく何でもないかのように月愛が料理の手順を教えてくれたので、彼女の言う通りに進めていく。やがてそろそろ良い色になって来たので、味見だろうか。月愛がスプーンを持ってきた。肉を一切れつまむと自分の──じゃなくて俺の口に向けた。
「はい、あ〜ん」
「……っ」
何だか物凄く楽しそうな笑みを浮かべながら俺にあ〜んとスプーンを口元に差し出してくる月愛。エプロン姿のせいで普段とは違う雰囲気に心臓が落ち着かない。
「ほら颯流、あ〜んですよ?」
「それは知ってるんだが」
「まさかとは思いますがこんなことで照れてるんですか?」
「は、いや別に──」
「アハっ。初心な反応が可愛らしいですね」
「このっ」
「ほらほら早くして下さいよ、せっかくのお肉が焦げちゃいますよ?」
「っ……ああ分かったよ食えば良いんだろ!」
パクッ。お、そうだこの味だ……! 本当に懐かしいな、確かにこれは俺が昔にペネさんの手料理の通りに食べたことのある料理だ。そう感動に耽っていると羞恥心が吹き飛んだが、直後に月愛が同じスプーンで今度は自分の口に肉を運び出した。
「うん、ばっちりですね♪」
「……っ」
「颯流、どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
あまりにも自然に間接キスを実行し出すから内心恥ずかしさでちょっとばかし悶えてた程度だ。よくもまあそんなことが出来るもんだな。それとも俺が特別に食に関して敏感だからだろうか、仮に俺に木下さんの唾液を舐められるチャンスに恵まれたとしても俺は舐めたいと思わないだろうな。いや俺の考えすぎだろうか……?
「それじゃあ颯流、もう出来上がったので鉄板に盛り付けましょうか」
「おけ、分かった」
月愛が用意したぷちフライパンのような可愛らしい鉄板に盛り付けていく。だがここでトッピングを添えることで料理の味の真髄を引き出せるってものだ。盛り付けた後に青ネギやレモンを添えると、上から卵の黄身を乗せた。これで完成だな。
「これは……凄く美味そうだな」
「ええ、そうですね。それでは早速食べましょうか」
「そうだな……待ちきれねえ」
2人分のご飯と鉄板をダイニングテーブルに持っていくと挨拶して早速頬張った。
「……美味っ!!」
「ええ、そうでしょう? ついでにシシグは脂っこい料理なので現地では『カラマンシー』という柑橘系のフルーツをレモンの代わりに絞って食べるのですよ」
「ああ、なんか緑色の果物だよな」
「あら、よく知っていますね」
「昔見たときにちっこくて緑色のようなオレンジって印象が残ってたからな」
それを絞ってみたら酸っぱい液が飛び散ったのも幼い頃の記憶だったな。
「んふふっ、懐かしいですね。……あのときはママもまだ居た頃でしたか」
「そうだったな」
「そう考えれば感慨深いものですね。あの頃から一緒にいた幼馴染とこうして本当に家族になる日が来ようとは、想像もできなかったでしょう」
「今年のゴールデンウィークに入るまでは予想出来なかったに決まってんだろ」
「確かにそうですね。私も颯流の何気ない発言で閃いたんですし」
「思い至るまで有言実行する行動力が怪物級だな」
「褒めて頂き光栄です」
月愛が俺の家族になってから24時間くらいしか経ってないが本当に不思議な出来事だと思っている。長年に幼馴染として付き合ってきた俺たちが、どういうわけか今では母と息子の関係に変わり、まだ夢も中なんじゃないかと思わされたりもする。
家の近い者同士が同じ屋根の下で暮らすようになり。
四六時中同じ空間で過ごすようにもなって。
いよいよ同じテーブルで一緒に作った飯を2人で食べるようにもなったのか。
「それにやはり良いものですね。こうして颯流と同じ家に暮らすようになったのは」
「そりゃ意中の人と同じ家で暮らせてさぞ楽しいだろうな」
「んふふっ。もちろん好きな人といつも一緒に居られるようになったのが嬉しいですよ……けど本当は恐らく別のことで喜んでるんだと思います」
「と言うと?」
俺の質問に月愛は哀愁のこもった笑みを浮かべて柔らかく微笑んだ。
「──ずっと家族が欲しかったんですよ」
そこに普段から浮かべるようなサディスティックで意地の悪い笑顔はなかった。
今から思い返せば……ひょっとすると月愛が俺の母親になったのはずっと大好きだったたった1人の家族が居なくなって寂しさが無意識に爆発した結果なのかもな。
「そっか」
「なので今息子となった颯流と食べてるご飯が物凄く暖かくて美味しく感じられるのですよ。……孤独感が完全に払拭されたかと言えば違うと思いますが」
「それは良かったな」
「だから時々迷惑を掛けるでしょうけど、これからも親の愛情の度を越した感情を注いでいくので不愉快だったらすみませんね。不束者な母親ですけど今後も付き合って頂けると嬉しいです」
感傷に浸ってるからなのか、普段らしくない苦笑だ。
それも月愛がこんな笑顔を見せるとしたらいつだってペネさん絡みだが。
一緒に暮らすようになってから混沌だらけだが月愛には相応しくない笑みに思えた。だから俺は彼女の懸念事項を吹き飛ばすように言った。
「俺を見くびっちゃ困るぞ月愛」
「……はい?」
「クラスの皆に義母になったことを隠すために義妹として振る舞ってくれたのは良いけど、それ以上は不要な気遣いだ。
俺はこれからも先今朝のように誘惑されようが甘い囁きを受けようが靡かないしな。
何があっても俺は木下さんと結ばれることでお前とのゲームで勝つし、俺は木下さんのことが好きで月愛は俺の大切な家族だ。自分の中でそれが変わることは無い」
「……ぁ」
「だから今後ともお前が俺に甘えてこようとも俺はそれらの全てをあしらってやる。お前は俺の親父の妻だからな。それにそんな誘惑ごときで俺の木下さんに対する気持ちが揺らぐわけがないしな。
そして……ったく、これはお前が始めた物語だろ? 作者がいじけてどうするのさ」
十中八九俺は敵に塩を送ってるような真似をしてるんだろうな。
それでも月愛にはこんな表情と雰囲気が似合わないと思った。
ほら戻って来い、いつもの冨永月愛に戻ってくるんだ。
すると案の定か月愛は「ぷっ」と噴き出すと笑い始めた。
……それも困ったことにあの意地汚い表情でだ。
「あっははっ。言うようになりましたね颯流。でも確かにそうですね……昔のことを思い出してたせいか自分らしくない雰囲気になってたのは認めますが。けど私は知ってるんですからね? 颯流が本当は私の誘惑に心揺さぶられてることを」
「何を言ってんだ? そんなわけ──」
「さっきだって本当はドキドキしまくってたくせに♡」
「……っ」
やはりバレてやがったのかよ。
想像以上に洞察力の優れているやつのようだな。
そのままニヤニヤした顔で俺の冷静を剥ぎ取ろうとする月愛。
「どうですか颯流? あえてエロい要素を取り入れなかったアプローチでも十分にドキドキさせられるもので驚きましたよね」
「お前らしくはないと思ってただけだ」
「確かにそうですがスタイルを変えることにしたんですよ。だって毎回そのような展開じゃどんどん慣れてくるじゃないですか? だから今後はここぞってタイミングを狙ってドキリとさせてあげますよ。文句はありませんよね、颯流の宣言はバッチリと聞き届けましたし」
やはりこうなったのか。
ただただ自分で墓穴を掘った結果に終わってしまった。
だがここは1度した発言を取り下げると舐められるからな。
「ああ、男に2言はない。文字通り立ち向かうなら俺が全てを薙ぎ払うまでだ」
「よく分かりましたよ颯流。絶対に必ず落として見せますので覚悟していてくださいね?」
「……望む所だ」
その言葉が引き出せて月愛は満足したか、俺もシシグを頬張り続けるのだった。
【──後書き──】
シシグ実際に美味しいですよ!
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