第19話 元幼馴染は心配される。『俺の妻に手を出してないだろうな?』


「よし、今日もやるか」


 翌週の土曜日に月愛が友達と出かけてたところを、俺は黙々とブレイクダンスの練習に励んでいた。

 たかが趣味とはいえ何事においても日々の継続が全てだ。

 1階の運動用の部屋で俺は柔軟をしながら今日の練習内容を考える。


 アップをし終わった後に倒立から始めるとスピーカーの音楽を踊るための音楽に変えた。

 最初は純粋に技の完成度をより確固たるものにするために繰り返して練習したり、実践形式で30秒踊ったら30秒休憩するのを繰り返して練習した。


 やがて3時間過ぎたので汗だくのシャツを脱いでシーブリーズで全身の汗を拭き取ると自分で昼飯を作って食べた。

 月愛曰く帰ってくるのは夕方になるらしいから久しぶりの孤独を満喫出来る。

 するとこれから皿を片付けようって時に携帯が振動した。


「もしもし?」

『ようよう我が息子よー!』


 誰だろうと思って手に取ってみると俺の親父の克樹かつきだった。

 携帯越しでも本当にうるさい人間でつい携帯を耳から離してしまった。

 スピーカーに切り替えて先ほどまでやっていた皿洗いを再開させた。


「どうしたんだ親父、今頃はロサンゼルスにいるはずだろ? 何かあったのか?」

『いや心配するな、ただ息子の精神状態が大丈夫なのか気になっただけさ』

「そうかよ。……別に何も気に病むようなことは起こってないぞ?」


 あんたの妻が息子にちょっかい出そうと暴走してるけどな、と心の中で付け加えた。


『それを聞いて俺は安心したぞ! けどそうだな、折角だから励ませてあげようと思ってな。……お前に歌をプレゼントしてやろう!』

「励ますって何だよ。はあ……まあ良いか。好きにしてくれ、親父」

『おけ、それじゃあ冨永克樹のオリジナル曲を歌ってあげようぞ。さあ心して聞け』


 何回か親父が寂しがってこのような電話を入れてくることも過去に何度かあったから仕方なく付き合ってあげるか。同じがそう言うと携帯の向こうから何かしらの前奏曲が鳴り始めたんだが……このリズム良い重低音は……昔に物凄く流行ってた──


『俺は言った、世界は必ずしもみんな平等とは限らない』

「……は?」

『俺は言った世の中には絶対、童貞と魔法マジシャン使いが存在するぅ』

「何だこれ」

『俺は言ったその童貞の頂点が自分自身そうTOP OF THE WORLD!』

「………」

『俺がクズであり秩序乱される すぐさま勃起する色男の棒』


 何事かと思えば有名な曲が下ネタ風に書き変わったひたすらに下品な曲だった。

 聞いててもう頭が痛くなったが構わずに皿を洗い続ける。


『時代が来た俺こそ真の支配者 俺の前に跪くのは若妻』

「…………」

『感謝の言葉で顔に乱射 服射 パイ射 かけろ顔射』

「…………」

『性欲高める準備はいいか? 自分を愛する女欲しいか?』

「…………」

『さぁみんな今TENGA磨け そして今こそシコれ』

「…………」

『恥じるな 迷うな 喘げ アンっ! 突き上げろ バコンっ!!』

「……ぷっ」

『純潔と処女膜を今捧げろ〜ぅ!』

「くくくっ」


 あまりにも酷すぎてついに吹き出してしまった。


『IM A SEX MACHINE 

 な、か、出し! 中出し! な、か、出し! 

 中出し! な、か、出し! 中出し! 

 IM A SEX MACHINE

 も〜〜〜〜っと搾り取れ! な、か、出し! 中出し!

 IM A SEX MACHINE

 LE〜〜〜〜TS HAVE FUN TONIGHT! な、か、出し! 中出し!

 IM A SEX MACHINE』


 完全にやりたい放題だな親父のやつ。


淫女いんじょパコりん 痴女パコりん 隣の部屋の慰安婦もパコりん』

「…………」

『腰振り止めるのやめてくれよ ヘコヘコするなよ、おいキャバ嬢』

「…………」

『ビッチならそう 体位ひっくり返す こいつらこそすなわちサキュバスの園

 T to the O to the M to the I N to the A to the G to the A

 俺の子供を孕んでみよう! 冨永!』

「…………」

『SAY HENTAI! 世界全体!!

 SAY HENTAI!? 世界全体!!

 SAY HENTAI!? もっともっと注ぎ込め! 』

「…………」

『躊躇うな 避妊するな 締めろ! キュっ。締め上げろ! ギューッ!』

「…………」

『抑えられない性欲を今解放しろ』


 なんで俺今こんな歌を聴きながら皿洗いなんてやってんだろうな。


『IM A SEX MACHINE 

 な、か、出し! 中出し! な、か、出し! 

 中出し! な、か、出し! 中出し! 

 IM A SEX MACHINE

 も〜〜〜〜っと搾り取れ! な、か、出し! 中出し!

 IM A SEX MACHINE

 LE〜〜〜〜TS HAVE FUN TONIGHT! な、か、出し! 中出し!

 IM A SEX MACHINE』

「…………」

『な、か、出し! 中出し! な、か、出し! 

 中出し! な、か、出し! 中出し! 

 IM A SEX MACHINE!』


 やっと洗脳のような悪魔の曲が終わったようだ。

 皿洗いも終えたのでソファに座ってまったりアニメでも見始める。


『どうたった颯流、俺の曲は? 早速精力で漲ってきたか!?』

「漲らねえよ。俺はヤリチンには興味がないっていつも言ってるだろ」

『どうだかな。親父がちょうどお前くらいの年齢の頃なんて学年の先輩方などとヤルことしか考えてなかったからな』

「そうか。もう今後同じ議論が続いたとしても一生平行線だと思うぞ」

『お前は妙なところで頑固だから参ったなぁ』


 参ってるのは息子の俺の方なんだがな。

 本当に親子かってたまに思ってしまうくらいに考え方が真逆だ。

 特に女性に対する価値観と来ると決して相容れないレベルまで来ている。


『まあ颯流が決めたことなら口出しはしねえよ、親ができるのはあくまで道標に自転車で言う補助輪のような役目までだ』

「それにしては口酸っぱく俺に女遊びをして欲しいようだけだな」

『それが最終的にお前のためになるからと思ってるからさ。まあ押し付けるわけにもいかないから最終的な判断は颯流に任せるしか無いけどな』

「そうか。しっかり課題の分離ができてるのは有難い。親父の気持ちは嬉しいけど、やっぱり今日の時点じゃ賛成する機にはなれないよ」


 俺の親父は口酸っぱくああしろこうしろと言うことはあっても、最終的な決定権が本人にしか無いと理解してくれているから非常に助かる。

 それは息子の意思を尊重してくれている何よりの翔子だから、毒親が多いらしい現代で俺は恵まれた親を持ったと自負できる……残念ながら元の母親は居なくなられてしまったが。


『7つの習慣だったか……俺もあの書籍には世話になったものだば』

「そうだったのか」

『読書は自分の人生を変えてくれるきっかけとして素晴らしいからな。それが例えラノベや漫画のようなエンタメ目的の作品だったとしても、読者の感情を動かせられるのが重要だ』

「親父も良い趣味してるな」


 おまけに趣味に対する理解も、世間ではただのエンタメやエロ本、金の無駄と揶揄されるラノベのメリットもちゃんと知ってくれているから非常に好感が持てる。

 自分の気に入らないことだと何もかもを頭ごなしに否定して来る頭の固い親じゃなくて嬉しく思う。

 どうやら本題はここかららしい。


『俺が気になってたのは月愛のこともだ』

「変わらずに元気にしてるぞ。今日は夕頃まで同級生たちと遊びに出掛けてるらしい」

『ああ聞いたよ、本人からも繁華街にいると。楽しそうで何よりだよ、なあ?』

「ああ、もちろん俺もそおう思うよ。それで心配事ってなんだ?」

『ああ。お前のことだから心配はしてないんだが……』

「何だよ親父。今更躊躇ってももう仕方ないだろ、だから遠慮なくぶつけてくれ」

『はっはっは。そうかもな、俺らしくもない。俺が聴きたかったのは……颯流──』


 それを言うないなや携帯越しにしっかりと芯が通った声で聞いてきた。




『俺の妻に手を出してないだろうな?』




 迫力に呑まれ、先週からそれに似たような際どい出来事があったせいで気後れながらも返事をしてしまった。


「……当たり前だろ、俺は好きな人以外と結ばれるつもりは無いぞ。それに、俺はまだバキバキの童貞だ」

『ふっ。全く、セリフはカッコいいくせにそう自分を卑下することまで無いのに』

「事実を述べただけだが」

『そうかよ。けど改めて月愛に手は出すなよ? 長年お前と仲良くしてきた幼馴染だから色々と複雑だろうが、あれは俺の女になったのだ。その自覚はあるな?』

「当たり前に決まってんだろ。いらぬ心配を持ちやがって」

『ふっはっは、そうか。それを聞いて安心したぜ俺は』

「少しは息子を信用してやってくれ」


 そもそも俺があいつを親父から寝取るだと?

 そんなことは地球がひっくり返ったとしても起きることはないだろう。

 何故なら俺は月愛のことではなく明確に木下さんのことが好きだからだ。

 宣言通りに俺は月愛からの誘惑をことごとく打ち破るのみだ。


『もちろん信頼してるよ。お前は昔から一途なところがあったからな。思春期の年頃の者同士が一緒に住むようになった程度で間違いが起きるとも思えん。だから、』

「だったら何も心配はないだろう?」

『いや──信じたいんだ、俺がな』

「……へ?」

『俺はお前を信じてるぞ颯流よ。ちなみに俺がそっちに帰って来るのは1年後になるからまた会おうぜ。それじゃあまたな!』


 それだけ言い残すと親父は通話を切ってしまった。

 最後の発言は明らかに願望が込められていたようにも感じたんだが。

 どうしてだろうな。俺の方から月愛に働きかけることなんて無いはずなのに。

 そう思いながらも月愛が帰ってくるのを待ち遠しく思う俺だった。


「ただいまです、颯流!」

「ああ。お帰り、月愛」


 扉を開くとこの家の支配者が帰ってきたのだ。




【──後書き──】

 癖の強い冨永パパですよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る